偶然という名の運命


〜きれいな微笑み〜















「あーーっ、もうっ!ケイブウォーム嫌いですっ!」
セレパティオン洞窟でミルラのしずくを手に入れるために、
ケイブウォームと戦いながらシオンは叫んだ。
「しっかりするクポっ!」
モグに励まされながら、シオンは連続技をケイブウォームに叩き込む。
猪突猛進、クラヴァットでありながらリルティのような戦い方をするシオンにとって、
攻撃した後に反撃されるやり方のモンスターは苦手であった。
このケイブウォームは、シオンが攻撃すると、大きな体を揺さぶって反撃してくるのである。
かといって魔法では大ダメージを与えられない、突っ込んでいくしかないのだが、
体が小さいならまだしも、大きいと反撃される前に逃げることも難しい。
だからシオンはケイブウォームが嫌いだった。
いつの間にか後ろに来ていたエレキクラゲをなぎ払う。
『かみなりのバッジ』をつけているので、エレキクラゲを剣で斬ってもしびれることは無い。
一度後退して、ケイブウォームが攻撃をしてきたら、近づいて攻撃する。
途中でケアルを自分にかける。
しかし回復してすぐにまた殴られた。
「この・・。」
シオンの目がだんだん険悪になってくる。モグは驚いて少し後ずさった。
シオンが向かって攻撃すると、また殴られる。
痛みに耐えている間にもう一匹のエレキクラゲが攻撃した。電流が体を走る。



ぷちん。



ついに堪忍袋の緒が切れた。
「てめーら・・・・・・・・。」
いつも敬語のシオンがかなり怒っている。
モグはシオンから離れたくてしょうがなかったが、ケージを持っているためそれはできなかった。
「調子に乗ってんじゃねぇぞコラーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
シオンは剣を持ってケイブウォームを滅多切りにし始めた。
キレたシオンは強い。・・・しかし本当にバーサーカーとなる。
どんなに攻撃されてもひるむことも痛みをこらえることもしなくなる。
本当のバーサーカーになったらシオンは止められない。
動きは早くなるし、攻撃も当てにくい。
「・・こわいクポ・・・。」
自分の眼前で繰り広げられる地獄絵図に、モグはただおびえていた。

























「いやーっ、よかったですねっ。」
先ほどとは打って変わって笑顔になったシオン。
ミルラの木の前にクリスタルケージを置き、しずくを得る。
しましまりんごをしぼって作ったジュースを飲み、
親に送ってもらったすずなりチェリーパイを食べれば、シオンは幸せである。
「これで今年は終わり・・帰りはゆっくりしていきましょう。」
満タンになったクリスタルケージを見て、シオンは満足そうに微笑む。
モグはその後ろでぶんぶんと相槌を打つのみだった。

・・・シオンの背後には、もはや原型すらないケイブウォームが無残に転がっていた・・・。

























パパオパマスに負担をかけないよう、ゆっくりとシオンは歩いていた。
まだ日はある。のんびり景色を楽しみながら、シオンは満足そうにしていた。
トリスタンにお金を払って、川を渡ると、ファム大農場からか、牛の鳴き声が聞こえる。
「・・・・・・・・・・。」
ぼーっと景色を見ながら、川を渡って、シオンは船から降りた。
すると。



「クノックフィエルナさん・・・・。」
船着場に、クノックフィエルナがいた。
「おおっ、シオン殿か。」
シオンを見つけると、クノックフィエルナは笑顔で挨拶した。シオンも笑顔で返す。
「シオン殿に頼んでおいて、自分で探さないのは何だと思ってな。
 ワシもこのディアドラを連れて姫を探すことにしたのじゃ。」
「そうなんですか。」
「おおっ、こっちの方角に!よしよし、さすがディアドラじゃ!!」
ディアドラと呼ばれた犬が、川の向こうを見る。
でかしたといってクノックフィエルナはディアドラの頭をなでた。
「どうやら姫は川の向こうにいるようじゃ。・・シオン殿、ここに来る途中で姫をお見かけしなかったか?」
「・・いいえ。すいません、見つけられなくて・・。」
「いやいや、別にいいのじゃ。ではワシは姫を探すので・・ディアドラ、行くぞ!」
「がんばってください。」
シオンはクノックフィエルナに言われても、平然とそういった。
そこにいたトリスタンとモグには、それがうそだとわかる。
シオンは別にふざけて言っているのではなく、
フィオナ姫を守るために言った言葉なので、両方ともそれを咎めはしなかった。
止めたら怪しまれるためとめることもできず、シオンはクノックフィエルナを見送るしかなかった。

























「シオン〜〜〜〜〜vVvVVv待ってたよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
「ただいまです、リオ。」
村に帰ると、セルキーのリ・ティオがシオンに抱きつく。リオはあだ名である。
リ・ティオに抱きつかれたことに驚くことも無く、シオンはそれを受け止める。
毎年やられていることなのでもう慣れたのだが、やはり恥ずかしくシオンは顔を赤らめる。
そして始まる水かけ祭り。喜びの踊りを舞う人たちを、シオンはやさしく見る。
家族や村長夫妻、そのほかにもリ・ティオやたくさんの人たちが踊っている。
シオンはそれに加わらず、ただそれを見つめていた。



そこで、頭の中に、不意にフィオナ姫が入ってくる。



「・・・・フィオナ姫・・・。」
誰にも聞かれぬよう、小さくつぶやいた。
もうクノックフィエルナさんに見つかってしまっただろうか?そう考える。
(・・・フィオナ姫やクノックフィエルナさんたちにも事情があります。
 僕が簡単に首を突っ込んでいいことではありません・・・。)
そう考えてそのことを追い出そうとした。余計なお世話になってはいけない。
でもフィオナのことが頭から離れず、シオンは、それをずっと引きずっていた。

























そしてシオンがキャラバンとして6年目の旅にでると・・・









「必ず戻りますから、そっとしておいて・・・。」
「し・・しかしですな・・。」
年一番にたくさん野菜を買っておこうと、シオンがファム大農場を訪れると、
そこにはフィオナとクノックフィエルナの姿があった。
2人を無視するのも悪い気がして、シオンは2人に近づく。
「あの・・・。」
「・・あ、何かご用ですか?シオンさん。」
「・・はっ、なんでござるか?シオン殿。」
シオンが話しかけると、同時に2人は振り向く。
フィオナは嬉しそうに、クノックフィエルナはうるさそうに。
「もう一度お会いしたいと思っていました。」
シオンの手をとって、フィオナは嬉しそうに言う。シオンは笑顔を向けられて真っ赤になる。
クノックフィエルナから解放されると思い、嬉しかったのだろう。
「・・お2人はお知り合いだったので・・?」
「少し前からです。」
クノックフィエルナがそういうと、フィオナはそっけなくそういって、またシオンを見る。
「ここにいればシオンさんに会えるかと・・・そう思って。」
まるでシオンに逢いたいがためにここに残っていたのかと思うと、シオンは恥ずかしくなる。
けっこう日が開いていたのに、ずっとここにいたのだろうか。
疑問に思ったが、シオンは聞かなかった。
実はシオンもフィオナのことが気になって、出発を早めてもらったのだ。
「僕も・・・ずっと、フィオナ姫のことが・・気になっていたんです。お元気そうで、何よりです・・。」
恥ずかしそうにぽつり、ぽつりとシオンは話す。フィオナは満足そうに微笑む。
「・・・シオン殿、今は取り込み中ゆえ、近よらないでくれんか?」
仲がよさそうな2人に腹が立ったのか、苛立ち気味にクノックフィエルナが言う。
「それはシオンさんに失礼です、クノックフィエルナ!」
「いえ、いいんですよ。すいませんでした、クノックフィエルナさん。」
フィオナが怒ってそういうと、シオンはそれをなだめた。
クノックフィエルナの前で丁寧にお辞儀をする。
そのため持っていた袋からしましまりんごが1個落ちた。それをあわてて拾う。
「・・・・シオンさん・・・。」
「僕はミルラのしずくを集めていることにします。お話はごゆっくり。」
最後の言葉は少し怒ったようだったが、笑顔を崩さず、シオンはそういって2人の元を去った。
後にはさびしそうにしているフィオナと、苛立っているクノックフィエルナだけが残った。






















「暑いクポ〜・・・。」
「僕はもっと暑いですよ・・・・。」
モグが疲弊しきった様子でつぶやく。シオンもぜぇぜぇと荒く息を吐き、汗が止まっていなかった。
キランダ火山で鉄巨人を倒し、今年初めてのミルラのしずくを得る。
シオンにとって鉄巨人は楽な相手だった。
暑いことが唯一の不満だが、鉄巨人は隙が大きく攻撃しやすいし、
攻撃されそうになっても逃げやすい。だから1番にここにきたのだ。
ミルラの木のもとで軽く休憩を取る。汗を拭って、拾ったつめたいミネを顔にかけた。
「ふーっ・・。」
気持ちいい、とつぶやいて、シオンは寝転ぶ。
モグにもかけて欲しいクポ、というモグのおねだりに答えて、シオンはモグにもミネをかける。
モグは嬉しそうにしていた。
「ルダの村で毛をかりましょうか・・。次はライナリー砂漠に行きたいですし。」
「また暑いところクポ〜〜〜!!??」
「文句言わないでくださいよ・・・。色塗ってあげますから・・。」
うう〜〜・・・それならいいクポ。」
体力がすこし回復すると、シオンは船でルダの村へ向かった。



















ルダの村に近づき、誰かの声が聞こえてきた。しかも怒っている。
「何でしょう・・この声・・・。」
ぼーっとしながらその声にシオンは耳を傾ける。
「聞いたことあるような声クポ〜〜。」
モグがそういうが、シオンにはまったく聞き覚えが無い。
・・といっても、距離があるうえ潮風が吹いているので誰の声とまではわからないのだが。
「・・・しかし大きいですね、村の中からここまで聞こえるなんて・・・。」
まだルダの村までは少しある。村の中から聞こえている怒声は、
離れていても充分に聞こえた。
「セルキーのやつらは何考えているかわからねぇが・・・・。どうしたんだ?」
珍しいことなのか、トリスタンまで首をかしげている。
「う〜〜ん・・・。」
本当にこの村は大丈夫なのだろうか。若干の不安を抱き、シオンは村に入った。








「もう、いいかげんにして!!」
ルダの村に入ってシオンは驚いた。何でこうタイミングよくフィオナに逢うのだろう。
シオンは何かを感じずにいられなかった。ルダの村で、フィオナとクノックフィエルナが言い合っている。
「し、しかし、姫様を守るのがワタクシの役目であって・・・。」
「だからって監視するように追いかけてこないで!」
「姫様・・・。」
フィオナは農場で見たときよりずっと怒っている。
1人でいたかったのに、ずっとクノックフィエルナについてこられて、ついに堪忍袋の緒が切れたようだった。
周りのセルキーたちはそんなフィオナの剣幕に後ずさって、誰も近寄らない。
「フィオナ姫・・・?」
ものすごい形相のフィオナにおそるおそるシオンは話しかける。
「なにか・・・あっ、シ、シオンさん!」
クノックフィエルナに向けていた視線と同じものを向けられて、シオンは恐怖を感じた。
しかし相手がシオンだとわかると、フィオナはあわてて怒るのをやめた。
「ご・・ごめんなさい、シオンさんに怒るつもりはなかったんです。
 ただ・・ちょっと・・・。あの、な、何かご用ですか?」
固まっていたシオンに謝りながら、フィオナは話題を切り替えて言った。
「いえ、あの、姫の怒声が村の外まで聞こえたので・・。いったいどうしたのかと思いまして・・・。」
「えっ・・。そ、そんなに大きかったんですか・・・?」
「はい・・。トリスタンさんも『どうしたんだ?』って言ってましたよ・・。」
外にまで自分の声が聞こえていたと知って、フィオナは急に恥ずかしくなったのか、
顔を真っ赤にしてしまった。感情が高ぶっていて自分の声の大きさに気がつかなかったのか。
そのまま手で顔を覆い、うずくまってしまう。
「すいません・・・・・。」
恥ずかしくてシオンにもクノックフィエルナにも顔を向けられないらしい。
顔を手で覆ったままフィオナは謝る。
「気にしないほうが恥ずかしくなくていいと思いますよ。・・どうしたんですか?
 あんなに怒ってしまって・・・何かあったんですか?」
「・・・クノックフィエルナに聞いてください。
 クノックフィエルナが、ファムのほうからずっとついてくるんです。
 必ず戻ると私は言ったのに、それでもついてきて・・もううんざりしてるんです。」
やっと顔から手を離して、顔を赤らめたまま、フィオナはシオンにすがるように言ってくる。
言いながら、クノックフィエルナに鋭い視線を送っていた。
「姫様を守るのがワシの仕事、シオン殿はわかってくれるじゃろう?」
フィオナから目線をはずし、あわててクノックフィエルナはシオンに視線を向けた。
2人のどちらをかばったらいいのやら、シオンは戸惑う。
フィオナの言い分もクノックフィエルナの言い分もわかる。
しかしどちらをかばったらいいのか。シオンはため息を小さくついた。
「・・クノックフィエルナさん、姫を守りたいのはわかります。
 けれど、四六時中監視されて、行きたいところに行けないで。
 姫は城から出て、息抜きがしたかっただけなんですよ。」
もちろん本当に姫がそう思っているかはわからない。でもシオンにはそうとしか言えない。
「姫は『籠の中の鳥』じゃないですし、人形でもありません。
 そして姫は1人の人間ですから、1人で行動して決断してもいいはずです。
 子供ではないのですから、危険なことはまずしないでしょう。
 それに街道にはあなたのところの兵士たちが警備をしてくれているのでしょう?
 魔物に襲われる心配も無いのですし、万が一襲われても、姫はそれを承知ででてきたはずです。
 ・・・そこまでして1人で、外に出たかったんですから、
 姫を信じて、外に1人でいさせてあげてもいいのではないですか?」
できるだけ丁寧な言葉を選んで、シオンはクノックフィエルナと同じ目線になっていう。
フィオナは味方をしてもらって嬉しそうだった。
「むむむ・・しかしですな・・・。」
クノックフィエルナは反論をしたかったようだが、シオンの言うことが正しすぎたのか。
何も言い返せず、ため息を吐いて、頭を横に振るだけだった。



「フィオナ姫。」
そんな態度でもシオンはわかってもらえてほっとする。今度はフィオナのほうに目線を向ける。
「クノックフィエルナさんの心配もわかってあげてください。
 あなたが1人でいるのを妨害しようとしているのではなく、
 あなたが心配だからついてきているだけなんです。1人にさせたくない、とは思ってないでしょう。
 だから怒鳴るのはやめてあげてください。」
「・・・・・・・はい、わかりました。私もかっとしてしまったので・・・。」
今度はクノックフィエルナが少し嬉しそうにした。フィオナはしぶしぶ言う。
シオンはそれでも満足して笑う。



「フィオナ姫。怒るなとはいいませんが、笑顔のほうがあなたは綺麗ですよ。」



最後にシオンはフィオナに向かってそういった。フィオナはその言葉を聞いて赤くなる。
「それでは僕はここで。」
そのままにっこりと笑い、クノックフィエルナとフィオナに手を振って村を出た。
クノックフィエルナは手を振り返してくれたが、フィオナは手をほほに当てて、真っ赤なままだった。
それがかわいらしくて、シオンは微笑んだ。




























うえっ・・・お風呂入りたいです・・・・・。」
体中を砂まみれにしてシオンが言った。口の中にまで砂が入っていて、
じゃりじゃりとした感触がして気持ち悪い。モグも砂だらけである。
せっかくペイントしたのに色が落ちてしまっている。
無事なのはケージとミルラのしずくだけだろう。
今年2回目のしずくを手に入れ、シオンはルダの村に戻る。
ルダの村で体を洗いたいと思って戻ったのだ。人に聞いてお金を盗られるのは嫌だが、仕方ない。
セルキーの住民にお風呂はどこか聞いてみることにした。
「あの・・ここの村にお風呂はありませんか・・?」
「風呂?あぁ、ここには悪いけど無いんだよ。」
「ええっ!?」
セルキーの男性に聞いてみる。お金を盗られながらも、それに怒る気力もない。
それよりも『お風呂が無い』という事実にシオンは叫んだ。
「俺らは大体街道を行ったオアシスのほうで体を洗ってるんだよ。
 ここじゃ砂も潮風もすごいし、体なんて洗っても意味無い。
 オアシスのほうは風もないし砂も来ない。だからあそこで洗うんだ。気がつかなかったか?」
「そう・・なんですか・・・。」
シオンはがっかりして肩を落とす。せっかく村まで来たのに、また街道まで行かなくてはならないのだ。
お金をまた盗られたが、気にすることもできず、疲労が大きくなった気がした。
「・・情報、ありがとうございました・・・。」
がっかりしながらセルキーの男性にお礼を言い、その場を去る。足取りが重い。
「がっかりしない方がいいクポ、シオン。オアシスに行けばいいクポ。」
「・・そうですね、そうしましょうか・・。」
クポがそう励ます。シオンはオアシスに行けば体が洗える、と思うと足が少し軽くなった気がした。
早く体を洗いたい一身で街道に向かうことにすると、誰かにぶつかった。
不注意だったようで、シオンが謝ろうとすると、



「シっ、シオンさん!?」



ぎょっとしたように、驚いてその人は言った。シオンは顔を上げる。
「フィオナ姫・・・。」
まだフィオナ姫はここにいたようだ。砂だらけのシオンを見て相当驚いている。
「どうしたんですか、これ・・・?」
「ライナリー砂漠にいったんです。あそこは砂と風がすごいですから・・仕方ないんです。」
フィオナがシオンについた砂をはたき落としている。シオンは少しだけうれしかった。
「大変なんですね・・。」
「これもミルラのしずくを手に入れて、僕の村を守るためですから。」
フィオナが砂をはたきおとしながらつぶやくと、シオンはそう言い返す。
当然のことなので、その言葉にもちろん迷いは無い。しかしフィオナの手の動きが止まる。
「・・・どうしましたか?」
何か悪いことを言ったかと、シオンは心配そうにフィオナに言うと、
フィオナは何でもありません、と首を振った。



「・・私も、がんばらなきゃね!」
シオンの服や髪の砂が大体落ちると、フィオナはいきなりそういった。
何をがんばるのかはわからないが、シオンはそれに微笑むことは忘れなかった。
フィオナの笑顔には迷いが無かった。今までは笑顔でも、どこか憂いを帯びていて、さびしそうな印象があった。
しかし今は嬉しそうである。フィオナの中で何かが吹っ切れたようだった。
それが何かはわからなくても、その笑顔を見てシオンは満足そうだった。
「・・ところでクノックフィエルナさんは?」
はっと思い出したようにシオンはクノックフィエルナを探した。フィオナの周りにはいない。
「少し気をつかってくれたのか、下のほうにいますよ。
 『まったく、ここの者達は、ろくに働きもせず、なっとらんわい!』とかぶつぶつ言ってましたけど・・。」
フィオナはそういって、クノックフィエルナがいるほうをさす。
その方向を覗き込むと、確かにクノックフィエルナがいた。まだ何かぶつぶつ言っているようだ。内容はわからない。
「・・クノックフィエルナさんらしいですね。」
シオンが笑う。フィオナもええ、といってくすくす笑った。
「きっとシオンさんの言うことを聞いてくれたんだと思います。・・・・ありがとう、シオンさん。」
「いいえ。僕は何もしてませんよ。」
フィオナがそういって丁寧にお礼を述べると、シオンは頭を軽く横に振って言った。
「シオン〜〜モグ、早く体洗いたいクポ〜〜・・・。」
「あっ、忘れてました。ごめんなさい。」
「忘れるなんて酷いクポ・・・。」
そこでモグが痺れを切らしたのか、シオンにそういった。
シオンはあわててモグの側に走りよる。モグがいじけると、フィオナはその様子を見て笑った。
「・・面白いですね。」
「いえ・・・それでは、体を洗いたいので・・。」
「ええ。気をつけてくださいね。」
シオンはそういってまた村を出る。フィオナが今度は笑顔で手を振ってくれた。
シオンも手を振り返す。
「・・・あ、シオンさん。」
「・・なんですか?」
思い出したようにあわててフィオナが近づいた。
シオンは前に向けようとしていた顔をフィオナのほうに向けなおす。



「思ったんですけど、シオンさんは微笑んでるときが一番綺麗だと私は思いますよ。」



「え・・・。」
それだけ言って、フィオナは背を向けて走る。
その言葉にシオンは真っ赤になる。さっきのお返しなのだろうか。
一度だけ振り返ったフィオナのいたずらな笑みに、シオンの心臓が跳ね上がった。
恥ずかしくて、しかしその場にいるのも嫌で。あわててシオンは村の外に出た。
そんな様子が可愛かったのか、フィオナはくすくすと笑っていた。





























バシャンッ!

街道にあるオアシスで、シオンとモグは休憩と水浴びをかねてきた。
シオンはモグに乱暴に水をかける。
「シオン〜〜乱暴クポ〜〜・・・。」
モグが怒ったようにいった。よく見られずに水をかけられたため、
余計な部分にまで水が入り、モグは不快感に体を震わせる。・・砂は落ちたのだが。
しかしそんな言葉などシオンは聞いていなかった。
自分にも水を乱暴にかける。砂は落ち、とても冷たくて気持ちいいのに。


顔が火照ったままおさまらない。


「・・・・っ・・。」
シオンは顔を引きつらせる。



「思ったんですけど、シオンさんは微笑んでるときが一番綺麗だと私は思いますよ。」




まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
しかもあんないたずらな笑みで言われて。


シオンはそのままうずくまる。あのときの言葉を思い出すと、
どうしようもない恥ずかしさと、心臓の動悸が激しくなるのを感じた。
「シオン・・姫の言葉、気にしてるクポ?」
「・・気にしてるも・・何もっ・・・。」
モグが問いかける。でもまともな答えが返せない。
モグの問いかけの言葉は、心なしか楽しそうな声にも聞こえた。


どうしようもなく恥ずかしくて。でもそれだけじゃない。
何であの言葉と笑顔だけでこんなに心臓の音が激しくなるんだろう。


今まで無かった経験にシオンは戸惑った。
この気持ちをなんと言えばいいのだろう。気になって何も手がつかない。
姫の笑顔を思い出すと、また心臓の動悸が激しくなる。どうしようもなく。


「・・・恋クポね・・・。」


くるくると動作や表情を変える、今までにないシオンの様子に、
モグはとっても楽しそうににやりと笑っていった。
その声はシオンには届かず、シオンはわけのわからない気持ちに頭を抱えるだけだった。


















あれやこれやと考えているうちに夜になってしまった。
夕方にはファムあたりで宿を取ろうと思っていたのに、
もう夜ではトリスタンは働いてくれないだろう。
「あぁ・・・・もっと早くすればよかったですね・・。」
「後の祭り、クポ。」
シオンがため息を交えて言うと、モグに鋭く言われた。
何も言い返せず、うっとシオンは言葉がつまらせる。
ルダの村で寝ると大金を盗まれそうで怖いが、
街道ではモンスターが出る可能性もあり、そちらも怖い。
ちょっと悩んでから、シオンはルダの村で休むことにした。お金よりも命のほうが大事だ。
親への仕送りはちょっと少なくなってしまうかもしれないが、仕方ない。
そしてシオンは村へと入り込む。すると・・・。
















「・・母がなくなってからというもの、悲しくて悲しくて・・・。」
もう夜なのに、まだ明かりがついている。
闇の中の光に引き寄せられるかのように、シオンはその光に近づいて、
あわてて岩の陰に引っ込んだ。
光の正体は焚き火の炎。濡れたまま体が冷えていて、暖かな光に当たりたくなったが、
今、そこにはセルキーの青年と、フィオナがいる。
間に入るのも迷惑そうな気がして、シオンはそっと話を聞くだけにした。
(あのセルキーは・・ド・ハッティ・・?)
声と少しだけ見える姿で、そう感じた。
ルダの村は、人に話しかけるだけでお金を盗られてしまうが、
このド・ハッティだけはお金を盗られることがなかった。
それに、セルキーらしくない、といっては失礼だが、
憂いや寂しさを秘めた表情や話には、とても印象深いものがあった。
そのド・ハッティとフィオナが何を話しているのか。シオンは聞き耳を立てた。




「それで、じいやからすすめられて、ほんの少しの間だけ、外の世界を見て回ろうと思ったの・・・。」
フィオナがさびしそうに言う。表情はよくわからないが、とても悲しそうだった。
(フィオナ姫の母親は・・なくなられていたんですね・・・。)
シオンは思った。今のフィオナの言葉で、どうしてフィオナが城を飛び出したのかがわかった。
「・・・外の世界?」
「そう、閉ざされたお城の外の世界のことよ。外の世界がこんなに明るいものだったなんて、
 ぜんぜん、知らなかった・・・・・。」
「・・・すると城の中ってのは、真っ暗闇なのか?この夜みたいに・・・。」
「・・・・そうね・・・だけど、夜は、空を見上げれば、お星さまが輝いていてくれるけれど、
 お城の中は、輝く星すら見当たらなかった。」
ド・ハッティの質問にも丁寧に答える。シオンはなぜか心の中にもやが出てきた気がした。
その理由はわからないけど。
「おれたちは、外の世界のコトしか知らないから、よくわかんねぇな。」
ド・ハッティの答えはちょっとそっけない。でも、とても親身になっているように思える。
だから、今まで何も言わなかったフィオナも、ド・ハッティには心を開いているのかもしれない。
それは喜ばしいことのはずなのに、シオンはうれしくなかった。
「・・旅の途中でね、クリスタルキャラバンの方たちに出会ったの。
 なんだか、すごく、うらやましくてね・・・。」
それを聞いてシオンはドキッとした。自分のことだといったらうぬぼれかも知れない。
他のキャラバンのことかもしれない。でもシオンは、うれしくなるのを体で感じた。
「ああ、あいつらは、瘴気の闇の中にあって、その中でただひとつ、輝ける星なんだよな。」
ド・ハッティがうれしそうに言う。ド・ハッティが思っているキャラバンは、
きっとルダの村のキャラバンである、ハナ・コールとダ・イースのことに違いない。
「そうね・・とっても、まぶしかった。わたしも、輝きたい・・・。」
フィオナはきっと微笑んでいるのだろう。さっきよりも柔らかで優しい声だった。
(・・・・できます、きっと姫ならできるはずです。輝きたいと思っているなら・・。)
フィオナの言葉を聞いて、シオンはそう思った。輝きたいなら磨けばいいのだから。
「星は、太陽があるうちは見えないよな。夜になったら輝きだすもんだ・・・・。
 星が輝けば夜道さえ明るく照らす。だから、おまえもよ・・・・そろそろ・・・・・。」
「それ以上は言わないで・・・・。もう気づいたから・・・・・。
 わたしが輝いて、照らしださないといけないものがあるって気づいたから・・・・。
 あの星たちのように・・・・・・・・・。」
ド・ハッティは姫の正体を知っていたのか、それとも姫から聞いたのか。
それはわからなかったが、諭すようなド・ハッティの言葉はとても優しく、力強くて。
それに答えるように、フィオナもそう答えた。目線は星空だろうか。
シオンも空を見上げる。とてもきれいな星たちが、夜空を彩り、道を照らしている。
でもシオンはなぜか悲しくて、悔しくて。
気づかれる暇も無いほど早くその場を走り去った。
どこに行きたいのかわからない。でもあそこにはいられない。



悔しくて。どうしようもなく悲しくて。



どうしてフィオナとド・ハッティの2人を見て、こんな気持ちになるんだろう。
何でこんなに悲しくて悔しいんだろう。
「姫は・・僕のものじゃ・・・な・・・・っ・・・。」
街道まで出て、シオンは自分に言った。いつの間にかほほが少し濡れていた。


フィオナ姫を盗られたように感じられた?そんな馬鹿な。
姫は僕のものじゃない、でも、ド・ハッティのものと思うのも嫌だ。
姫は姫だけのものなのに、どうしてこんなに独占したくなるような気持ちになるんだろう。


わけがわからなくて、わかるのは心が苦しいというだけで。それ以上は何もわからずに。
シオンは硬い岩を叩いた。振動が伝わる。痛いけれど、そんなことを感じられない。
そんな様子を、モグはただ黙ってみていた。
シオンのわからない気持ちを、モグは知っていたから。それがどんなものなのか。
それは自分で気がついたほうがいい。だからモグは言わなかった。見ているだけで。






























「・・・わたしも、シオンさんみたいに、闇の中できれいに微笑みたい・・・。」
ド・ハッティと別れて、村の出口で星空を見上げながらフィオナはいった。
側にはクノックフィエルナとディアドラが、おとなしく、黙ってフィオナの言葉を聞いている。
「・・・シオンさんにもう一度会いたい。なぜかわからないけど、
 ド・ハッティと話している間も、ずっとあの人に会いたかった・・・。」
そうぽつり、ぽつり、と話すフィオナは、シオンの帰りを待っているように思えた。
フィオナは、シオンが帰ってきて、また走りながら出て行ってしまったことを知らなかった。
「瘴気の闇の中で微笑むのがキャラバンの方なら・・・。
 城や街の中の闇を照らすのがわたしだとしたら・・・。
 あの人は・・・・・・・、」
そこでフィオナは言葉を切った。何でこんなにシオンに会いたいんだろう。
フィオナのほうも、わけのわからない気持ちにため息をついた。
そのため息にクノックフィエルナは心配するが、フィオナは大丈夫、といった。
クノックフィエルナも、シオンで言うモグのように、
うすうすフィオナがシオンに対してどのような思いを抱いているのかわかっていた。
けれど確証はないので、言わないでおいたが。












フィオナは、シオンの微笑みが忘れられなくて、切なかった。
そしてシオンは、まだ悲しさと悔しさをぬぐいきれなかった。

































お互いが抱いている気持ちは同じなのに・・・・・・・・・・・。


















〜つづく〜









* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
シリーズ第2弾。ここでゲーム本編にもあるイベントは終わらせようと思ったのに、
終わらなかったですね・・・。これでも短くしたんですが。
これ以上短くすると、もともと無理やりな話の展開なのに、もっと無理になってしまうため・・。
(キャラバンとしての戦いとかがもっと短くなって意味がわからなくなってしまうので・・・・。)

シオンとフィオナが互いを意識し始めましたね。これからが楽しいところです。
次はゲーム本編のイベントの最後の部分と後は創作を。
イベントはいちいちミルラのしずくを手に入れなければいけないところが
とても多かったので小説としては書きづらかったのですが、
今度からはミルラのしずくもいちいち手に入れる必要はないし、
無理なく書けると思いますし、ここまで長くならないと思います(すいません・・・)

セルキーのリ・ティオがちょい役で出ましたね。
名前すら出てないティエルやラ・イルスたちとの話は、また別の機会に。
ゲーム本編でこのキャラたちを新しく作ってみたんですが、
水かけ祭りがにぎやかになりました(笑)ミルラのしずくを集めているのはシオンただ1人ですが。

長くなりましたね。どうも書きたいことが多くて・・・。
それではこの小説でむぞうさ×フィオナの同志が増えることを願いつつ。
次回を待ってもらえるとすごくうれしいです、マイナーカプだけに・・・。




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