偶然という名の運命 〜望んだ未来を〜 |
リ・ティオは、神などというものは信じていなかった。
自分の人生は、運命は、自分で切り開くものだと、つくっていくものだと信じているからだ。
だから、昔ラ・イルスに借りた異国の物語を読んだときも、最初の1、2ページで読むのをやめてしまった。
目に見えないものを信じる人間の気持ちなど、リ・ティオにはこれっぽっちもわからない。
ましてや、その見えないものに対し敬意を払い、祈りを捧げるという行為も、意味がわからなかった。
けれど、今は。
「何だ、お前ら。今朝も祈ってるのか?」
ラ・イルスが、隣にいるティエルの頭をこん、と叩いてそういった。
「イルも一緒に祈る?」
「遠慮しとくよ。俺は理屈に生きる人間だから。確実に叶うと思うこと以外はやらないさ。」
今まで目を閉じて、精神を統一させるように祈っていたティエルの表情がぱっと変わった。
ラ・イルスを誘ったものの、彼はそれをきっぱりと断った。ティエルが残念そうだ。
「しかしティーはともかくリオまでとはな。お前、目に見えないものは信じてないんだろ?
考えが変わったのか?」
「根本的な部分は変わってないよ。あたしは神なんて信じてない・・。
けど何かさ、祈っちゃうんだよね・・。自分がヤになるよ。」
ラ・イルスは視線をリ・ティオに向けてそういった。リ・ティオは一度祈りの体勢を崩し、首を横に振りながら言う。
「気にすることないよ、リオ。気持ちは痛いほどわかるし。」
後半、沈みがちになりながら言ったリ・ティオを、ティエルがなだめる。リ・ティオは苦笑した。
「リオ、続きやろう。大丈夫、誠実に思う気持ちさえあれば、きっと叶えてくれるよ。」
「そんなに都合のいいものかなぁ?」
「気にしない気にしない。」
ティエルが促すと、リ・ティオは笑いながら言葉を返す。ティエルも笑って、また目を閉じた。
リ・ティオも同じようにする。後ろにいるラ・イルスは、ただそれを見ているだけ。
神様仏様クリスタル様。
こんなどうしようもないあたしだけど、それでも願いを叶えてくれるなら。
どうか、シオンがここに帰ってくるようにしてください。
どうか、どうか―――――――
ただただ、それだけを望んだ。
それさえ叶うならば、もう本当に何もいらない、というぐらい。
「こんな数秒の祈りでも、叶うといいね。」
「えぇ。」
リ・ティオの言葉に、ティエルが笑顔でうなずく。ラ・イルスも優しい表情をしていた。
シオンを送り出して数ヶ月経っただろうか。
“瘴気を晴らします”
村長の息子と同じような言葉を残して旅立ったシオン。
いまだ手紙も何もなく、生きているかどうかさえわからない。もしかしたら・・・、
そう考えて、リ・ティオは身震いがした。
いつもはシオンが旅立ってから、欠かさず日数を数えて。
シオンが帰ってくるのを楽しみにしていたリ・ティオも、今年ばかりは、数えられなかった。
数えるたびに、シオンが帰ってきていない、という事実を思い知らされるから。
怖かった。
クリスタルの期限が刻一刻と近づくのは、自分達の村が瘴気に飲まれる日が近づくということ。
しかし怖いのは、それではない。
シオンのいない毎日が続けば続くほど、あって欲しくもない考えが浮かぶ。
シオンが死んだかもしれない、という、想像さえしたくもない、そんな恐怖。
確実ではないけれど、それでも大きな不安。リ・ティオはそれに、耐え切れなかった。
だから、今まで神など、祈りなど信じていなかったリ・ティオでも、それにすがってしまった。
「・・・リオ、そんなに小さくならないで。大丈夫だよ、シオンは・・強いから。」
小さくなってしまったリ・ティオを見て、ティエルは気持ちをほぐすかのように、リ・ティオの背中を撫でた。
確信なんてないのに。ただの気休めだということはわかるのに。
「・・・・うん。」
気がついたら、うなずいてしまっていた。
「さ、そろそろ家に戻ろう。リオは仕事があるんでしょ?」
「あっ、そーだった!マズイ、お得意さんから注文、たっくさん来てるんだよねーっ。」
ティエルが立ち上がる。その言葉に促されて、リ・ティオは焦って勢いよく立ち上がり、ようやく長い祈りを終えた。
「祈ってる場合じゃなかったんじゃないか・・・?売れっ子裁縫家のくせに。
全く、それで注文に答えるのが遅くなった、とかシオンに言ったらどうなるやら・・。」
「イルだってあるでしょ!この売れっ子錬金術師!」
そんなリ・ティオに対して、「何やってんだよ」とでも言いたげに、ラ・イルスがため息をつきながら言った。
ムカッとしたリ・ティオは、家に向いていた視線をぐるっとラ・イルスに向け、びしっとラ・イルスを指差しながら言った。
言い忘れていたが、数年前からリ・ティオとラ・イルスはお互いの親の職業を継いでいる。
もともと才能があり、かつ仕事の早い2人なので、最初はちらほらだった注文も、日を重ねるごとにぐんぐん増えてきているのだ。
「俺はもうとっくに終わってんだよ。今注文待ちだ。」
「早ッ・・・。」
「さすがイルね・・・・。」
皮肉たっぷりに言葉を返したリ・ティオだが、それをいとも簡単にラ・イルスは跳ね除けた。
さすが天才というべきか、リ・ティオも怒りすら忘れてしまうほど、ラ・イルスは片付けるのが早かった。
半ば放心状態のリ・ティオに対して、ティエルはぱちぱちとラ・イルスに賞賛の拍手を送っていた。
「じゃ、俺はここで。」
「何するの?」
「何か発明でもしようと思ってさ。どーせシオンが帰ってきたら武具は要らなくなるんだ、
なら、今後の生活に役立つようなやつを作ろうと思ってな。
案はいくつかある。それを片っ端から試すつもりだ。」
そんな2人を放っといて、ラ・イルスは振り返って家に戻ろうとした。
しかしそれをティエルが呼び止める。注文待ちなら、することなどないはずなのに。
上半身だけ振り返って、ラ・イルスは微笑みながらそう言った。
「すごい、イル!」
「・・・・発明ってしようと思ってできるものなの・・?」
「俺ならな。」
ラ・イルスの不敵ともいえる笑いに、何かぞくりと背筋に走るものをリ・ティオは感じたが、
ティエルはさらに賞賛の言葉と拍手を送る。
これも惚れた弱みなのか。そう思いながら、げんなりとリ・ティオが言った。
それに対し、当然とばかりに、不敵な笑みを崩さず、自信たっぷりにラ・イルスが答える。
これが凡人ならただのうぬぼれだが、ラ・イルスはそれで本当にやってしまうから怖い。
「私、お茶もって行くよ。」
「あぁ。頼む。」
明るい表情でティエルが言うと、ラ・イルスは上半身を戻しながら答える。
たたっ、と小走りに走って、リ・ティオの隣からラ・イルスの隣までティエルが移動した。
隣まで並ぶと、ティエルが笑顔でラ・イルスに話しかける横顔が見えた。
ラ・イルスはリ・ティオからは後頭部しか見えないが、微笑んではいるだろう。
傍から見れば、微笑ましいカップルにも見える。
(・・いいなぁ。)
そんな2人を見ると、リ・ティオはやっぱりうらやましくなってしまう。
それに比べて自分とシオンは、とリ・ティオはその場で考えた。
シオンは本当に鈍い。何度リ・ティオがアタックしても、持ち前の鈍さでそれをかわしてしまうのだ。
そして、フィー・ナ(リ・ティオはフィー・ナがフィオナだとは知らない)の存在。
その人を見るときのシオンの目は、本当に優しかったのがわかる。
ラ・イルスやティエルを見るときの目とは、明らかに違った。
もし自分のこともラ・イルス達と同じように見ているのだとしたら、果たして自分は、あの2人のようになれるだろうか?
あまり自信は、ない。
(あーやめやめ!仕事しなくちゃ!)
そこまで考えて、リ・ティオは激しく頭を振った。思考を切り替えて、リ・ティオも家に戻ることにする。
――――――――――・・・・
「ん?」
すると、本当にごくわずかな音―――いや、音とすら呼べないかもしれない―――が聞こえた。
あまりにも小さくて、逆にどこから聞こえたのかわからない。
「どうしたの?」
「どうした?」
リ・ティオが辺りをきょろきょろと見ていると、ラ・イルスとティエルが同時にリ・ティオに声をかけた。
「いや・・何か聞こえなかった?」
「え・・・私は何も・・・・・。」
「俺もだけど。どうした?」
「何か聞こえた気がしたんだけどなぁ・・・。」
空耳だったかもしれない、と思って2人に聞くと、ティエルが心配そうに首を横に振る。ラ・イルスも同様だ。
本当に空耳だったのだろうか?リ・ティオは頭を掻く。
「働きすぎか?薬でよかったら処方するぞ?」
「そうよ。無理することないから、ね?」
ずいぶん離れた場所から、ラ・イルスがリ・ティオに駆け寄る。ティエルも駆け寄って心配そうに言った。
「おっかしいなぁ・・・。」
空耳だと思って考えるのをやめれば早いのに。何故かリ・ティオは気になって、きょろきょろと周りばかりを見ていた視線を、今度は空へと向けた。
そこでようやく、気がついた。
「――――――――!」
空耳なんかじゃ、ない。
大好きな、シオンからのメッセージ。
「リオ、大丈夫?」
「・・・本当に大丈夫・・・だな。ティー、空を見ろ。」
「え?・・・・!」
空の一方向を見て固まったリ・ティオを本気でティエルが心配する。
ラ・イルスは目線をリ・ティオと同じところへ向けて、ふっと笑った。
ティエルの肩を叩いて、そこを指差すと、ティエルも同じく固まった。
空が、蒼くなっていった。
瘴気にかすんだ青でなく、本当に澄んだ、蒼。
「・・・やったな、シオン!」
ラ・イルスが笑顔でそういった。
ティエルも嬉しそうに、空を見ている。
「ほら、ぼさっとすんな!皆に伝えるぞ!」
「うん!」
ラ・イルスに声をかけられ、ティエルが動いたのがわかった。
リ・ティオも動こうと思った。けど。
動けない。
涙が出そうだった。
それが何故かはわからないけれど、涙が出そうだった。
「シオン・・・!」
よかった。
そのまま、リ・ティオはうずくまった。耐え切れず、静かに涙が流れ始めた。
ラ・イルスとティエルが住民達に「空を見ろ」と叫びながら走るのが、やけに幸せそうに聞こえた。
もちろんそれが見えたのは、ティパの村だけではない。
「ひ、姫様!」
「どうしたんです?」
クノックフィエルナがノックもなしに勢いよくフィオナの部屋に入って、フィオナを驚かせた。
「空が・・!」
「空?」
息切れして、クノックフィエルナはそれしか言えないようだった。
フィオナは不思議そうに言葉を反復して、少し考える。
そして、何かを思い出すと、勢いよく立ち上がり、窓から見ればいいものを、動揺していたのか、外に向かって走り出した。
「うむ・・。」
「お父様!」
外に出ると、笑顔のハーデンベルグ王が見えた。
フィオナが父親に声をかけると、王は微笑みながら、空を指差す。
フィオナもそこでようやく空を見た。
「・・・シオン殿、見事なり!」
いきなりのことにざわめく住民達の中で、王が高らかに言った。
街や城の兵士達は事情を知っているので、驚く住民達とは対照的に、落ち着き、かつ微笑んでいた。
その中に、あのソール=ラクトもいて。
「・・・・シオン・・・!」
本人は知る由もないが、フィオナもまた、リ・ティオと同じように、涙を浮かべてそういった。
町中どころか、世界中が歓喜に沸いた。
瘴気が消えたのだ。
悲しみを産み、憎しみを作り、人々や動物の命を奪った瘴気が。
一部の者以外は、この偉業をたった1人のクラヴァットがやったことを知るのは、もっと後のことだった。
「シオン!」
「お帰りなさい!」
「よくやったね!」
それから2、3ヶ月して、ようやくその「英雄」はティパの村に帰った。
もう瘴気はないので、村の住民は村に向かうキャラバンを見て、一斉に街道を走ってやってきた。
パパオパマスの手綱を握りながら、こっくりと眠りかけていたシオンはその声で目を覚ました。
誰もがシオンに向かってきていて、見る見るうちに馬車を取り囲んだ。
「ただいま・・・・、です。皆さん。」
シオンは疲れ気味に笑いながら言って、馬車を降りた。全員の笑う顔を見て、ほっとした。
よかった。またみんなの顔を見ることが出来た。
「この、帰ってこないかと思ったぞ!」
「本当に心配だったのよ!」
「いや、でも本当によくやった!」
「あいだだだだ!!痛いッ痛いですってーーー!!」
しかしほっとしたのもつかの間、バシバシバシバシ住民から痛い歓迎を受けて、まだ生傷の残るシオンは激痛に倒れそうになった。
絶叫したもののそれは誰にも聞かれず、ぐるぐるとシオンの視界が回り始めた。
「何やってんだやめろって!痛がってるだろ!」
そんな住民達の手を払いのけ、ラ・イルスがシオンの側にきた。
シオンは青がかった灰色の髪を見ながら、今度は違う意味でほっとした。
「大丈夫か?」
「あんなに叩かれなきゃ平気でしたよ・・。」
住民達はそこでやっとシオンの様子に気がついて、手を出すのをやめた。
ラ・イルスはバランスを崩したシオンを支える。背中が痛い。
「あっ、イルス、リオ。」
そこではっと気がついて、シオンは馬車を支えにしながら、ラ・イルスとリ・ティオに声をかけた。
ラ・イルスは側にいたが、リ・ティオは珍しくシオンから離れていたので、住民達の間を縫ってきた。
「これ。ありがとうございます。」
そしてシオンは、腰からアルテマソードを抜いてラ・イルスに見せ、同じくフォースリングをリ・ティオに見せた。
「どっちもすごかったですよ。これがなきゃ危ないところでしたから・・。」
「そっか。役に立ってよかったよ。」
ラ・イルスが微笑む。リ・ティオもうなずいた。シオンは微笑みながら2人に物を返そうと手を出した。が。
べきっ
ぱきん・・
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
その音に、3人どころか周りも固まった。しーんと、静寂の音がする。
「あーーーっ!!」
そしてそれを破ったのはシオンだった。
アルテマソードと、フォースリングが、同時に壊れたのだ。
がらん、とアルテマソードの破片が、虚しい音を立てて落ちていた。
「ごめんなさい、壊れちゃいました・・。せっかく僕のために作ってくれたのに・・。」
申し訳なさそうに、シオンはアルテマソードの破片を拾おうとしたが、リ・ティオがそれを止めた。
「・・リオ?」
「いいんだよ、シオン。」
しゃがみこんだシオンがリ・ティオを見上げながら言うと、リ・ティオは微笑みながら首を横に振った。
「これが壊れちゃうほど、すごい戦いだったんだね。
あたしの作ったアクセサリが、シオンの身を守ったかと思うと・・すっごく嬉しいよ。」
「・・リオにしちゃいいこと言ったな。その通りだ、シオン。気にすんなよ。
どうせもう武具はいらなくなるんだ。」
「2人とも・・。」
リ・ティオはシオンの指にある、壊れたフォースリングを撫でながら言った。
ラ・イルスもリ・ティオの言葉にうなずく。シオンはそれでも、納得が行かないような顔だった。
「そんな顔しないでよ・・。帰ってきてくれただけでよかったよ、シオン・・!」
耐え切れなくなったのか、リ・ティオはわんわん泣き出して、そのままシオンに抱きついた。
またシオンに激痛が走って、声を上げようとしたが、何とかそれを持ちこたえた。
「・・・ただいまです、リオ。」
片腕をリ・ティオに回して、シオンは号泣するリ・ティオに優しく言った。
(・・・やる相手が違わないか?)
そんな2人を微笑ましく見る住民達の中で、ラ・イルスは目をそらしながらそう思った。
「・・取り込み中悪いが・・シオン。」
「あ、はいっ。」
ごほんごほんとわざとらしく咳払いをしながら、村長のローランがシオンの前に出る。その脇には、マレードがいて。
リ・ティオがはっとしたように、シオンから離れた。
「シオン・・おぬしが旅立つ前に言っていたことなのだが・・。」
おずおずと、マレードがシオンに言った。シオンはあぁ、と心の中で思う。
「・・ちゃんと連れてきましたよ。馬車の中にいますから・・。」
それだけ聞くと、ローランとマレードは、動きにくくなってきた体を精一杯動かして、シオンの馬車の中に走った。
つまずきかけたりしながら馬車に乗ろうとする2人を、住民が慌てて手伝って。
しばらくシオンはそれを見守っていた。
お互い思い出すのは大変かもしれない。
時間はかかってもいいから。どうか。
シオンは人知れず、心の中で静かに祈った。
「兄ーーーー!!」
どかっ!!
「ぎゃあ!?」
静かな気持ちに浸っていると、後ろからまた誰かに抱きつかれた。
またも激痛が背中に走り、シオンは自分の体を支えきれず、前に倒れた。
周りが「あちゃーやっちまったよ」とばかりに他人事のようにしている。
「兄ッ!ひでぇよ〜!ぜっっったい俺のこと連れてってくれると思ったのにぃ!」
「わ・・かりましたわかりましたからっ・・ど、どいてくださいぃぃ・・・。」
背中の上で話されても、激痛でほとんど耳に入らない。
しぶしぶながらも背中の上からどいてもらい、体どころか顔まで砂まみれになったシオンは、前を見て驚いた。
澄んだキャッツアイの色をした瞳が見える。
その後に、綺麗な紫がシオンの目に入って。
「・・・キルア!?」
「そうだよっ兄!ひでーよったった1人で行くなんて!」
この村には本来いないはずのキルアがそこにいることに、シオンは何よりも驚いた。
「キルア・・何でここに?」
「空が綺麗になったからすっ飛んできたの。絶対シオン兄のせいだって思ったし。」
キルアの訴えは聞かないまま、シオンはうつぶせになったままキルアに疑問を投げかける。
キルアは地面に座り込んで、当然とでも言うように言いのけた。
そこでシオンは疑問を抱く。キルアに対し、瘴気を晴らす、などといった覚えはないのだが・・。
「大変だったぞ。毎日毎日シオンが来ないって猫みたいにニャーニャー鳴きながらわめいて・・。
ったく、騒がしーのが2人に増えて大変だったよ。」
「誰が猫だよッこの狼!」
「あ?」
「というかイル!騒がしーのってもしかしてあたしまで入ってるの!?」
ぎゃあぎゃあと、ラ・イルス、リ・ティオ、キルアが言い合い始めた。
(といってもラ・イルスは本気ではなさそうだが)
キンキン声が頭に響いて、シオンは不快だったが、声を上げることも出来ない。
「兄、酷いと思わない?この狼が武器を作るとき、材料あげたりとかかじ屋紹介したの俺なんだぜ?」
ちょっと言い合ってから、多分ラ・イルスに負けているのだろう、キルアがシオンに味方を求めるように言った。
シオンはその言葉を聞いて、あぁ、と疑問を解決させる。
だからキルアが知っているのか。
「・・・あんまり言いたくなかったんだけどな。武器作るとき、お前の持ってた材料だけじゃ足りないし、
かじ屋はこの村にいないし・・で協力を求めただけだ。」
こほん、と咳払いして、頭を掻きながら申し訳なさそうにラ・イルスが言う。
そりゃ、いきなり「武器作りたいから材料とかじ屋よこせ」なんてラ・イルスが言うはずもないし、
それだけではキルアだって納得しないからだろう。
「・・・今度何かするときは、必ず連れて行きますよ。」
「うんっ♪」
にっこりと笑いながら(といってもうつぶせのまま)シオンが言うと、キルアは機嫌を直したようで、笑顔でうなずいた。
リ・ティオも言うのをやめる。ラ・イルスがやれやれとため息をついた。
「ところでキルア、君はここにいる間、一体どこに泊まって――――」
「俺の家に泊まってたんだよ。」
シオンはようやく体を起こして、キルアに言おうとすると、かわりに誰かが前に進み出た。
はっとして、シオンはまっすぐ立ち上がろうとするが、力が入らなかった。
「明るい男の子でな。手伝いもよくしてくれるし、いい子だったよ。」
「父さん・・。」
にっこりと笑いながら、アリオンはシオンに手を差し伸べた。シオンはそれをつかんで、それでもまだよろよろと立ち上がる。
「・・まだふらふらするほど酷い戦いだったのか。・・よく頑張ったな。」
「・・・はいっ。」
アリオンの賞賛の言葉が、何よりも嬉しかった。
「お兄ちゃん、お帰り!」
「おかえり〜!」
アリオンの脇から、サムエルとポーリーが走ってきて、シオンの足に抱きつく。
シオンは、嬉しそうにする弟と妹の頭を、余った方の手で、交互に撫でた。
「シオン。」
2人を撫でていると、今度はクリスティがシオンの前に出て、シオンを包み込んだ。
「よく帰ってきたね。偉いよ。お前は本当に、私達の誇りの息子だよ・・・。」
それだけ言うと、クリスティが静かに泣き始めた。
「母さん・・・・。」
呼ぶことしか出来ない。シオンも胸に熱いものがこみ上げてきた。
母の脇から少し見える住民達は、皆微笑んでいて。
シオンも知らず知らずのうちに、うっすらと目に涙を浮かべていた。
本当に、帰ってこれてよかった・・・・・・
シオンはそう、心から思った。
その後のことは、とにかく忙しかったことぐらいしか、シオンは覚えていない。
帰ってきた夜はまぁ何とも盛大で長い宴が開かれ、それが一段落したかと思えば、
世界各地から一目シオンを見ようとする人の波に飲まれて。
それに疲れているのに農業は手伝わされて。
本当にてんてこ舞いだった。
そんな毎日だったから、瘴気が晴れてから、1年、2年など、あっという間に経ってしまった。
「フィオナ、まだですか?」
「もうすぐよ。」
扉越しにシオンがたずねると、そんな声が返ってくる。
慌しい物音とは対照的に、その声は冷静だった。
シオンは1つため息をついて、またドアの横の壁に寄りかかる。
クローゼットを数回、閉めたり開けたりする音が聞こえた。
「おまたせっ。」
バンッ、と大きな音がして、勢いよくドアが開いた。
ため息の途中だったシオンは、その音に驚いて息をつまらせてしまう。
横を見ると、美しいドレスを身にまとったフィオナが、にこやかに笑っていた。
「時間かかりすぎですよ。」
「だって昨日も遅くまで仕事してたのよ。寝不足で大変なんだから。」
またため息をついて、シオンはフィオナを見る。
フィオナは膨れて、言い訳をしていた。もうすっかり、シオンに対する敬語は消えている。
シオンはもうため息すらつけないほど呆れていた。
「まぁいいです・・行きましょうか。皆が待ってますよ。」
「はーい。」
文句を言ってもあまり聞かないので、とりあえず折れることにする。
その後シオンはフィオナの手を引いて歩き始める。フィオナは眠そうな返事を返した。
シオンは正式な試験を経て、今はフィオナの護衛兵士となっている。
・・と言ってもそれはただの名称。魔物などもうほとんどいなくなっている世界だ。
それでもシオンが新しくそれになれたのは、「フィオナと将来結ばれる人物」だからだろうか。
最初は城内の人間しか知らなかったのに、赴任してからしばらくすると、住民にもそれが伝わって、少し恥ずかしい。
「そうだ、ルダの村から、今度はこちらにも来てくれないかって言ってましたよ。
ルダの村のセルキー達からなんて、嬉しいことですよね。」
「ルダ?じゃあド・ハッティも?そうね、最近会ってなかったし。久しぶりに会うのもいいかもしれないわ。」
「・・休暇じゃありませんよ。仕事ですからね?
しかもルダの村って言ってるのに、ド・ハッティ限定ですか・・。」
もう見慣れてしまった廊下を歩きながら、シオンは思い出したように、フィオナの方を振り向きながら言う。
フィオナは意外そうに目を見開いた後、嬉しそうに笑った。
それに何かを感じて、シオンは不機嫌な声になる。前を向いてその後また、ため息をついた。
「・・・やきもち?」
「違いますっ!断じて!」
「イルスさんが『シオンはわかりやすい奴だから』って言ってたのがよくわかるわ。」
「・・・・もうっ、置いていきますよ!」
そんなシオンの様子にくすりと笑いながら、からかい気味の声で言う。
フィオナの思ったとおり、シオンは過剰反応して、顔を真っ赤にしながら、怒り気味にいった。
そんな様子がさらにおかしくて、フィオナは笑いながら言った。
シオンは完全に負けたのを悟りながらも、その負けを認めるのが悔しくて、フィオナの手を乱暴に放した。
視線を戻し、さっさっと歩くスピードを速める。
「ごめんごめん、シオン、怒らないで。」
「知りませんよッ!」
からからとまだ笑ったまま、フィオナはドレスの裾を少し持ち上げて、小走りにシオンに追いつこうとする。
シオンはまだ怒っているのか、こちらを振り向くこともせずに答える。
「あッ、」
やれやれ・・とフィオナがため息をつこうとすると、段差につまずいた。
シオンに気を取られていて、気がつかなかったのだ。
転ぶ前に手を前に出そうとする。しかしその手は地面につかず、体が勝手に上に持ち上がった。
「・・足元には気をつけてください。」
「ありがとう、シオン。」
戦いのときに磨かれた反射神経なのか、フィオナが声を上げると、すぐにシオンはフィオナをその腕で支えていた。
フィオナが微笑みながらシオンにお礼を述べると、シオンは呆れ気味の表情に、少しだけ笑みを見せた。
フィオナの体勢を元に直して、また歩き始める。
「さっきの話の続きだけど・・。勘違いしないでね、シオン。」
「何がですか?」
「確かに私はド・ハッティとは仲いいし、信頼しあってるけど・・。
私が一番大切なのは、この世でシオンだけだから。」
シオンの頭から湯気が出るのが見えたようだ。シオンの歩みが、さらに速くなる。
照れているのだろう。フィオナは笑いを必死にこらえていた。
「・・・早く行きますよ。」
顔をゆでだこにしながら、何がおかしいとフィオナの方をシオンが振り向く。
はいはい、とだけフィオナは答えた。少し走って、シオンの隣に並ぶ。
「けれど嘘じゃないわ。それに、シオンにはこの国のトップにまでのぼりつめてもらうつもりだしね。」
「は・・?」
やっと笑いがやんで、フィオナが次に発した言葉を、シオンはすぐに理解できない。
トップとは・・まさか・・。
「当たり前でしょう?私の伴侶になるのならそのぐらい。お父様もその気満々よ。
“シオン殿こそこのアルフィタリアの次期王にふさわしい”って。
リルティの国にクラヴァットの王が君臨するのには、時間がかかるだろうけど・・頑張りましょうね。」
当然とでもいうようにフィオナがさらさらと答える。
シオンはやっぱりかと言うため息をついた。うすうす感じてはいたが、確信になってしまうとは・・。
「・・後悔してるの?」
そんなシオンの様子を見てか、今度は心配そうにフィオナが覗き込んでくる。
「・・・まさか。そんな無責任なことを今更。腹くくりますよ。
トップだろうとなんだろうと、のぼりつめてやろうじゃありませんか。」
「そう来なくちゃ。頼もしいわ、シオン。」
「どういたしまして。」
手を横に振りながらシオンが答える。そのとき浮かべていた笑みは、ごく普通の柔らかな笑みのはずなのに、どこか不敵で。
しかしそんなシオンに安心して、フィオナは笑った。シオンが目を伏せながら答える。
「さ、つきましたから。背筋伸ばして、凛としていてくださいね。」
「わかってるわ。クノックフィエルナみたいなこと言わないでよ・・。」
そうこうしているうちにもう目の前に、城の出口のドアにたどり着く。
シオンが忠告すると、フィオナは嫌そうに答えた。ふっ、とシオンは笑う。
「あぁ、言い忘れてました。」
「何?」
ドアを開けようとして、シオンがその手を一度引っ込める。
「僕にとっても、フィオナは一番大切な存在ですよ。
フィオナの側にいるために、ほぼ村を捨ててまでここに来たんですから。」
今度はフィオナが赤くなった。してやったり、とシオンは満足気に微笑みながらドアを開ける。
「さぁ、行きましょうか。」
シオンは手を差し伸べる。フィオナは何も言わずにその手を握った。
開けたドアからは、希望とも見えるような、そんな光が溢れんばかりにこぼれていた。
そして数年後、アルフィタリアに生涯「英雄王」と言われた王が君臨することになる。
しかしそれはまた、別のお話―――――――
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
はい、やっとこ第8弾です。
や・・やっと終わった・・・・・・・!!(達成感とともに脱力)
今回は視点がめまぐるしく変わってしまうのですが(汗)ご了承くださいませ。
不自然にしてまでも書きたかったのですよ・・。
リ・ティオとかフィオナの様子とか。
でももうちょっとうまく書きたかった・・(涙)まだまだなのですね、自分。
前回「ティパ村にはかじ屋がないのに何で武器が作れたの?」と言うことは、答えがわかっていただけたでしょうか。
作中どおり、キルアの村でやったのです。彼の村はティパよりずっと大きいので。
ラ・イルスからシオンのことを聞いたとき、彼は本当に付いていきたかったのだと思います。
でも結局シオンが声をかけてくれなかったからすねるついでにあんなことを(笑)
最後のほうは書くことに悩みました。(家族に迎えられた後)
宴のときフィオナが来て、それじゃあとシオンがアルフィタリアに行くことを伝えたりとか、
シオンがアルフィタリアについた直後のときとか、
そういうのも考えていましたが、ボツにしました。
どちらもフィオナとの部分が削れてしまうし、書きづらかったので・・。
それでこうしたのですが、これから2人が何をするのかはご想像にお任せします。
スピーチでも巡業でも何でも・・(自分としてはスピーチのつもりですが、特に内容には関係ありませんので)。
そして今回心残りだったのがリ・ティオのことです。
いっぱい書いてるじゃん、と言う人もいらっしゃるかもしれませんが、そこではなく・・。
簡単に言ってしまうと、シオンはリ・ティオのことをふる予定だったのです。
2人の心の整理ですね。しかし実際書けませんでした・・・_| ̄|○
もう精一杯でしたので、あれだけで・・・。
それなのでいつか短編で書いてやろうという野望があります。
さて、話は変わりますが、この後FFCCは短編中心にする予定です(2005年12月現在)
そこで↑で言ったリ・ティオのこととかうるろんとかティパ村4人の幼少話とか
他の村のキャラバンの話とかキルアとの2人旅とか、そういうのを少しずつ書きたいです。(それを人は欲張りと言ふ)
むぞフィオはネタが思いつかないので今のところ予定はないです・・。
だって2人ジタガネみたいに一緒に旅したわけでもなし、幼なじみでもなし・・。辛ッ
でも思いついたら是非書きたいですね。
それでは長々と書いてしまいましたがここで。
この作品でむぞうさ×フィオナの同志が増えてくれれば本当に嬉しいです。マジで。
では、最後まで読んでくださった皆さん、本当の本当にありがとうございました!
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