偶然という名の運命


〜アルフィタリア城内にて〜















「うわ・・・・。」
そこでシオンが一番最初に漏らした言葉は、感嘆の言葉だった。
「派手クポね〜・・。」
モグも辺りをきょろきょろと見回しながら、ぼそりとそう呟いた。
フィオナの手紙に返信してから、シオンは真っ直ぐにここに来たのだ。
(そりゃあもうまたパパオが怪我するかと思ったほどすぐだったクポよ/モグ談)
カトゥリゲス鉱山は、瘴気ストリームさえ越えればアルフィタリアにはそこまでかからずにすむ。
数日のうちにここに来て、2人ともここはアルフィタリアかと疑うほど驚いた。
フィオナが手紙の中で言っていた「もうすぐアラン達キャラバンが帰ってくる」ということを、
すでにアルフィタリアの住民達も知っているのだろう。
アルフィタリアは住民達の手によって美しく飾られ、今か今かとキャラバンの帰りを待っているのだ。
・・もしかしたら、待っているのはキャラバンより、その後の祭りかもしれないが。
ともかく、アルフィタリアのキャラバンではないシオンが入ってくるのに罪悪感を覚えたほど、この町は浮かれていた。
(実際馬車でこちらに来たとき、入り口で間違えて歓迎されてしまったので尚更だった)
今パパオパマスは、アルフィタリアの兵士達に預けてある。
きっと今頃、おいしい草を食べ、昼寝でもしているだろう。
「さて、これからどうするクポ?」
「そうですね・・。」
アルフィタリアのキャラバンより早く来てしまったため、当然ながらまだ祭りは始まらない。
祭りを見に来るということだけで、他の予定は立てていなかったため、2人とも暇になってしまった。


わあっ・・


何をしていようかと2人が考えているうち、いきなり周りから歓声がおこった。何事かと、シオンは振り向く。
アルフィタリアの入り口の辺りを見て、あぁ、とシオンは納得した。
「帰ってきた!帰ってきたよー!!」
嬉しそうな声が聞こえる。・・アルフィタリアのキャラバンが、帰ってきたのだ。
「どうするクポ?シオン。」
モグがそう聞いて来る。シオンは遠巻きに、キャラバンの元へと走りよっていく人たちを見た。
嬉しそうに声を上げて、キャラバンに近づく。キャラバン達も、顔は兜のせいで見えないが、本当に嬉しそうに見えて。
そんな中に、住民でもない自分がずかずか行っては迷惑だろう。シオンはそう考えた。
「いえ・・邪魔したくありませんし。」
「そうクポね。」
モグにそういって、シオンは、キャラバンを迎える住民達とは正反対の方向に歩き出す。
視線を少し上に移して、ちらりと城を見ると、窓から、誰か見えた気がした。
「・・・フィオナ姫?」
「へ?」
確信はないが、直感でそう感じて、シオンは名を呼んでみた。
しかし、窓から人らしきものが見えたのはほんの刹那。今はもう確認できない。
隣にいるモグがどうしたのかとシオンを見る。
「どうしたクポ?」
「いえ・・・窓から、フィオナ姫が見えていたような気がするんですが・・。」
「ほほーぅ・・。シオンもとうとう姫と『てれぱしー』でつながったようクポね・・。」
モグが聞くと、ぼんやりしたままシオンはそう答えた。
なので、にやりと意地悪く笑った、モグの言葉も全然聞いていなかった。
自分と、今は目に見えないフィオナ姫だけ空間から切り離されて、他の言葉や音は、どれも遠い世界の出来事のようだった。
恋心とは、こうも人の心を捉えて、乱して、放さない。
さんざん恋心に泣かされて、沈められたというのに。
フィオナを探して、目はアルフィタリアの窓を行き来する。
自分という人間は。シオンは、ちょっとだけ苦笑いをした。
・・しかし、そういう人間は自分だけではないことを、シオンはもうちょっと後で知る。



「シオン殿!」



いきなり背後から、遠かったはずの世界に引き戻され、シオンははっとして、後ろを振り返る。
微笑みを浮かべながら、手を振るリルティの老兵士が見えた。
「クノックフィエルナさん。」
すぐにその人物が誰か認識し、シオンはクノックフィエルナに小走りで近づいた。
「良く来てくださいましたな。」
クノックフィエルナはそういって、いまだキャラバンから離れない住民達をちらりと、注意深く見た。
数秒、そちらを見たあとに、クノックフィエルナはシオンのほうに向き直る。
「今、何か急ぎの予定などは有りますかな?」
「いえ。・・お祭りを見る予定以外には、特に・・。」
予定とまでは言わないが、お祭りついでにフィオナに会いたい、というのは隠して。
シオンは腕を軽く組みながら、そういった。心なしか、クノックフィエルナがほっとしたような顔をする。
「・・では、良ければ今から城のほうに来てくださらんか?
 姫がずいぶんはしゃいでおられるのだ。『シオンさんが来てくれる』・・とな。」
一瞬の硬直。(モグが「おお!」と声を上げた)・・その後、シオンは自分でもその熱がわかるほど赤くなってしまった。
クノックフィエルナが「何故そんなに」と笑う。シオンは恥ずかしくて、片手で顔を覆った。
「フィオナ姫・・・これから、祭りのために忙しくなるというのに・・、迷惑じゃないでしょうか?」
「何を言いなされるか。この街を見てそういわれるとは・・。
 もう祭りの準備などほとんど終わっているわい。姫は暇をもてあましているぞ。
 最も・・暇な時間には、ずっと窓から街を見ていましたがな。」
ちょっとうつむき加減で、まだ赤みが頬に残ることを感じながら、シオンは何とか場を取り繕うとそういった。
だが、さらりとクノックフィエルナに笑いながら返されてしまう。シオンは余計恥ずかしい。
・・・しかし、今のクノックフィエルナの発言で、1つの確信が固まった。


目が合うかと思った刹那、フィオナは隠れてしまったが、
それでもフィオナは、窓から自分を探していた。


クノックフィエルナはこんなに意地悪だったろうか、と思えるほど、
シオンにとって嬉しいことを、からかい気味に言った。
「・・わかりました。案内してください、クノックフィエルナさん。」
心を落ち着かせ、顔を上げて、シオンはそういった。
にっこりとクノックフィエルナが笑って、「こっちじゃ」とシオンを手招きした。



「・・・・・!」
「・・・・・・。」
城の門番をしている兵士達の横を通り過ぎて、城の中に入ると、そこはまるで別世界のようだった。
入り口は広く、大きな丸い形で広がっている。
左2つに、右、前と四方向に通路があった。右の通路の脇には、上へとつながるであろう階段がある。
その通路や階段はどんな石かもわからないが、白くて、とても滑らかなのが見ただけでもわかった。
その床には、金の刺繍がある赤い布が丁寧に引かれていた。
壁も、床と同じ色と滑らかさで、簡単に装飾された窓がいくつかあった。
武家のリルティの城らしく、壁に飾られた絵にはユークとリルティの戦争時代だった絵が描かれ、
なにやら歴史を感じる槍が多く飾られていた。
村の木でできた家しか見たことのないシオンとモグは、魔法をかけられたかのように美しさに魅せられ、そのまま硬直した。
そんな2人をその場に置いておいて、クノックフィエルナは、右の階段を上っていった。
「あっ?!クノックフィエルナさん、どこへ・・?」
「姫を呼んでくるのだよ。少しそこで待っていてくだされ。」
カツ、カツ、という、階段を上るクノックフィエルナの足音でようやく周りの風景から目をはずし、シオンは上へと上るクノックフィエルナを見て言った。
するとクノックフィエルナはそれが当然のように、微笑みながらそのまま上へといってしまった。
姫に、会える。
手紙をもらったときから望んでいたことが、叶ってしまう。
すると今更、シオンは少し戸惑った。どんな顔をして、1番に何を言えばいいのか。
そわそわしだすシオンに、モグは何も言わず、ただ、通路を歩いていくリルティのコックが運んでいた料理を、よだれをたらしながら見ていた。
「・・・さぁ姫、こちらへ。」
どきっとシオンの心臓が音を大きくあげた。
上を見ると、クノックフィエルナにつれられて、わずかにフィオナのドレスが見える。
「・・・。」
一段ずつ、確実に良く見えてくるフィオナの姿を、シオンはじっと見ていた。
顔が見えて、目が合うと、フィオナは嬉しそうに、それこそ待ち望んでいたように、笑った。
クノックフィエルナが引く手をフィオナは離して、ドレスをつまんで、とんとんと小走りで降りる。
クノックフィエルナは別に、それを止めなかった。
「シオンさん!」
「!」
シオンの少し前で急停止して、フィオナはシオンの手を握った。
「来てくださって光栄です。」
突然のことにしばし驚くも、フィオナがそう穏やかに言うと、シオンは思わず微笑みを返してしまっていた。
それを見てクノックフィエルナは、娘を愛しむかのように、息を吐いて。
モグはフィオナがシオンに対してどういう行動をとるか見ていたが、期待していたのとは違ったらしく、また料理に目を向けていた。
「まさか本当に来てくださるなんて、思ってもいませんでした。」
「はぁ・・。」
フィオナがシオンから離れて、感動したようにそういうが、「当然です」といえるほどの勇気はシオンにはなく、ただ生返事を返してしまった。
モグがため息をつく。
「言ったとおりであろう。フィオナ姫はシオン殿が来てくださるというので、はしゃいでいたのだと。」
「ちょっ、ちょっとクノックフィエルナ!それは・・!」
歩いて3人に寄って来たクノックフィエルナがそういうと、今度はフィオナが顔を赤らめながら、怒ったようにそういった。
シオンは嬉しさと恥ずかしさが混同して苦笑いになってしまっている。
「と、ところで・・、ティパの村のミルラのしずく集めは順調ですか?」
「えぇ・・。大丈夫ですよ。」
早くこの恥ずかしさから抜け出したかったのだろう、動揺を隠せないまま、フィオナはシオンに向き直り、そういった。
シオンは正直言うとあんまり大丈夫ではなかったのだが(精神面で)、それはもちろん言わなかった。
フィオナはシオンの言葉を聞くと、ほっとしたようにほころんだ笑顔を見せる。
「祭りが始まるまで、ご予定はありますか?」
「いえ・・。」
「では、ちょっとシオンさんに来ていただきたい場所があるのですが、よいでしょうか?」
「いいですよ。」
用事なんて無いから来たんだ、とフィオナ相手にツッコミは入れられず、内心そう思いながらもシオンはそう答えた。
それならとフィオナが両手を合わせて、笑顔でそう聞いてくる。シオンは快諾した。
「それでは、私についてきてくださいね。クノックフィエルナ、休んでいていいですよ。」
「・・わかりました。ありがたくそうさせていただきますぞ。」
シオンの了承を受け取り、フィオナはクノックフィエルナにそう伝えると、クノックフィエルナはフィオナとシオンに一礼し、その場を立ち去った。
クノックフィエルナを見送ってから、フィオナが「さぁ、行きましょう」といって歩き出した。
シオンはフィオナの少しばかり後ろを歩く。モグはシオンの横で飛んでいる。
「・・クノックフィエルナは、前は城の中ですら、あまり私一人で歩かせようとしなかったのですよ。」
「そうなんですか?」
昔を懐かしむような表情で、フィオナはそういった。
城の中でさえ護衛を、というクノックフィエルナの過保護さに、シオンは改めて驚く。
「えぇ。とやかく言っては、最低でも誰か1人を私と一緒に歩かせました。
 私はそれがあまり好きでなくて・・けど、やっぱり私のことを考えていてくれているので、
 頭ごなしに叱ったり否定も出来ないでしょう?
 何もいえずにいたんですけど、・・それをシオンさんが変えてくれたんですよ。」
「僕がですか?」
いきなり自分の名前が出て、シオンはぴくっと体を震わせた。
「そうです。前なら、たとえ今ベテランのシオンさんが側にいても、
 クノックフィエルナは私についてきたと思います。
 私が旅をしていたとき、あなたはクノックフィエルナに、ルダの村でびしっと言ってくれましたよね。
 それから少しずつ、クノックフィエルナも変わってきたんですよ。
 ・・あなたを信頼しているんですね。」
「そうですかねぇ・・・。」
恥ずかしさに頬をぽりぽりと意味も無くかきながら、そわそわとしていてシオンは落ち着かなかった。
顔を前に向けると、フィオナの美しい金髪と、白いうなじが見えて、思わずドキッとする。
ぱっとシオンはそこから目をはずして、周りの景色を見た。
通路には入り口からずっと赤いじゅうたんとつるつるした壁が続いている。
いくつかドアがあって、どれも赤い扉に金色の取っ手だった。
天井から、等間隔にリルティの紋章が描かれた旗がぶら下がっている。
それ以外は廊下はすっきりとしていて、余計なものはあまり置いてない。
「あ、あれを見てください。」
しばらく沈黙していたフィオナが、廊下が開け、
廊下の左右から草原や道の見える、脇の広間らしきものに指を向けた。
シオンがそこを見た途端、ギィィンッ、という音が聞こえた。
びっくりしたものの、良く見ると、どうやら城のリルティ達が、武術の訓練をしているようだった。
掛け声とともに、大きな音を鳴らしながら、戦っている。
どうやら、ここは訓練場らしい。
「あれが、手紙でお話した訓練の方法です。どうですか?」
にっこりとフィオナが笑いかける。(しかしシオンはずっと訓練場を見ているので気がつかなかった)
「・・・ちょっと動きが甘いかもしれませんね。遅いですし、攻撃の隙が大きいですね。」
「そうですか・・。」
「あ、いえ、でもとても頑張っているのはわかるんです。
 人間相手と魔物相手は違うので、それは仕方のないことでもあるんですよ。」
「いえ、お気になさらずに。またこれで1つ勉強になりますよ。」
じっと、シオンはリルティ達の動きを見て、キャラバンとしての意見をした。
そうすると、少し残念そうな声をフィオナが出す。
シオンが慌てて弁解すると、フィオナは顔を横に振って、そんなこと無い、と表情で示した。
「・・魔物がいれば、上達するのはもっと早いんですがね・・。」
「・・・・でも、しずくを集めるわけでもないのに、そんな殺生は・・。」
「・・・そうですね。」
シオンがぼそりと呟くが、フィオナは顔をさっきより激しく振った。
この人は本当に優しいのだ。シオンはそう思い、同意した。
その言葉を聞くと、フィオナはほっとした顔をした。
そして訓練場から目を放し、また歩き出す。シオンはさっき歩いていたのと同じ距離を保ちながら、歩き出す。
「・・これは私の父が言ったことでもあるんです。
 『魔物を侮るな、無駄な殺生は避けろ』・・・それを私の父はよく言っているんです。」
「・・ハーデンベルグ王が・・?」
「えぇ。」
ハーデンベルグ。リルティの街、アルフィタリアの王にして、フィオナの父親。
その他にも、ラ・イルスからハーデンベルグのことは、少し聞いていた。



『ハーデンベルグ王はな、昔はキャラバンで、王にふさわしく、とても強い人だったんだよ。
 噂ではあのコナル・クルハにいるドラゴンゾンビでさえも簡単に倒してしまうらしい。
 腕だけじゃなくて、頭も相当切れるんだよ。そうじゃなきゃあれは簡単に倒せないぜ。
 だからさ、やっぱり住民達から「魔物をこの世界から一掃してくれ」とかいう奴が多いんだよ。
 魔物なんて絶滅してしまえばいい。そう思う人は多いだろ?
 そうすればキャラバンでの危険なんてなくなるし、不安もない。
 けどな、あの人はそれを拒むんだよな。「魔物を騒がせるな」ってな。
 それに対しては住民達からかなり不満が出たりしたらしいんだが、俺は賛成だな。
 縄張り意識なんかもある魔物もいるし、魔物によっては団体で仕返ししてくる奴もいる。
 自分の身を守るだけ倒せばいいんだ。無駄な殺生はそのうち自分の身を滅ぼすかもしれないしな。
 でもそういう考え方する人間って少ないんだよな。
 まして公衆の面前でそういうこという人は本当にいない。すごいよな。本当に俺も尊敬してるよ・・・。』



感嘆の口調で、少々熱っぽくラ・イルスがそう話していたのを覚えている。
どちらかといえば自分は、その王に対しては反対するほうの人間だろう。
初めて魔物と対峙したとき、どれほど怖かったことか。
何度も意識が飛びそうになり、どれほど死にそうな傷を負わされたことか。
それでも、魔物をかばうような言い方をする王やラ・イルスの言葉には賛成しかねる。
「何故王は・・そのようなことを・・?」
考えていたことが、無意識に疑問としてつむぎ出された。
言い終わってからはっとして、フィオナを見ると、フィオナは腕を組みながら、少し考え込んでいた。
「あっ・・すいません、そこまでお気にせずに・・。」
慌ててシオンはそういったが、フィオナは聞いていなかった。
シオンにとって気まずい雰囲気が数秒続いた後、フィオナは組んでいた腕を解いて、はぁと息を吐いた。
「残念ながら私も、深い意味は良くわからないんです・・。
 でも私の父は、間違ったことを言う人ではありません。
 『無駄な殺生を避けろ』という言葉は、父なりに旅の中で見つけた、大切なことに違いありませんし。」
シオンは何を言ったらいいのかわからなくなり、軽率な自分の言葉を責めた。
フィオナが少し沈みがちにうつむくと、尚更後悔してしまう。
どういったらいいものかと、シオンは不器用な脳内で必死に言葉を組み立てようとした。
しかしどれも今更後の祭りといったような感じになってしまう。
こんな時にイルスがいたら・・・とシオンは思い、頭を抱えた。
「・・でも、これから私の父に直接聞けば、きっとシオンさんも納得する言葉を言ってくれるでしょう。うん。間違いありません。」
「え?」
シオンが歩きながらあれこれ考えているうち、さっきとは打って変わって明るい声で、フィオナはそういった。
その言葉にシオンはきょとんとする。
さっきからどこへ行くのか、というのは気になっていたのだが、まさか・・。
「・・フィオナ姫、もしかして僕を・・。」
「えぇ。私の父に。旅から帰った後、父にいろいろなことを話して・・、
 その中でシオンさんのことを話したら、ずいぶんと興味を示したらしくて。
 ・・実は今回も、お祭りを見てもらいたいという他に、私の父に是非お会いして欲しくて、あなたをお呼びしたのです。」
シオンが言おうとして言えなかった言葉を、フィオナがつないだ。
シオンは思わず度肝を抜かれ、緊張し始めてしまった。モグまでもがあっけらかんとしている。
何たってあのハーデンベルグ王が、自分に会いたいと思ってくれるとは。
そしてその王のところまで、フィオナがじきじきに連れて行ってくれようとは・・。
すっかり緊張してしまって、逃げ出したいような、そんな気持ちにシオンは思わずかられてしまった。
「・・・嫌ですか?」
黙って表情が固まってしまったシオンを心配したのだろう、フィオナが振り返り、悲しそうにそう聞いてきた。
「い、いえ!とんでもないですよ!た、ただ・・き、緊張してしまって・・。」
それに気がついたシオンは慌ててぶんぶんと手と顔を横に振るが、だんだんと声は小さくなってしまった。
フィオナがくすりと笑う。
「そんなに緊張なさらずに・・落ち着いてください。
 大丈夫ですよ、こういっては何ですが、私の父は優しいですし。」
いやそういうことではなく。シオンはそう思ったが、口には出さなかった。
「・・何かお嫁さんをもらおうとその父親に挨拶する前の婿みたいクポ・・。」
「何なんですかそれはっ!!」
「まぁ良くある風景クポよ。」
「はぁ!?」
そんなシオンの様子を見て、モグがぼそりというと、シオンは過敏に反応する。
さらりとモグは流そうとしたが、シオンは訳がわからないといったような感じだ。
フィオナが笑いをこらえている。
「・・何だか、シオンさんとモグさんって、とってもいいコンビですね。」
「そうですか・・?僕、四六時中からかわれてますよ?」
「別にモグにそんな気はないクポ〜。遊ぶと面白いから言ってるだけクポ。」
「僕はおもちゃですか!」
「ぎゃあ!シオンっぽんぽんだけはっぽんぽんだけは勘弁してクポ〜!!」
こらえきれずに少し笑いながら、フィオナがそういった。
シオンは仕返しにモグの顔をびろーんと伸ばしながらそういった。
それでもモグがふざけた言葉をやめないので、今度はぽんぽんを思いっきり握り締める。
急所なのだろう、モグが悲痛な叫び声をあげた。(シオンは知っててやっている)
「シ、シオンさん・・。」
「いいんですよ。恥ずかしながらこんなことは珍しくないことでしてね。」
「いえ、そうでなく・・モグさんを放してあげては・・。」
「いいんです。こうなるのをわかっててモグはやってるんですし。」
笑いをやめ、フィオナはおどおどと心配そうな顔をした。
だがシオンはにっこりと笑ったまま、モグのぽんぽんをさらに強く握り締めている。
フィオナが手を伸ばしかけるが、シオンは顔を横に振った。
「でも・・やっぱり可哀想では・・。」
「フィオナちゃんは優しいクポねぇぇ。モグ、フィオナちゃん大好きクポよ。」
「そうですか・・?」
「フィオナ姫にまで手を出さないでください!
 ・・気をつけてくださいフィオナ姫、モグは結構女癖悪いんですよ。
 可愛さを武器に、という感じですか。僕の村のティルやリオにまで手を出そうとしたぐらいです。
 ・・まぁ幸い2人は『可愛い』とは言っても、それ以外は相手にしてませんでしたけど。」
それでもまだ心配するフィオナに、モグが感動の涙を流していた。(もしかしたら痛みに対する涙かもしれないが)
しかしシオンはその言葉にさらに怒って、ぽんぽんを握り締めた上、引き伸ばし始めた。
もはや悲痛な叫びにすらならず、モグは情けない声を上げる。
フィオナはモグの声と、今まで見たことのないシオンの様子に、うなずくことすら出来ない。
「・・・さて、見苦しいところを見せてしまってすいません。
 モグなんかに構ってる場合ではありませんでしたね、ちょっと緊張はしますが、王にお会いしたいですし。
 引き続き、ご案内お願いします、フィオナ姫。」
「は、はぁ・・。」
「モグなんかって・・これでも長い付き合いをしたパートナーなのに酷いクポ・・。」
しばらくしてすっきりしたのか、シオンはモグを解放した。モグはふらふらとしながらも、シオンの言葉にはツッコミを入れた。
その後は、さっきの仕打ちがよほど効いたのか、シオンの頭の上でおとなしくした。
フィオナはあっけらかんとしたままだったが、シオンに声をかけられて、はっと正気を取り戻し、また歩き始める。



「・・ここですよ。」
数分だったろうか、特にこれといった話もせずに、シオン達は1つの扉の前にたどり着いた。
1つの階に1つだけ、ぽつんとある扉。
しかし、これまで見て来たどの扉よりも、一回りは大きかった。
大きいだけで、簡素ではあったが。
えんじ色をした扉は2枚でひとつとなっており、装飾は申し訳程度だ。
金色の取っ手があるのは他の扉と変わらないが、大きさのせいなのか、
それともこの中に王がいるからなのか、妙な威圧感と圧迫感を自然と感じる。
その扉を、こん、こんとフィオナの白くて小さな手が叩いた。
「誰かな?」
すぐに、優しそうな、人を落ち着かせるような低い声が返ってくる。王の声だろう。
「フィオナです。前々からお話していたシオンさんをお連れしましたよ。」
「おお、そうか。遠慮しないで入ってきなさい。」
「はい。ではシオンさん、入りましょう。」
「はい・・。」
フィオナが柔らかく答えると、王は快くそう返した。
それを聞いて、フィオナがシオンの方を向いて、にっこりとしながらそういった。
シオンは緊張のせいで、返事をあまりはっきりとは言えなかった。
2枚の扉がフィオナの手によって開かれる。中が見えると、一番先に目に入ったのは、
リルティ用の小さめの机。そしてその奥にいる、小さいが、威厳のある王の姿。
シオンは思わずごくりとつばを飲み込んだ。中に入ると、フィオナが扉を閉めた。
「いやぁ、来てくれて光栄だ。シオン君だね。よく話はフィオナやクノックフィエルナから聞いている。」
「あっ・・いえ、こちらこそ・・。」
王は立ち上がり、シオンの前に来て、握手を求めた。シオンはしどろもどろになりながらも握手をした。
王の手は、シオンの手に比べると若干小さい。
しわの多い手だったが、ほっこりと暖かく、不快には感じないし、
柔和な笑顔は、一目見ただけで緊張していたシオンの心をほぐしてしまった。
「王だから」ということでない、もともとの性格や雰囲気なのだろう。
「君は確か、ティパのキャラバンだったね?」
「はい。」
手を放すと、王はにこにことしながらそういった。今度は緊張することも無く、シオンはうなずいた。
「かなり強い、ということも2人から聞いているよ。
 どうだね、君の強さを是非、私にも見せてくれないかな?」
「えっ・・。」
「私が是非手合わせしてみたいものだが、残念ながらもう昔ほど体が動かなくてね。
 ここに来る途中、訓練場があったのは見えたかな?そこにいる兵士との手合わせだ。」
「私も、また是非あの華麗な動きを見せて欲しいです。」
これはさすがにシオンも迷った。王とフィオナはもう見せてもらう気満々のようだ。
頭上にいるモグに助けを求めたが、上から聞こえるのは寝息だけ。どうやら寝てしまっているらしい。
助けも求められず、数秒、シオンは考えた。
「・・わかりました。」
「おお!そういってくれるか!さぁさぁ、決まったのならすぐ行こうか!」
「えぇ。兵士達もいい勉強になるはずですしね。」
進んでやる気にはならなかったが、断ることもしづらい。
シオンが仕方なくそううなずくと、2人とも嬉しそうにし、シオンの背中を押して訓練場へと向かった。
ここはやはり「武」の民らしい。それを根っからの戦い好き、といっては語弊があるが。


さっきフィオナと一緒に歩いたペースよりも早く、結構すぐに、王の言った訓練場に着いてしまった。
「へ、陛下!?」
王がいきなりこんなところにきたことに驚いたのだろう、兵士達は王を見て、訓練をやめ、慌てて敬礼の形をとった。
「そのままでよい。さぁさぁ、ちょっと通してくれ。」
それを王は手を振って兵士の敬礼を解かせ、ある兵士の前までシオンを押した。
「おや。」
されるがままにされていたシオンだったが、その兵士の声を聞くと、ぱっと2人から離れた。
とても耳慣れた声だったのだ。
「ソ、ソールさん・・?」
「おお、いかにも。久しぶりだな、シオン君。」
「ソールさん・・何で・・・、帰ってきたばかりでは・・?」
その声は、アルフィタリアキャラバンのソール=ラクトの声に間違いなかった。
先程アルフィタリアの入り口で、住民達に迎え入れてもらったばかりではないのか?
疲れているだろうに、何故、とシオンは困惑する。
「そうなのだがね・・・。帰ってきた途端に兵士達から訓練の指導をして欲しいといわれてね。
 私ももうおじさんで、疲れてはいたのだが・・ほら、可愛い後輩達のためだからな。」
「そうなんですか・・。」
「知り合いかね?」
「ははは、陛下。私はずいぶんと長いことキャラバンをやっているのですよ。
 旅の道中、シオン君には良く会いましたから。」
「む、そうか。そうだったな。」
シオンが聞くと、兜からわずかに見える目が、困ったように笑っていた。
気さくな人柄、長年のキャラバンで養ってきた知識と力。
それを新米兵士達も良く知っていて、彼のようになりたいのだろう。
ソールは疲れてはいるように見えたが、まんざらでもなさそうだったので、シオンはそれ以上は言わなかった。
王は、ソールとシオンの会話を少し聞いていた後、意外そうな顔をしてソールに聞く。
それにソールが笑いながら答えると、王も照れ隠しのようにそういった。
「・・それで、陛下?どんな御用で?」
「おお、そうだったそうだった。いや実はな、このシオン殿が強い、ということを我が娘から聞いてな。
 どうしても私自身でそのシオン殿の腕を見てみたいのだ。」
「なるほど。・・そしてそのシオン殿の相手に私を選んだと。」
「左様。できるかね?」
「えぇ。」
王の急な頼みにもかかわらず、ソールは快く受け取った。
シオンは新米の時代、何度も自分を助けてくれたソールと刃を交えるなど、本当は嫌だったが、
さっき一度了承してしまった手前、もう今更嫌だとは言えない。
「それならよい。さぁさぁ、皆真ん中を空けて。試合は己の武器のみで戦ってもらおう。
 剣と槍ではリーチが違うが・・ソールはもう結構な歳だからな、シオン殿、了承してくれ。
 私がどちらかの勝ちを言うまで戦っていただこう。
 さぁ、ソールはここ、シオン殿は向こうへ。私が手を鳴らしたら開始だ。」
あっという間に話は進み、シオンは盾を王に預け、未だに寝ているモグを、フィオナに預けた。
そして自分の腰からエクスカリバーを取り出した。きらり、と太陽に照らされ、オレンジと紫のひかりが見える。
ソールはドラグーンスピアを持ち、2人とも王から指定された場所にたつ。
周りの兵士、フィオナ、そして王は、緊迫した雰囲気に、向かい合っている2人よりも緊張しているように思えた。
「行くぞ・・始め!」
ぱぁんという音とともに、王が声を上げた。
しかしすぐには2人とも動かない。武器を構えて、相手がどう来るか見ている。
「シオン君・・強くなっているのだな。」
「え?」
「自覚もしていないほどか。どれ、にらめっこはつまらない。こちらから行こう。」
ソールがふっと笑ったように見える。言葉を言い終えると、ざっと音を立ててこちらに向かってきた。
槍を真っ直ぐ構えてきたので、これは受け止められない。シオンは横っ飛びでまず突進をかわす。
ソールが方向を転換しようと停止する隙を狙って、エクスカリバーで鎧を斬った。
ギィィン、という音とともに、手がしびれる。
「・・!(ダメだ、これは斬れない・・。)」
それを悟って、シオンは今度反撃に来たソールの槍を剣で受け止めた。
横なら縦、縦なら横、正面なら横に飛び、攻撃を流し、かわす。
(斬ったら衝撃がくるから、かえって隙ができる・・。なら・・。)
ソールが攻撃できないようにしなければ。防戦一方の中で、シオンは考えた。
周りの兵士は当然だろうが、見ず知らずのクラヴァットよりも、ソールを応援している。
時々、フィオナが自分を応援してくれるのが聞こえた。王は、じっと自分を見ているのだろう。
ソールには恩を感じているし、戦いは迷った。
しかし、もう戦っているからには、負けたくはない。
せっかく期待していてくれる王をガッカリさせたくないし、・・フィオナに、カッコいいところを見せたいのも、男としてはあった。
「どうした?シオン君、防戦一方か?」
「・・攻撃にうつってもいいんですね?」
長かったからだろう、つまらないのか、ソールがそういってきた。
それを合図にして、ソールが言葉を返そうとするうち、隙を狙ってシオンは衝撃を覚悟で一発、剣で胸の辺りを狙った。
すぐに衝撃が自分にきたが、鎧があるとはいえ急所を狙われて、ソールは攻撃の手を緩め、無意識に防御の姿勢をとる。
その姿勢を崩す前に、シオンは猛攻を始めた。
「おおっ!」
「ソールさん!」
周りから声が上がる。今度はソールが防戦一方となった。
ソールのキャラバンとしての実績はシオンよりももちろん長い。
少しでも隙を見せたら、またこちらが攻撃される。シオンは、攻撃の手を決して緩めない。
ソールは槍を構えたまま、防御に徹するしかなかった。
「シオン君・・やはり強くなっているな。」
「ありがとうございます。」
攻撃、防御をしながら、2人はそう会話をかわす。
「・・だが、私も兵士達の前で恥は見せたくないのでな。」
「!」
シオンの攻撃が終わる一瞬の隙を見て、ソールはまた攻撃を始めた。
(やはり簡単にはいきませんか・・。でも・・)
シオンはまた防戦になる。周りの兵士達は、戦いに熱くなっていた。
横目で見ると、フィオナがはらはらとしながらこちらを見ているのがわかる。
「僕も・・、」
「ん?」
「僕も、恥をかきたくありませんし、膝を地面につけたくもありません。だって・・。」
フィオナの目の前で、カッコ悪いところは見せられないから。
シオンは一度大きく距離をとり、そのまま軽く跳んで、重い一撃を食らわせようとした。
「血迷ったか?」
ソールが槍を真っ直ぐシオンに構えると、シオンはある一転を狙って、少し剣をずらせた。


ガッキィィィン!!!!!


今まで刃を交えた中で、一番大きい音がする。歓声もそれに比例して、大きい。
槍と剣はどちらも攻撃はできず、相殺された。
ぱっとシオンは距離をとり、ソールは槍を構えなおす。
「・・シオン君、今は運がよかったのだ。もう少し君の体がずれていたら、槍が体に刺さっていたぞ。
 ・・無謀なことはやめたまえ。私は、人間を殺すつもりはないんだ。」
「・・確かに、今の攻撃は僕なりにも最善とは思えません。けれど・・。」
「けれど・・っ?!」
シオンの言葉をソールが繰り返そうとすると、いきなりぴしっと音がした。
パキン、と音を立てて、ソールの槍が先から1/3ほど折れ、がらんと落ちた。
「・・・・。」
「・・すいません、勝つにはこれしかなかったんです。」
シオンが剣を構えるのをやめて、そう頭をたれた。
まさか自分の槍が折れるとは思っていなかったので、さすがのソールも言葉を失った。
「・・・・うむ・・。槍が折れては仕方ない。では、シオン君の勝ちだな。」
しばらくして、王がそうシオンの勝ちを告げると、一瞬の静寂の後、わっと周りがわきかえった。
「すごいぞ、あのクラヴァット!」
「まさかあのソールさんを倒してしまうなんて!」
「リルティが負けるなんて・・信じられない・・。」
そんな声が聞こえる。賞賛の声も、落胆するような声も。
「いやいや、すばらしかったよ、シオン君。」
王がにこにことしながら寄ってくる。シオンはどうもと頭を下げた。
ちらりと向こうを見ると、にっこりとフィオナが笑ってくれた。シオンは微笑む。
「参ったよ、シオン君。まさか槍を折られるとは思わなかった。こんなに固いのに・・・。」
「ふむ。私もこんな最後は予想もしなかった。」
ソールが寄ってきて、握手を求めたので、シオンはそれに応じた。
ソールが折れた槍を見ながら言うと、王も興味がありそうにこちらを見る。
「この戦い方は、僕の仲間が教えてくれたんです。」
「仲間が?」
シオンが説明を始めようとすると、2人そろって声を出す。
「シオン君、だがしかし、君のキャラバンは・・。」
「えぇ、僕1人です。けれど、1回だけ風邪を引いて、他の仲間に行ってもらった年がありましてね。
 その仲間は訓練こそ受けていたものの、戦いに関して実践的なことは何もしていなかったんですよ。
 だから僕はとても心配でした。帰ってきたときは本当に嬉しかったんです。」
「それで、その子がどうしたのかね?」
待ちきれないように王が聞いてくる。シオンはうなずいた。
「・・その人はとても頭のいい人でしてね、たとえ自分の力が弱くて、
 相手になかなかダメージを与えられなくても、武器さえなくさせればいい。
 だからその人は、自分の武器で相手の武器の一点だけを攻撃し、
 力を集中させて、それを折れさせるんです。武器がなければあとはこっちのものですからね。」
「それを君はやったのか!」
ソールが感心したように言った。
「そうです。鎧に攻撃したときは僕の剣では到底太刀打ちできそうになかったので、
 そうさせていただきました。攻撃していくうちにひびが入ったのが見えたので、
 最後に自分も攻撃されるのを覚悟で、重い攻撃を何とかぶつけたのです。」
「・・いやはや、参ったよ。」
ソールは顔を横に振って、そういった。王もとても感心したような眼差しで、こちらを見た。
「なるほど、武器や力の弱さを克服するために・・。強さだけを求める我々とは違う。
 そちらが本当の上手な戦い方なのだな。目からうろこが落ちたようだ。」
「いいえ・・。この戦い方は僕自身がやったのでなく、人から教えられたものですし。
 何より折れたのは運がよかっただけなんです。年季も入っているから折れやすかったんですよ。」
「うーん、なるほど。なるほど。」
「本当に、見事としか言えんな。」
ソールは感心するばかりだった。王も同じ。
「非常にいい物を見せてもらったよ、ありがとう。」
王がそういって笑った。シオンは武の王に戦い方を褒められ、照れずにいられなかった。



















そしていつの間にか、日は暮れてしまった。
王はソールとの戦い方で満足したのか、にこにこと笑いながら、「お祭りを楽しんできてくれ」と送ってくれた。
しかも嬉しいことに、それにフィオナを同行させてくれた。
もちろん、一国の姫と一般人が一緒にいるところを他の人に見られるとどうなるかわからないので、
フィオナは旅に出ていたときと同じ服を着て、変装をしていた。







「あー、モグもシオンの戦いを見るべきだったクポ・・。」
「ずっと寝てたんですか?」
「まぁ、そういうことクポ。」
アルフィタリアの中心にある大クリスタルよりもちょっと離れた場所で、
アルフィタリアの水かけ祭りを見ながら、モグがそういった。
シオンはお皿にある豪華な料理を食べながら、呆れたようにそういった。
モグがしましまリンゴを絞ったジュースを一口飲んで、そう答える。
「でも、シオンさん、とても素敵でしたよ。」
「いえ・・。」
隣にいるフィオナが、まだ興奮が冷め切らないようにそういっていた。シオンが照れる。
モグがにやりと笑い、足でシオンの腕をつんつんとつついた。だがとりあえず無視する。
せっかくフィオナが隣にいて、こんなにも楽しいのに。モグのからかいで気分を害したくはない。
フィオナをふと見ると、水かけ祭りの様子を、愛おしそうに見ていた。
たとえまだ、自分という存在を認められていなくても、やはりアルフィタリアは、彼女にとって愛すべき街なのだろう。
シオンは自分の村の水かけ祭りを思い浮かべた。
家族も友達も、村長達も。本当に嬉しそうに笑って、踊って。
その様子を見ていると、本当に飽きなくて。
それを思い出しながら、シオンは自分がこれからやろうとしていることを考えた。
今年はもう無理だし、まだ調べたいこともあるので、来年も無理だろう。
行くとしたら、もう再来年しかない。再来年が終わったら引退だ。シオンはそう考えた。
・・しかし再来年に、また自分の村で水かけ祭りを見られるだろうか。
万が一失敗して、自分が死んでしまったら。もう水かけ祭りを見られない。
もし自分が死んだことが村に伝わらなかったら、ティパの村は、瘴気にのまれて滅びてしまうかもしれない。
いやまず、出かけることを許してくれるだろうか。
今まで1人だけで、誰の相談もなしにやってきて、危険を承知でそこに行くことを、村は許してくれるだろうか。
ぎゅうっと、シオンの胸がしまる。心臓を握られたかのように痛い。
けれどやり遂げたい。今この思いを曲げることは出来ない。
自分の目の前で起きた、瘴気による悲しい出来事なんて、もう見たくはない。
だが、自分が死んだら、村は、そして・・・・・、
「シオンさん?」
はっとすると、フィオナが心底心配そうな目でこちらを見ていた。
悲痛な表情をしてしまっていたのだろうか。
「大丈夫ですか?どこかお怪我でも・・。」
自分のせいだと考えているのだろうか。フィオナの手がシオンの頬に触れた。
「いえ・・。ちょっと考え事を。すいません・・。」
「そうですか・・?」
シオンは顔を横に振ったが、フィオナはまだ心配そうにしていた。
「あの、勝手なことで、恐れ多いとは思いますが、私に出来ることなら、何でもします。
 シオンさんは私のことをたくさん助けてくれましたし・・。
 外れていたら申し訳ないのですが・・その顔は本当に思いつめている顔で、
 何かを迷っているような顔です。だって・・、」
フィオナの両手が、シオンの両手を取る。
言葉の続きが何かはわからないが、フィオナがそういってくれることは本当に嬉しい。
けれどまさか、「では旅についてきてくれ」などとは口が裂けても言えない。
ましてや「結ばれたい」などとは。
シオンは迷った。今ここで自分の計画を吐き出すのは簡単だ。
勇気さえあれば、「好きだ」ということだって可能なのに。
けれど、それでフィオナの重荷となるなら、言いたくなんてない。
でも、もし自分のせいでティパの村が滅んでしまったら・・。
迷惑をかけたくないという思いと、頼りたいという思いが交錯して。
「・・・。」
出かけた言葉を飲み込んで。飲み込んだ言葉をまた引きずり出そうとする。そんな意味の無い繰り返し。
どちらかだけができれば、本当に楽なのに。
「シオンさん、お願いします・・。人には、誰しも言いたくないことなんてあることはあります。
 けれど、目の前でシオンさんがそんな苦しんでいるように見えるのに・・。
 何も出来ないなんて、私は・・・。」
フィオナの言葉が、余計に自分の心を締め付ける。自分のことを思ってくれているのは嬉しいのに。
ぐるぐるとシオンは考えた。どうすればいいだろう。モグは何も口出しをしない。自分で何かしなければ。
無視か、言うか。二者択一だ。
・・・・・長い沈黙の後。
「・・フィオナ姫。」
「はい。」
まだ両手を握られたまま、シオンは言うことを決めた。
「僕はこれから、・・多分、再来年になると思いますが・・。
 その年に、ある賭けをしたいのです。」
「・・賭け・・?」
「内容は言えません。けれど、僕の全てをその賭けにぶつけます。
 ・・下手をすれば命を失うような。そんな賭けです。」
フィオナの目が驚愕に開くのがわかる。シオンは辛くて、目を合わせられなかった。
「そんな・・。」
「けれど、もうやると何年も前に決めました。たとえこの身が果てようと、やってみせる、と。
 ・・しかしそこで問題があります。僕は今、ティパの村のたった1人のキャラバンです。
 そろそろ下の世代に変わる時期なのですが、訓練中とはいえ、
 魔物を実際に見たこと、戦ったことがなく、はっきりいって未熟です。」
フィオナが黙って聞く。
「・・だから、跡取りがいないんです。僕が死んだ年に、しずくを採りに行ってくれるキャラバンが。
 キャラバンがいなければ、ティパの村は滅びてしまいます。僕は、自分の村をそういう風にさせるわけにはいきません。
 自分の村を失いたくはありません。僕が危険なことをせず、普通に生きればそれは何も問題がないのですが、
 それではダメなんです。やり遂げなくてはいけないんです・・。」
「それで私に・・?」
言っているうちに、フィオナは大体わかったようだった。シオンがうなずく。
「・・もし、僕が再来年、10ヶ月後までにティパの村に帰らないことを伝えた手紙がこちらにきたら・・。
 僕の村の住人を、ここに住まわせてあげてください。4家族で、僕を抜けば住民は全員合わせて20人です。
 お願いします・・、ティダの村のようにはなって欲しくありません。
 僕が死んでも、皆には生きていて欲しいんです・・。」
最後の方の声は震えていた。フィオナの両手に包まれている自分の手も、かたかたと震えていて。
もしフィオナがこれを受け入れてくれなかったら、村は滅びるか、賭けをあきらめるしかない。
どちらの結果になるのも嫌だ。シオンは、うつむきながら祈った。
「・・わかりました。それは、ご心配しないでください。」
聞こえた力強い声に、シオンは顔を上げる。自然と微笑むことが出来た。
フィオナが微笑んでいるので、さらに安心できる。これでひとつの問題は解決した。
シオンは安堵から、ふぅーーっ・・と、長い息を吐いた。
「・・・・その代わりといっては何ですが、お願いをしてもいいでしょうか。」
「!?」
シオンは顔を上げた。どんなことかはわからないが、シオンの心は不安に揺らぎだす。
「・・それは・・・、」
シオンが不安げに言うと、フィオナは穏やかに笑って、こう言った。
「・・もし、シオンさんが再来年、あなたのやりたいことをやり遂げて、無事村まで帰って・・。
 その後、あなたがキャラバンから引退したら、アルフィタリアの、兵隊になっていただけませんか?」
「・・・・はぁ?」
予想もしていなかった答えに、シオンは思わず、とても間抜けな声を上げてしまった。

















〜つづく〜







* * * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * *
むぞフィオシリーズ第6弾です。お待たせしました・・・?(何で疑問形)
アルフィタリアでの出来事、どうでしたでしょうか。いや、まだ続きますけど(汗)
この小説は、主にシオンの気持ちやシオン関連の出来事を中心として書いていますが、
ここでフィオナのシオンへの気持ちが、少しでも伝わっていれば嬉しいです。うっふふふふ(怪)
本人達もあんまり気づいてませんが、一応仲良くなっています。
フィオナどころかそのお父さんにまで気に入られてますし(笑)
お父さんを書くのはちょっと難しかったですが、楽しかったです。ガンガン漫画の王とはちょっと違う感じで・・。

シオンとソールが戦う部分は、最初ソールではなく、フィオナが相手の予定でした。
フィオナはあくまでも「武」の民ですから、強いとは思うのですが、やっぱり女の子相手だし(汗)
ちょっと無理矢理ですがソールさんに。戦いを書くのは楽しかったです。
ついでにシオンが言った「その人」はもちろんラ・イルスです。
彼の武器はラケットなので、多分ティエルにでも伝えたのでしょうね。<戦い方

フィオナの言葉の真意は次回にて。次回でシオンの「賭け」に関しても畳み掛け、
次々回でフィナーレです。何とか予定通り8話に収まりそうです。ほっ・・

今回は何かまたいろいろ書きすぎて、いつもより文章が長いです。(ワード1ページぐらい)
すんません。結構削除したのですが・・実がつまっているということで・・(苦しい言い訳)

では相変わらずむぞうさ×フィオナの同志が増えることを願いつつ。




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