偶然という名の運命


〜沈めば浮かぶ〜












「さて・・・と。」
ヴェオ・ル水門でしずくを採り、シオンはキルアと別れた。
目はまだ赤い。
フィオナのことを思うと、また涙腺が刺激されそうになる。
「情けないですよ、シオン!」
それに気づき、シオンは自分を叱責して、頬をパァン、と叩く。
物思いにふけっている場合ではない。まだしずくは1/3しか溜まっていないのだし。
・・それにしても、頭がぼーっとする。
「・・シオン、大丈夫クポ?」
おずおずと、心配そうにモグが尋ねた。
モグにまで心配をかけていてはいけない。シオンはそう思って、「大丈夫です」と答えた。
「次は・・どこにしましょうか。」
馬車の中で地図を広げて、シオンは少し悩む。
あまり遠出する気分にはなれない。コナル・クルハやレベナ・テ・ラ、ライナリー砂漠やキランダ火山は除外する。
かといってアルフィタリアの近くのダンジョンも行きづらい。
つまり、ジャック・モキートの館やティダの村も除外される。
そうなってくると、数は限られてくる。
「・・・・ゴブリンの壁に行きます。」
残ったダンジョンを見て、ふっと目に付いたゴブリンの壁に、シオンは行くことにした。
ぽいっと地図を投げ、パパオパマスの手綱を握る。
モグが「了解クポ」といって、寝ようとしたときだった。


バシィン!


パパオパマスを動かすには強すぎる痛みをシオンは与えた。
すると、パパオパマスは短く悲鳴を上げたあと、猛スピードで走り始めた。
「し、シオン〜〜〜っっ!?」
モグが叫びながら馬車の中で転がり始めた。
「お・・おち・・落ち着いてクポッ、クポッ。そ・・そんな速さじゃ・・パパパパオが・・グポぉ〜〜っ!!」
シオンを止めようとモグが叫ぶが、転がりまわされているので、だんだん気持ちが悪くなり、言葉も全然言えてなかった。
しかしモグのそんな様子にも全く気がつかず、聞く耳さえ持たずに、シオンはパパオパマスをただ全速力で走らせた。
こんなことをしていれば、パパオパマスが疲弊しきってしまうことなど、シオンはわかっている。
けれど、心のもやもやと騒ぎが不快で、それを振り払いたかったのだ。
何重もの線になった周りの景色に、ふっとアルフィタリア城が映った。
「・・!」
シオンはそれを見て、思い出したくない思いやその思い出を思い出し、必死にかぶりを振り、それを追い払おうとした。
目をはずして、ただパパオパマスの手綱を握る。
そのまましばらく、他のキャラバンの声にも答えず、シオンはパパオパマスを走らせていたが、
パパオパマスから急に聞こえた悲鳴に、はっとしてブレーキをかけた。
「ぶふぇっ!!」
がん!と鈍い音がした。モグが壁にぶつかった音だろう。
いきなり急ブレーキをかけたので、一瞬馬車は前のめりになった。
「・・パパオ?」
シオンはパパオパマスの様子がおかしいのに気づき、急に正気に戻って、馬車を降りた。
パパオパマスを見ると、どうやら足を痛めてしまったらしい、右の前足を痛そうにかばっていた。
馬車が完全に止まったのに気がつくと、パパオパマスはそのまま横に倒れ、足を投げ出した。
「パパオ!?」
シオンは今までなかった現象に驚いて、パニック状態になった。
「・・・いきなり全速力で、しかも長時間走らせたせいで、足を痛めたクポね・・。それにずいぶん疲れてるクポ。」
よろよろとモグが馬車から出てきて、パニック状態のシオンに言った。
モグはシオンと違い、冷静にパパオパマスを見ていた。
「薬を塗ってあげるクポ。シオン。」
「あ・・ッ・・はい。」
モグにそういわれて、一瞬シオンの動きがよどんだが、すぐに薬を取りに馬車の中に飛び込んだ。
日記や食料、水の入った樽などを乱暴にどけて、シオンは村からもらったパパオパマス用の塗り薬を出した。
あまり使っていないので、量は十分にある。
小さな木のケースに入った薬を持って、シオンはパパオパマスに駆け寄った。
蓋を開けて、人差し指と中指にたっぷりと薬をつけ、それを念入りにパパオパマスの足に塗る。
痛みと疲れのせいだろう、涙目になっているパパオパマスを見て、シオンはやるせなくなっていた。
「・・・シオンのせいクポよ。」
それは小さい声だったが、シオンはそれでもうっとつまった顔をした。
「今のシオンの気持ちはよぉーくわかるクポ。けれど、それに他の人を巻き込んじゃダメクポ。
 パパオはシオンのいうことに忠実に従って、それで怪我をしちゃったクポ。」
ぐさぐさと、モグの言った言葉が矢のようにシオンに刺さる。
モグの言うとおり、パパオパマスが怪我をしてしまったのは自分のせいなのだ。
薬を塗りながら、シオンは「ごめんなさい」と、薬を塗っていないほうの手でパパオパマスを撫でた。
「・・・薬は塗っても、今日はこれ以上走れませんね・・。」
怪我に加えてこの疲労、今日は無理だろう、とシオンは思った。
まだ日は傾き始めたばかりだが、それでも今日だけで走れるほどパパオパマスも力が残っていないだろう。
痛がるパパオパマスの足をシオンは支えて、せめて日陰まで、と、パパオパマスと馬車を移動させた。
しばらく息を整え、パパオパマスの側に寝転ぶ。
「ごめんなさい・・僕のせいで・・・。」
パパオパマスを撫でながら、シオンはそう呟いた。
心のもやから逃れたいためだけに、パパオパマスを無理に走らせ、こんな目にあわせてしまった。
シオンはそれに対して激しく後悔して、お詫び、とでも言うように、
馬車の中からしましまリンゴを出し、それをすりおろしてパパオパマスに食べさせた。
果汁の甘酸っぱい匂いを感じて、パパオパマスはリンゴを出した途端にそれを舐め始めた。
落ち着いて寝られるようになったので、モグは寝られなかった分を取り戻すため、馬車の中で寝ている。
することのなくなったシオンは、木々の間から、ぼぅっと空を見上げた。
不意にド・ハッティのことが頭に浮かび、ぶんぶんと頭を振った。
・・こんなことは、自分でも珍しいと思う。
仮にも村の命を預かっているというのに、
心のもやを取り払いたいということだけで、自分勝手な行動をしてしまって・・。
緊張感も何もない・・シオンはそう思い、自分の髪をくしゃりと握った。
することがないと、逆にいろいろなことを考えてしまう。
また、一気にあの時の悲しみが来てしまって、シオンはうなだれた。
唇が「フィオナ姫」と言葉をつむぎだそうとしたが、それは言葉にならずに終わった。
ため息をシオンはついて、ごろりと寝返りを打った。
パパオパマスは、すでにぺろりとリンゴを食べ終えていて、満足そうな顔をしていた。









「・・・ぅ・・・。」
頬に生暖かいものを感じて、シオンは目を開けた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
見ると、パパオパマスがシオンの顔をその舌で舐めていた。
つぶらな瞳が訴えているのは、しましまリンゴのおねだりか。
そう考えながら、シオンはゆっくりと起き上がり、パパオパマスを撫でる。
木の隙間から、ちらちらと星が見えた。地平線は藍と朱の色が交わっている。
日が暮れかけているのだ。
「あ、シオン、起きたクポ?」
ぱたぱたとモグが飛んできて、パパオパマスの頭の上に止まった。
「えぇ・・。」
まだぼぅっとしたままで、シオンは返事を返した。
「じゃあご飯にするクポッ。モグもパパオもお腹が減ってるクポっ。」
パパオパマスの頭の上でぴょんぴょんモグは飛んだ。パパオパマスはつぶらな瞳でこちらを見たまま。
やはりさっきの瞳も、リンゴのおねだりだったのだろう。
「わかりました・・・。えっと・・馬車の中には何がありましたっけ・・?」
寝る前のことがあまり思い出せない。・・思い出したくない、というのもあるのだろう。
なるべく何も考えないようにして、シオンは立ち上がり、馬車の中を確認した。
しましまリンゴ、ほしがたにんじん、肉、ひょうたんいも、まんまるコーン・・と、何でもある。
いつ食料を調達したのかは覚えていないが、とりあえず目に付いた食材で、シオンはレシピを考えた。
「・・カレーでいいですか?」
「もっちろんクポ〜〜!パパオ、カレークポよ!久しぶりクポ〜!カレー、カレー♪」
馬車の中から顔だけ出して、モグに言う。
モグはその一言に狂喜乱舞。パパオパマスが迷惑そうだ。
その光景にやれやれとため息をつきながらも、シオンは用意をすることにした。
材料は洗って、モグの口の大きさに合わせて、細かく切る。
馬車から深い鍋を出し、そこら辺にある木々を拾って、ファイアで火をつけた。
こんなところでも、アーティファクトのリングはすごく役立つ。
鍋の中に材料を入れて、ミルクからつくった自家製のバターでそれを軽く炒める。
「あぁ〜・・バターの香りがするクポ・・。ねっ、パパオ。君もそう思うクポ?」
大好物の匂いにモグはうっとりとしている。パパオパマスは寝ていた。
しかしそれにも気がつかないほど、モグは浮かれている。
それにシオンは苦笑する。
「モグ、はしゃいでないで、川から水を汲んできてくださいよ。」
「りょーかいっ、クポ〜〜♪」
シオンがバケツを渡すと、モグは文字通り飛んできて、はしゃぎながら水を汲みにいった。
バターでいためた食材がしんなりとしてきて、何ともおいしそうな匂いがする。
料理をしているうちにお腹が減ってきて、シオンの腹の虫が騒ぎ出そうとしていた。
「お待たせクポ〜。」
しばらくすると、バケツいっぱいに水を入れて、モグが戻ってきた。
小さな体のどこにこんな力があるのか、と思うほどの量だ。
これも飯への執着ゆえか。
シオンはお礼を言って、水とコンソメを鍋の中に入れて煮込む。
モグが持ってきた水は、上流でベル側から枝分かれしている小さな川から汲んできたものだ。
生水だが、火を通せば大丈夫だろう。
煮込む間に、カレールウを作ることにする。
野菜を煮込んでいる鍋とは違う鍋に油とバターを入れ、小麦粉を入れて炒める。
ファイアは弱めにしないと焦げてしまうので、火にも細心の注意を払った。
時間をかけて炒めると、柔らかくなるので、そこにカレー粉を入れた。
カレー粉は旅立つ前に、プレゼントされたのだ。
ブレンドしてくれたのはラ・イルスなので、おいしいことは間違いない。
手作りのカレールウが出来上がり、今度は煮込んでいる鍋のほうを見る。
木べらで野菜をつつくと、充分に柔らかくなっている。
灰汁をできるだけ早く取って、1枚皿を出し、その中に野菜とスープを小分けして、
残ったものにルウをぶち込んだ。
混ぜると、とてもいい色になっているが、このままではさすがに辛いので、ミルクを入れて、すりおろしたリンゴを多めに入れた。
馬車の中からいなかパンをたくさん出して、それをうすく切る。
とろみのでてきたカレーを深い皿に載せ、パンをたくさんのせた。
ホントはもっと煮込んだほうがいいのだが、それでは待たされるモグから文句が出るだろう。
皿をモグに出すと、モグは飛び上がって喜んだ。
パパオパマスにはカレーはもちろん刺激が強すぎてダメなので、さっき小分けしたスープを渡した。
自分の皿にもカレーとパンを乗せ、シオンも食べ始める。
モグに散々いわれて好き嫌いを無理矢理治されたシオンは、いまや大嫌いだった肉や魚までも食べられるようになった。
「肉も慣れればおいしいクポ。そうだろうクポ?」
「そうですね。」
パンにたっぷりカレーをのせてシオンは答えた。
モグは口の周りがカレーだらけになってしまっている。シオンは思わず苦笑した。
パパオパマスはスープを舐めている。パパオパマス用の野菜はさらに細かくなっており、みじん切りよりもさらに細かい。
(しかしこうしないとパパオパマスは食べられないのだ)
「・・・明日はどうしましょうかねぇ・・。」
シオンはぼそりと呟いた。料理しているときは無心だったが、食べていると、またふっとフィオナのことを考えてしまう。
「・・・村に帰ったらどうクポ?シオン?」
「・・・村ですか?」
考えてもいなかった言葉にシオンはしばし驚く。
「シオンはへたれでこういうことにはなれていないクポ。
 だからそんなに落ち込んでるようじゃしずくなんてとれやしないクポ。だから村に帰ってみるクポ。」
容赦のない言葉にシオンの心はかなりダメージを食らったが、間違ってはいない。
シオンも、今この気持ちで戦える自信はなかった。
家族や仲間の顔を見れば、少しはこの気持ちも静まってくれるだろうか。
「・・・パパオの足が治り次第、行ってみましょうか。」
自分でも情けないと思うものの、そんなプライドは捨てて、シオンは一度村に帰ってみることにした。






次の日にはパパオパマスの足はすっかり治っていた。
さすが瘴気にまで適応して生き延びてきた生物だからか、自然治癒力も並なものではない。
これなら走れるだろう、とシオンは思い、今度は無茶をさせないよう、シオンは慎重にパパオパマスを走らせた。






「・・シオン!?」
日も高くなってから村について、一番最初に会ったのは、ラ・イルスだった。
「どうした?体調が悪いのか?」
また錬金術でレシピを創ろうとしていたのか、紙をたくさん持っている。
それを全部放り出して、心配そうにラ・イルスはシオンに駆け寄った。
シオンが旅の途中で帰ってくるのは珍しいことだったのも、あるのだろう。
「イルス・・。」
何となくほっとして、シオンは笑う。
しずくが満タンでなくても、それを何も聞いてこなかったのもありがたい。
「体調が悪いならゆっくりしてけよ。それとも・・かわろうか?」
顔を覗き込みながら聞いてくる。とても心配そうだ。
「大丈夫です。ちょっと・・帰ってきたくなったので。」
「そうか・・。ならいいんだけど。」
そこまでラ・イルスに心配をかけてはいけない。
帰ってきておいてなんだが、シオンはそう思って、手を横に振って言う。
ラ・イルスはまだ心配そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。


「シーオーンー!!」


どがっっ!


「ぐふうっ!」
「シオン!」
ぎゃああっシオンーー!?お、おいリオ、控えろよ!」
ラ・イルスがシオンから一度離れると、その隙を狙ってか、今度はリ・ティオがシオンに体当たりをしてきた。
受け止めることもできずに倒れたシオンを見て、ラ・イルスは絶叫に似た叫び声をあげ、リ・ティオをつまみあげた。
リ・ティオの近くにいたティエルも、驚くと同時に慌ててこちらに来た。
「この位いいじゃない!せっかくシオンが帰ってきたのに〜!イル、離してよ!」
タコッお前の体当たりは強烈過ぎるんだよ!」
「だ、大丈夫?シオン・・・?」
ぎゃあぎゃあとつまみあげられながらリ・ティオが暴れる。それをラ・イルスが叱る。
心配そうにティエルが覗き込んでくる。
村の中では当たり前の光景に、抱きつかれたときの痛みがあるも、シオンは癒される感じがした。
「いいんですよ。そうされなきゃリオって感じがしないですし・・。」
「ほら〜〜!シオンそう言ってるじゃんっ。」
「シオンはお前を傷つけないようにしてんだよっ!」
「抱きつく時はもうちょっとスピードを落とそうね・・リオ・・・。」
ここでなら、フィオナのことを思い出さず、吹っ切れることもできるかもしれない。
そう思って、シオンは立ち上がり、そういいながら、村に入ることにする。


村や家族は、シオンに何も言わず、ただ温かく迎えてくれた。
ゆっくりするように、と言われ、今は、シオンはそれに甘えることにした。












その夜。
「シオン。」
「・・・?あ、イルスですか。」
岬で1人で星を見ていると、ラ・イルスが寄ってきた。
「どうしたんですか?こんな時間に・・。」
「それはお前も同じだろ。」
普通の人ならもう寝ている時間帯に人が来るとは思わなかったので、シオンは少し戸惑う。
ラ・イルスは、シオンの隣に座った。
「いきなり帰ってきて・・やっぱり皆心配してたよ。お前の家族も、村長も、ティーやリオも。
 帰ってくるのは悪いことじゃないけど、どうしたのかって気にしてた。」
「・・やっぱり心配、かけてしまって・・。すいません。でも帰りたくなって・・。」
「あ、いや・・謝ってほしいんじゃなくてさ。」
ラ・イルスの言葉を聞き、シオンは謝る。心配をかけたくて、帰ってきたのではない。
ラ・イルスはそんなシオンを見て、否定するように頭と手を振った。
「俺はただ・・何があったんだろって思ってさ。
 皆聞かないようにしてたけど、帰ってくるってことは、
 それほどお前にとって何か重大なことがあったんだろうなって思ってさ。
 やっぱりどうしても気になる。それに、お前が苦しんでるなら、助けたいって思うのが普通だしな。」
その心遣いは、迷惑にも思えるし、ありがたくも思える。
何にしろ、親友にそういわれて、シオンは戸惑いながらも、やはり嬉しい。
「・・・・お前、村に入ってからもどこか暗い顔してるから。
 それで、これは俺の想像だが・・・。
 ・・・あの姫さんと、何かあったんだろ?」
「・・!」
ずばりと言い当てられて、シオンは思わず顔を伏せてしまう。
「・・・気づいて、たんですか。」
「あの時のお前の動揺とあの人の容姿。フィオナ姫以外に誰が考えられるんだよ。
 リオ以外は、皆気がついてるぜ。」
少し前に、水かけ祭りにフィオナを誘ったとき、村人にフィオナを見られていた。
ごまかしたつもりだが、気がつかれてしまっていた。(まぁ当たり前だろう)
シオンは、恥ずかしさに息をふーーっと吐く。
「姫さんと踊ってたときのお前の表情・・すっごくいい顔してた。
 俺もティーと見てたんだけど、すぐ気がついたよ。
 『ああ、シオンは姫さんに惚れてんだな』ってさ。」
「・・・。」
黙って、シオンはラ・イルスの言うことを聞く。
「・・けれど今はそんなに暗い顔だ。
 お前は今まで6年もキャラバンやって、今は7年目だ。
 ・・・まぁ、4年目だけは俺とティーでやったけど・・・、
 それでも、俺やティーよりずっと強いんだ、だから旅の戦いとかで困ったことはないだろう。
 なら、慣れてない姫さんとのことなんかじゃないか、って思ったんだ。」
ラ・イルスは星空を見ながら、そう言う。
全てはラ・イルスの想像だが、そこに間違ったことはない。
親友のラ・イルスに、隠し事は通じない。シオンは改めて感じた。
「・・・・姫さんと何があったんだ?できれば・・・・全て話せ。」
星空に向けていた視線をシオンに向け、真っ直ぐにラ・イルスはシオンを見る。
シオンはどうしようかと思ったが、相手はラ・イルス。
人の秘密を勝手に喋ってしまうような人ではないし、
何より、どこか、この気持ちを人に伝えたかったのかもしれない。
「・・わかりました。」
シオンは、無理に隠すのをやめて、ラ・イルスにすべて話し始めた。









「なるほどな・・・。」
全て話し終えると、ラ・イルスは腕を組みながらそういった。
話すだけでも、少し気持ちがすっとする。
「確かにあの人はお前にとっては遠い存在だし、
 ド・ハッティって言うセルキーを大切にしているのかもしれない。」
うーん・・とうなりながらラ・イルスが言う。シオンは苦笑した。
「・・けどさ、お前が姫さんを大切にしてるんなら、その気持ち、無理に捨てなくてもいいと思うぜ?」
その言葉に、シオンの目が見開かれる。
「今は無理そうだけど・・少し落ち着いたら、会いに行ってみたらどうだ?
 もしかしたら、手が伸ばせないほど遠い存在じゃないかもしれないぜ?」
にっと笑いながらラ・イルスがいった。シオンは驚愕の表情をわずかに怒りににじませる。
「そ・・そんなわけないじゃないですか!
 フィオナ姫はアルフィタリアの姫なんですよ、
 忙しいんでしょうし、口で言うだけで簡単に僕に会ってくれるはずがないんです!
 簡単に言わないでくださいよ!」
いきなり怒り始めたシオンに、ラ・イルスは少しぎょっとしたようだが、それで彼は怖気づくことも謝ることもしない。
「じゃあ何で姫さんは、こんな田舎に遊びに来てくれたんだよ。
 お前が誘ったんだろ?忙しかったら断るはずじゃねぇか。
 わざわざ手紙まで出して、お前にアルフィタリアに来て欲しいって言ったりさ。
 ド・ハッティのことだって、結局はお前の推定。
 本当に姫さんがド・ハッティの側にいたいのかどうか聞いてないんだろ?
 それなのにお前は勝手な推定で逃げて、勝手に嘆いてるんだ。
 お前は、姫さんに近づくのが怖いんだよ!近づいて、それでいらないって拒まれたらどうしよう、って考えてな!」
「なっ・・!」
ラ・イルスも立ち上がり、シオンの言葉をあっさりと返す。
シオンは、とても言い返したかったが、言葉が見つからない。・・・図星なのだ。
ラ・イルスは本当に的確についてくる。本当に痛い場所を。
言葉につまって、シオンは乱暴に座り込んだ。そして頭を抱える。
「イルス、・・・君には本当に適いません・・。」
頭を抱えながら、ふっと表情を緩めてシオンは言った。
ラ・イルスは「当然だろ。言論でお前に負ける気しないもん」と返した。
ラ・イルスなら、フィオナに対する自分の気持ちに、何かいい解決法を教えてくれるだろうか。
「イルス・・・僕は・・どうするのが一番いいんでしょう・・?」
「だから会いに行けばいいんだって。会って直接確かめるがいい。
 ・・・って言ったって、お前はすぐには実行しないだろうな。
 でも他にはさすがの俺にも何も見つけられない。
 ・・・時間は少しぐらいかかってもいいから、姫さんにきちんと聞くことだな。
 それなら、・・・吹っ切れるときも、結構あっさり行くだろうし。
 お前はすぐ1人で勘違いして頭抱えて、最後に何も確かめずに離れるタイプだからな。
 ・・・本当に俺みたいなのがいないと、しょうがねぇなぁー。」
最後は呆れているような感じだったが、それでもラ・イルスは笑っていた。
シオンもつられてわずかに微笑む。
「・・ありがとうございます、イルス。」
そう呟くと、少し驚いたような顔をラ・イルスはしたが、そのあと返事代わりにまた笑った。
口論では、かなり痛い部分をずけずけと言われたが、逆にそれがよかったのかもしれない。
そのおかげだろう、フィオナ姫のことを忘れなくたっていい。シオンはそう思うことができた。
少し前の自分では、たったそれだけのことでも、とても思うことができなかった。
たとえこの思いが届かずとも、好きになってよかった、と思えるように。
その努力が自分には足らなかった。
それを気づかせてくれた親友に、本当に感謝している。
「・・それじゃあ、明日に備えて僕ももう寝ますよ。」
「・・そっか。もう、行くんだな。」
シオンの言葉にさりげなく含まれた意味を感じ、一瞬だけ寂しそうな表情をラ・イルスは向けた。
ちくりとシオンの心が痛むものの、いつまでも甘えていられない。
「・・はい、行きます。」
「そっか。頑張れよ。・・いろいろと。」
答えると、ラ・イルスは鼓舞の言葉を贈った後、にやっと笑ってそう付け足した。
シオンは苦笑しながらも、「はい」と答えた。








「シオン、もう大丈夫クポ?」
「ええ。心配かけて申し訳ありません。」
「いや、元気になったならいいクポ。」
たくさんの村人に見送られながら、シオンはティパの村を後にした。
残るしずくはあと2/3。まだまだ頑張らねばならない。
「・・じゃあ、次はどこに行くクポ?」
「・・そうですねぇ。・・・鉱山にしましょうか。」
「つまりカトゥリゲス鉱山クポね・・。じゃあ、モグは体力温存のために寝ておくクポ。
 着いたら起こしてクポ〜。」
「はいはい。」
目の前を見据えて、モグのほうを見ずにシオンはモグの言葉に答える。
カトゥリゲスに向けて鞭を入れると、それを早くもパパオパマスは察知して、目的地へとパパオパマスはただ進む。











「あと一発!あと一発クポよ!」
「えぇ、わかってます!」
ティパの村から数日から十日程で着いたカトゥリゲス鉱山で、シオンはオークキングと戦っていた。
オークを統率する王は、就任したばかりなのだろうか、それともシオンが強すぎるのか、骨応えがまったくもって無かった。
しかし、死の間際になると、オークキングは敗北を察して、最後の手段と、自爆を仕掛けようとしてくる。
爆発の熱波と突風などの衝撃はさすがのシオンでも盾で防げるものではないので、早めに倒さねばならない。
体中をこれでもかと斬られても、まだ魔力を溜め続けるオークキングには粘りが感じられる。
だが、そんな忍耐も、せっかく溜めた魔力もむなしく、最後のシオンの一撃で、
その魔力は不完全燃焼で解き放たれ、オークキングは倒れた。
王を失ったオーク達は、ギャーギャーという醜い悲鳴を漏らしながら、キャラバンから逃げていった。
ふうっ、と安堵の息を漏らして、シオンはエクスカリバーを立て、休む棒にした。
「お疲れクポ、シオン〜〜。」
ぱたぱたと羽音を立て、モグが賞賛の言葉を浴びせる。
「・・・これくらい、どうってことないですよ。」
そういって笑うシオンには、余裕が見られた。
1、2年目でこんなことは無かっただろう。
こんな余裕の笑みは、コナル・クルハ湿原やレベナ・テ・ラで強大なボスと戦ってきたキャラバンにのみ見られるものだ。
酷い怪我もなく、むしろほぼ無傷に近い状態で、シオンはしずくを授かることにする。
しずくを授かった後は、恒例の手紙の時間だ。
「お手紙クポ〜。」
いつものように配達員のモーグリが手紙を運んできた。
珍しく、今回は2通ある。1通は村にいるリ・ティオから、もう1通は、シンプルだが美しく、とても綺麗な封筒に入ったものだった。
とりあえず、よく知っているリ・ティオのほうから封を切ることにする。
最初の1、2行に、シオンの体調を気遣う文があった。
ティパの村にいきなり帰ったことが、リ・ティオなりに心配だったのだろう。
「遠慮なく使ってね」と、寒さを防ぐための毛糸の服と、何やら大きめの箱がつけられていた。
「・・さすがリオですね。いつもながら完璧です。」
取り出した服を見ながら、シオンは感嘆の言葉をあげた。
ここでは着れないが、セレパティオン洞窟などではたいそう役に立つだろう。
一度服を置き、もう1つの箱を開けて、シオンは思わずあっと言った。
「どうしたクポ?」
モグが覗き込むと、モグも驚いていた。
首から提げるのにちょうどいい長さの紐があり、それにショートクリスタルがくくりつけられていた。
裁縫やレシピなどの物を売るときに通った街道で、偶然見つけたのだという。
街道なんて自分のほうが何度も通っているのに、それでも見つけられなかったクリスタルを、
彼女が見つけることができたのは、やはり彼女もセルキーなのだろう。
シオンは、さっそくリ・ティオにお礼の手紙を書いた。
配達員のモーグリは、暇なためかもう既に寝てしまっている。


「さて・・と。」
1通目の手紙を書き終え、シオンはもう1通の手紙を読むことにした。
裏、表と見て、差出人を確認する。・・・そしてシオンは硬直した。
「あぁ〜〜・・・。」
覗き込んできたモグがニヤニヤと笑っているのが、直接見ないでもわかる。
皆さんもお分かりだろう。差出人は、フィオナだった。
「早く開けてクポっ。」
まるで自分が読むかのように、モグはせかした。
歓喜なのか、それとも気まずさなのか、どちらかシオンにもわからないが、封をきる指は小刻みに震えていた。
相変わらず、感嘆の声が漏れるかのような美しい字にちょっとした迷いを抱えながら、シオンは内容を読んだ。
読み進めていくたびに、シオンの目が丸く大きく開かれるのを知っているのはモグだけである。
その手紙には、こう書かれていた。




『拝啓 シオン様

ミルラのしずくを集める旅は順調でしょうか?
こちらは、前ヴェオ・ル水門で見せていただいた、シオンさんとキルアさんの戦いの仕方に似せた訓練を、兵士達にさせています。
機械的な訓練よりもはるかに兵士達の意欲がよくて、
ベテランのあなた達が実際にやっていたからでしょう、戦闘を経験したことのない兵士達も、
訓練をして少し自信がついているようです。
ありがとうございます。今度、キルアさんにもこの旨を伝えておいてくださるとありがたいです。

さて、本題にうつります。
先日、我がアルフィタリアのキャラバンのリーダー、ソール=ラクトから手紙が届きまして、
しずくを集め終えたので、これから帰還する、とありました。
そして当然のごとく、アルフィタリアでもキャラバンが帰った当日か、翌日に水かけ祭りを催すことになっています。
もしシオンさんがそれほど遠い場所におらず、時間に余裕があるのでしたら、
この前のお礼とは言いませんが、アルフィタリアに是非お越しください。
クノックフィエルナも会いたがっていますし、私もお礼を直接述べたいのです。
あなたが来てくださることを、心よりお待ちしております。



敬具 フィオナより』




手紙を読み終えて、シオンは甘い歓喜に自分の体が妙に熱くなっているのを感じた。
ヴェオ・ル水門ではあんなに沈んでいたというのに、自分は単純だな、とシオンは苦笑する。
「よかったクポねぇ、シオン。うらやましいクポっ。」
モグがからかう声も聞こえない。
シオンは急いで、返事の手紙を書くことにした。
心が落ち着かずに、インク壺や筆をひっくり返しながら、それでも幸せそうに手紙を書くシオンに、
モグは人知れず、安堵の息を吐いた。


















「・・・シオンさんは、来てくれるでしょうか。」
場所は変わってここはアルフィタリア。
その城の中で、フィオナは不安げにそういった。
「来てくれるでありましょう。シオン殿なら・・。」
確証はないが、それでもそれを得たかのようにクノックフィエルナは言った。
ディアドラは、フィオナを慰めるかのように、フィオナの足元に擦り寄っている。
ディアドラをフィオナは優しく撫でるが、それでも表情は不安そうなままだ。
「国王様も喜んでおりましたぞ、姫様の表情が明るくなった、と・・・。」
「そ、そうでしょうか?」
クノックフィエルナの一言に、フィオナはちょっと動揺した。
「国王様もきっとシオン殿を気に入ると思いますぞ。あの人は本当に純粋で、一途で・・。
 何より柔らかい頭を持っておられる。・・そういう人が、ここにも増えるといいのですがな。」
クノックフィエルナはそういって、ため息をついた。
リルティ至上主義の考え方を持つリルティはまだ多い。
それゆえに、クラヴァットを妃とした国王や、クラヴァットとリルティのハーフであるフィオナを快く思っていない者達は少なくない。
・・そんな人たちを説得するのも自分の役目、とフィオナは思った。




「あなたは4種族が分かり合える、そういう考えに僕達がなること、
 そのひとつのきっかけになる素晴らしいものだと、僕は思います。」




シオンの言葉が蘇る。
その言葉を思い出すだけで、勇気が沸くのをフィオナは感じた。
(・・きっと、来てくれますよね。)
そう思って、フィオナは窓の外をじっと見た。
数日後、自分の隣であの青年が微笑んでくれることを夢見て。














〜つづく〜








* * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * *
むぞフィオシリーズ第5弾です。
今回である程度まとめる予定だったのに、できませんでした(汗)
いやいれてもよかったのですが、妙に時間の空白が多くなってしまうので・・。
それはやめようかな、と思いまして。
シオンの心情やカレー(笑)を入れました。
カレー粉とかあるんだろうか・・とか自分でも思いましたが、見逃してください(汗)
そういうことも通して、シオンの気持ちが少しでも伝わっているといいのですが・・。

この話ではイルスが超いい奴です。タイトルバーの言葉もイルスのことをさしています。
好きなキャラはどうしてもこういう役回りになります。
シオンの親友なので、自力で解決させるのもいいけど、やっぱり・・と思いまして。
「イルスいいこというなぁ〜」とか思っていただけたら嬉しいです。

後半に入ってきたので、次こそはまとめねば・・と思います。
シオンやフィオナの心の整理を、うまく書けるように頑張ります。

それでは、いつもと同じようにむぞうさ×フィオナの同志が増えることを願いつつ。





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