すべて愛しき民の為に






「あの国が天災に見舞われたって!?」

まだわずかに残っていた歓声をすべて打ち消す、張りのある声だった。
観客が水を打ったように静かになる中で、ジタンは舞台袖の方へ振り返る。視線の先で跪いたブランクが「はい」と答えた。
「…本当に、形も残さず…か?」
「はい」
「なんと…」
信じられない、と首を左右に振るが、ブランクの答えは覆らなかった。
「…このようなこともあるものなのだな」
難しい顔をしているジタンに、ブランクが「はい」と答える。
「しかし、そうか、あの国が…
 『天に愛されし地、神に守られし地』と豪語していたあの国が?」
くくっ、と笑いをこらえるような仕草をする。
何だか雲行きがおかしい、とダガーは感じ始めていた。
てっきり、民の為なのだから喜劇をやるのだろう、と思っていたが…。
「我が地、我が民のすべてを奪いつくし、焼き尽くし、破壊しつくしたあの国が…
 我が国を蹂躙しつくしたあの国が、形も残さず、すべてを神に打ち滅ぼされるとは何と滑稽な話であろうか」
静かになった観客席も、ざわめき始めている。ダガー自身も、心がざわめいて仕方がない。
なかには始まったばかりだというのに、早くも踵を返そうとしている観客もいるようだった。
ビビやエーコは深く考えていないのか、観客席には目もくれず劇の成り行きを見守っているのは、幸か不幸か。
「守っていると思っていたものに打ち滅ぼされたのは、どんな気持ちだったのだろうな」
くすくすと不気味に笑いながら、その場を歩きまわるジタン。
それがぴたっと止まったかと思うと、今度は俯き黙ってしまう。
しばらくそのままだったが、やがてくっくっと呻くような笑い声が漏れてくる。
「…王子?」
すべてを静観していたブランクが、それにピクリと眉を動かし、跪いたままの姿勢を崩そうとした時だった。
「天罰だ!」
今までの押さえていたような笑いをすべて爆発させたのだろうか。
ぴくぴくと頬を引きつかせ、満面と言うにはあまりにも毒々しい笑顔と叫び声。
「私の国を蹂躙した!その罰が下ったのだ!神が、無念に散った魂を慰めているのだ!」
今までの静けさが嘘のように、荒々しく言い放つ。
その違いがあまりにも突然過ぎて、怖い。
本格的にざわめく観客席などお構いなしに、ジタンは強く握った拳を胸に当てる。
「私はあの国が憎かった!」
それを胸から脇へ勢いよく振りおろす。ブランクは動かない。
ジタンの悲痛なまでの怒号が開場を満たすたび、観客は緊張に身を固めるか、そこから逃れようと外へ流れる。
「憎くて憎くてしょうがなかった!でも、それも無理はないだろうブランク!
 あの戦火の中、助けを求めるすべての生き物の悲鳴が、この身を引き裂くようだった!
 それが終わればどうだ!後には何も残らなかった!
 …私は、私の愛したものすべてをあの国に奪われ、焼き尽くされ、破壊し尽くされたのだ…」
これは、喜劇でも、ましてや悲劇でもない。
そう認識したダガーは、思い出したくない気持ち悪さを感じつつも、緊張のせいで体が動かず、固まっている。
ダガーの隣で、ビビとエーコも固まっていた。ジタンの剣幕に押されているだけであってくれと、ダガーは願った。
「私があの国を憎むのは当然のこと!復讐と言う激情に体が焦がれるのは当然のこと!
 私は、私の愛する民の無念を、悲しみを、そして空虚を晴らすのだ!そう考えるのも当然のこと!」
もう逃げる観客は逃げ終えたのだろうか。
すこし空間の空いた観客席の中では、わずかな話し声も聞こえない。ただ、ジタンの叫びが響くのみ。
「私は!」
すらりと音も立てずにジタンが腰の剣を抜き、空へと向かって突き出した。
「この剣で、あの憎き王の首を掻き切って見せる」
すると、今までの怒声は消え、代わりにドスの利いた低い声が重く響く。
きらり、と光る剣がジタンの表情を隠したのが、余計に暗さを落とす。
ぞくり、とダガーの背筋に寒気が走った。ひっ、と誰かが呟いた気がする。
「……。
 そう思っていたことを…神が行って下すった、これ以上の喜びがあろうことか?ブランク」
ひゅんっ、と剣が空を切る音がする。ブランクを見るジタンは、やはり毒々しい笑顔をしていた。
ブランクは何も言葉を返さなかったが、それに気を害されることもなく、高く大きく笑いだす。
だが、それは寒気を催す笑いであった。
それを聞いてダガーは驚いた。心底、ジタンを怖い、と思ったのだった。
今までの剣幕だけではない。そこに込められた感情を見た気がしたのだった。
喜劇でも悲劇でもないこの劇に対しての、とても、具体的な感情を。
しかし、狂人のような心を掻きまわす笑い声は、「は、はは…」と段々弱まっていく。
「王子!」
その声が消えるかと思われた時、ブランクは動き、ジタンは膝をついた。
からん、と空虚な音を立てて剣が落ちる。
ブランクが、慌ててそのまま崩れ落ちそうなジタンの体を支える。
「……なぜだ」
うつむいているので、聞こえるか聞こえないか、本当にギリギリだった。
「憎き敵が淘汰されたと言うに、何故この心は晴れぬ。
 ……私自身が、止めをさせなかったからか」
「王子…」
からからと剣が床を叩く弱々しい音を、ジタンの弱々しい目が見つめる。
「…いや、違うな…」
先程の声とは打って変わって、本当に悲しそうな声だった。
「………ブランク」
「はい、王子」
「………我が民は、戻ってこないのだな」
「……はい。同じ民は、二度と」
ぽつ、ぽつと呟く声に、自身も唇を噛み締めながら、ブランクははっきりと答えた。
「そうだ…そうなのだ…」
ふらふらと、ブランクの腕を抜けて立ち上がる。
「…復讐とは、仇を討つ。ただそれだけのもの。亡くなった民も、この地も、失ったものは帰らぬ」
細かく震える体が痛々しい。
「……私は、思い違いをしていた。私達の平和を乱したものを消せば、それが戻ってくると信じておった…」
顔を上げる。呆然と、リンドブルムの空を仰ぎ見る。
「…私の民は…もう帰って来ない…。………あの平和なときは、もう…」
ジタンの声は涙声となり、最後まで言えなかった。あとはただ、泣き声が切なく響く。
それにつられたのか、すすり泣く声が観客席からも聞こえた。それが伝播して、次々と観客が泣きだす。
リンドブルムの民が、泣いている。
ダガーはぼうっとした思考の隅で、ああ、ジタンは人を泣かせるほど演技が上手いのだなと思っていた。
そんなことではないことはわかっていたが、それ以上は思えなかった。

「それは違います、王子」

すすり泣きが満ちた静かな空間で、やけにブランクのはっきりした声が聞こえた。
「確かに亡くなった民は戻ってきません。ですが、また平和な時を過ごすことは可能ですよ」
顔を上げたジタンに、僅かに微笑むブランク。
「確かにこの地は焼け野原となっていますが、他国に助けを求め、僅かに生き残った民もいます」
「それは…、それは聞いている。聞いた時、とても…嬉しく思った。
 だが…、迎えたくとも、この国がこれでは、あの時のような時間は…」
ジタンはとりあえず泣くのをやめたが、ブランクの言葉の意味を測りかね、戸惑っているようだった。
「だから、あの時のような時間を取り戻すため、まずは国を建て直すのです。
 何より、ここに王子がいらっしゃるのですから」
「国を…建て直す……」
ブランクの言葉を反芻するように呟くが、顔を落とす。
「しかし、私だけでは…」
「私がいます、王子。私達が国を建て直すのです。王子がご存命と知れば、民もまた集まってくるでしょう。
 亡くなった者達をきちんと弔うためにも、私達が為すべきことは数多くありますよ」
「ブランク…」
「失ったことを悲しむこと、その元凶を恨み、復讐を考えることも、仕方なきことです。
 復讐の先を失ったから、という訳ではありませんが、
 それでも今私たちに求められているのは、あの時の様な国を、時間を民達に取り戻させること。
 嘆くだけ、怒りに焦がれるだけでその舞台は戻ってこないのです。その舞台は、王子以外に立て直せやしないものなのですから」
「………」
「王子、やりましょう。私達は、また平和を手に入れるのです」
ブランクが語る様子をぼんやりとしながらもじっと見つめる。
最後にブランクから差し出されたその手と、顔を交互に見たあと、ジタンは決心したように頷いた。
ジタンが手をとった瞬間、幕が落ちる。
いつの間にか、泣き声は消えていた。

次に幕が開くと、爆音のように、楽しげな音楽が響いた。
いや、実際に爆音だったわけでなく、今までの静けさから音楽が響く大きさの落差があっただけだ。
舞台の中央で、タンタラスのメンバーと、リンドブルムの少年少女が、音楽隊の音楽に合わせ楽しげに踊る。
舞台の袖から袖へと流れていくと、微笑みながらそれを見るジタンとブランクが現れる。
「…ブランク」
「はい、王子」
静かなジタンの声に、ブランクがすぐに反応する。
「私…今は何だか、とても懐かしい気持ちだ」
「はい、わたくしめも同じ気持ちです」
「…ブランク、あのとき言ってくれたな」
「何をでしょう」
はて、とブランクが首をかしげる。そんなブランクに、ぷっとジタンが吹き出していた。
「こんなところでとぼけてくれるな。…国を失い、仇までも失った私に、平和な国をまた共に創ろうと言ってくれたではないか」
「私は提示をしたまで。それに乗り、見事に国を建て直したのは王子ですよ」
「謙遜はいらぬ。王子がいるだけの国などない。
 ブランクは私を励まし、私とともに生き残った民を探し、国を建て直した…」
音楽を聴きながら、感慨深げにジタンが呟く。
「…また、このような光景が見られると思わなかった」
一瞬、涙声になったジタンを、なおもブランクは見つめ続ける。
「なぁ、ブランク」
「はい、王子」
「昔と同じものは帰っていない。あのとき多くの民を失い、この地は焼けた。
…昔と全く同じものは、未だここにもない。
…だが、それを受け継ぐ者たちがいて、時間はかかったが、ここに平和がある」
優しく握られた拳が胸に当てられる。
「あの国に蹂躙された憎しみも、失ったものの空虚感も、悲しみも、すべては消えてはおらぬ。
 父上も、母上も、愛する民も、いつも戻ってきて欲しいと思う。追いかけたいとすら前は思った。だが……」
うつむき、目を伏せた時の光景は何だったのだろうか。
とても複雑な感情が見えた気がしたが、次の瞬間、目を開けたジタンはそれをすべて振り払う。

「今は、この光景がとてもいとしい」

ゆっくりと、笑顔が作られる。それを見たブランクが、目を細めた。
「私はこれからも、この平和を守る。…ついてきてくれるな、ブランク」
「はい、王子」
いつもより少し大きく、はっきりとしたブランクの返事。
それを受けたジタンの笑顔は、劇の中では一番とびっきりで、朗らかなものだった。
それを最後に、幕が閉じた。
拍手が沸く。隣のビビとエーコも拍手をしていた。ダガーも、先程までの暗さを忘れ、ただぱちぱちと拍手をしていた。


「結構よかったわね、あの劇」
「うん…」
「でもあのときのジタン…ちょっと怖かったわねぇ…」
「ふだんあんな顔しないもんね…。ボクもちょっとふるえちゃった…。
でも、それだけジタンが力を入れてたってことだよ」
「そうねぇ。最後はとっても明るい顔になってたし」
「最後は本当に楽しそうな感じになってたもんねー」
「ダガーもそう思うでしょ?」
観客が一斉にぞろぞろと広場からそれぞれの場所へ帰っていく。
ダガー達もその人混みに混じって宿までの帰り道を歩いていた。
もう怒っていたことなどすっかりと忘れたらしく、鼻歌まで歌いながら上機嫌なエーコ。
隣を歩くビビは、劇の最中に泣いてしまったのか、目元を手で擦っていた。
ふたりは劇の感想を口々に言い合いながら、余韻を楽しんでいるようだ。
(………)
しかしただ一人、ダガーだけが腕組みをして考え事をしていた。
考え過ぎなのかもしれない。だが、あのときの感情、そしてあまりにもタイミングが…
「?ダガーってば!」
(!)
「どうしたの、なんか難しい顔しちゃって…。劇、面白くなかったの?」
もしかして体調でも悪いの、とエーコが心配してくれる。
隣にいるビビも不思議そうにダガーの顔を覗き込んでいた。
ここで考えてはこの二人を心配させてしまう。そう感じて、慌ててダガーは首を横に振った。
「ならいいんだけど…。
 しかしジタンは、あんなに力を入れてた劇にあたし達を絶対に入れたくなかったのね」
「とってもよかっただけに…それはボクもちょっとさびしかったなぁ」
「フライヤもスタイナーもサラマンダーもクイナも、みーんな自分だけ楽しんだんだわっ」
「誰が言ったんだろう…やっぱりジタンかなぁ…」
「どっちにしろ、許せないわ!」
劇の感想から、自分達だけ制限されていたことによる怒りがまた出てきてたようだ。
エーコは拳を振り、ビビは帽子を直しながら憶測を語っていた。

「たっだいまー」
そんなこんなで宿に着き、扉を開けたのはいいのだが。
「ずいぶん遅かったのじゃな」
フライヤ、サラマンダー、クイナ、スタイナーと、ジタン以外のメンバーがそろってお出迎えをしていた。
小さな宿屋に仁王立ちでいるのは、正直かなり怖い。
不満を言っていたから、存在を忘れていた訳ではないはずなのに、宿にいるのは忘れていたのか。
エーコもビビも電撃を打たれたように硬直して伸びあがり、
ダガーもそう言えば帰ってきたときのことを忘れていた、と今更ながらに失念に気がついた。
「まだ支度の準備は残っていたのじゃが…、大方、劇を見に行ったのじゃろう?」
ふぅーっとため息をつくフライヤ。他の三人は何も言わない。
「な…何よ!確かにそうだけど、フライヤったらひどいじゃない!
 第一サボったって言うならジタンだってそうなんだから!みんなしてウソついてあたし達にだけ仕事させて!」
図星を突かれ、逆に開き直ってしまったエーコがフライヤに言い返していた。
フライヤが、やれやれと顔を横に振った。
「もう少しだと思ったのじゃがな」
「ウソついていたことは認めるのね!?」
「そうじゃな。ばれてしまった以上は繕っても無駄じゃ。おぬしらを騙したこと、この通り詫びる」
「…わ、わかればいいのよ…」
言ったことをすべて受け入れられ、しかも謝られてしまったため、逆に怒りを殺がれてしまうエーコ。
「…どうして、ボク達にウソをついたの?」
言い返せなくなったエーコの代わりに、ビビが可愛らしく首を傾げながら問いかける。
フライヤはビビの言葉に一度腕組みをし、うーんと唸った後に答えた。
「…それは私が言うよりはジタンが自分で言うのがよかろう。帰ってきたら聞くとよい」
「ジタンがここにいないからってごまかすつもりじゃないでしょうね?」
それが答えをはぐらかしているように聞こえて、エーコがまた疑惑の目を向ける。
「安心せい。芝居の途中で、ジタンはおぬしらがいることに気づいておった。
 弁解しようがないことは本人も気づいたはず、理由も吐いてくれるじゃろう」
「ふーん…」
しかしはっきりとしたフライヤの物言いに、また口を噤むしかなくなった。
どちらにしろ、ジタンにはいろいろ聞かなければいけないことがあるのだ。
「…ジタンは気付いてたって…あれ?どうしてそれを知ってるの?」
話がとりあえず終わりに向かってきたところで、ビビがふと疑問を口にする。
わずかな沈黙があった中ではっとエーコが思い付き、体を目いっぱい動かして、理不尽を吹き飛ばすように叫ぶ。
「やっぱり自分達だって、ジタンの劇を見ていたんじゃないのっ!!」

あのあと、特にお叱りは受けなかったが、その分みっちり準備に時間を費やされた。
一騒動あったとはいえ、結果的にいい気分転換になったのか、二人とも精力的に準備をこなし、完璧なまでに仕上げている。
そんな二人とダガーに、口止めされていたお詫びとしてクイナが簡単なデザートを差し入れてくれたり、
スタイナーとフライヤがこっそりと、買うはずではなかった装備品などを渡してくれたりした。
もともと口止めされようがなかろうが、聞かなければ言わなかったであろうサラマンダーは何もしなかったし、ビビやエーコも何も言わなかった。
そして夜、出発だけではないもろもろの準備を終え、後は寝るかジタンの帰りを待つだけかとなったが…
「おっそーい!!」
「おそいね…」
夜も更け、もうそろそろ寝ようよ眠いよいいえジタンが帰ってきてないんだからまだよとビビとエーコが宿屋の出入口の前で言葉の応酬を繰り返している。
そんな言葉を聞きながら、ダガーは一人ソファの上に座り込み、考えていた。
今まで断片的に考えていたことから、なんとなく二人に理由は聞かせない方がいい気がしていたのだ。
言い出すきっかけも確信もなく、ずるずるとここまで来てしまったが、
(…いえ、やっぱり止めるべきだわ)
一人で頷き、立ち上がって二人の元に行こうとする。だが、一歩遅かった。
「ふぅ…」
「あぁっ!帰ってきた!」
「遅いよ、ジタン!」
「え、ええっ?あ、ご、ごめん」
ジタンが帰ってきてしまった。ビビにすら不服の声で迎えられ、ジタンは困惑したままつい謝ってしまっているようだった。
ダガーはしまったと思ったが、もう言い出すことも出来なくなってしまった。
「ほらジタン!そこに座るのよっ!」
「…はい」
びしっと仁王立ちのエーコに指差され、おとなしくその前にジタンがちょこんと正座をする。
フライヤの言う通り、理由はわかっていたようだ。
ビビはエーコの隣に立ち、ダガーは自分の考えが間違っているようにと願いながら、そんな二人の後ろに立った。
「ジタン、どうしてあたし達にウソついてたの?」
口を尖らすエーコと、帽子を握りながらうんうんと頷くビビ。ダガーはそれを不安そうにじっと見つめる。
そんな三人の顔を見比べながら、言ってもいいものかと悩むようにジタンが頭を掻いた。
「ジタン、正直に言ってほしいな」
その様子を見抜かれたか、ビビに突っ込まれてうっと詰まる。
真摯な目で見られて、それ以上抵抗もできぬと悟ったジタンが両手をあげ、完敗だとうなだれた。
「…知って欲しくなかったんだ」
「?」
ぼそりと呟いた後、またため息。
ビビもエーコもその発言の意味がよくわからなかったようだが、ダガーは自分の考えが確信になってしまったのを感じる。
「………リンドブルムがこんな風になった原因、わかるだろう?」
「…うん」
元気のないジタンの声に、ビビが頷く。
「…ジタン、もしかして…。ボクらが傷つかない様に?」
「ははっ、そう言えば聞こえはいいけど、あいにくそこまで気遣ったものじゃないんだ」
気付いたのか、はっとなったビビの申し訳なさそうな問いを、ジタンは苦笑しつつ否定した。
「…オレは、オレ自身がリンドブルムをこんなにしややつを恨んでるんじゃないかって、そう思われるのが嫌だったんだ」
ダガーの目が細まる。ビビは所在なさげに意味もなく手を動かしていた。
なんとなく気まずくなった空気の中、事情を知らないエーコだけが、未だに頭に疑問符を浮かべていた。
「…あの劇を上演するまでの時間は短かったから、覚えている以外はほとんどアドリブ。
 だから、その分オレの思いを思いっきりぶつけたんだ」
リンドブルムとアレクサンドリアを思わせた、あの劇の途中。
確かに怒りに燃える目を見た。それを一瞬怖いと思ったのは、当然のことでもあった。
疲れたように、ため息をつく。その顔は、自嘲気味な笑みを浮かべていた。
「…あの劇に関しては称賛も来たけど、それと同じくらいか、それ以上の苦情も来た。
 でも、例え他に喜劇、悲劇をやったとしても、戦争による傷が癒えてない以上、
 心から笑ったり、泣いたりすることも、今は皆できない。
 だから、あの劇になった。いや、するしかなかった。
 どんなに批判を受けても、伝えたかったんだ。『生きてくれ』って。
 ……あの王子のように矛先を無くしても、どうかこの先の生きる希望になればいいって。
 オレは参加するべきじゃなかったのかもしれないけど、それでも、何とか同郷の民の励ましになりたかったんだ。
 リンドブルムの皆の悔しさも、悲しさも、虚しさも、すべてを理解できるけど、
 その上でオレは、楽しさとか嬉しさとか愛しさとかが溢れる平和への道を示したかった。
 オレは、リンドブルムというこの土地が、人が、好きだから」
絞り出すように紡がれる言葉のすべてに、ジタンの苦悩が込められている気がした。
「でも、そんなオレを見て、ダガーやビビはどう思うか不安で仕方なかった。
 最後はまだいい。だけど、その途中で、ブラネや黒魔道士を恨んでいる、なんて思われたら、と思うと怖かった」
話している間にうつむいてきていた頭をあげて、ジタンはビビとダガーを見る。
一瞬母親の名前が出てきて、思わずびくっと体が反応していたことを、悟られてはいないだろうか。
「オレのわがままだったんだよ。もし二人にそう思わせたら、と思ったら、見せないのが一番だと思ったんだ。
 そのために、事情を話してフライヤや他の皆にも協力してもらったんだよ。
 考えてみれば、本当に勝手だったと思う。…ごめんな」
最後に謝罪とともに頭を下げ、そのままジタンは動かなくなってしまった。
ビビも何も言葉は紡げず、ただ居心地悪そうにもじもじと体を動かした。
ダガーの耳には、ただジタンの言葉が静かに響いているのみ。
「気にしてないよ」と簡単に言えるような問題でもない。
言葉に出すこと自体が憚られることだったのだ。
沈黙が続く。
「………なんだかよくわかんないんだけど、それは知らないあたしも関係あったの?」
「………。
 あぁ〜…、えーと、それは…だな…」
そんな空気の中、やっぱり事情のわからないエーコがしんみりした空気を壊す。
その言葉に顔をあげ、さっきとは違った雰囲気であるものの、やはり言いにくそうにして言葉を濁そうとするジタン。
「なぁに?」
何でもいいから早く言いなさいという無言の圧力に押されたか、本当に言いにくそうに真実を吐露する。
「…ごめん。エーコは二人に“劇をやるみたいだ”って言っちゃいそうだったから。それだけなんだ」
「何よそれ!」
「ごめん!謝る!ごめん!」
当然のごとくむきーと怒ったエーコに飛びかかられるが、空気は確実に和んでいた。
それを感じて、ある意味、エーコを括りに入れたジタンの判断は正しかったようにダガーは思った。
今ここにエーコがいなければ、確実に空気は戻らなかったはずだ。
隣を見ると、ビビも苦笑こそしていたが、今までの空気とは違うのを感じているのだろう。
「…本当に、ごめんな」
エーコに押し倒された状態のまま、ジタンが申し訳なさそうにまた謝る。
ビビもダガーももう咎める気はなかったし、それ以上話を続けても空気が悪くなるばかりだ。
この話はこれでおしまいだよ、とビビが微笑むと、ジタンもほっとしたように微笑みを返した。
「あたしはまだ許してないわよ!ジタン!」
「ごめ、ごめんってば〜〜!!」
しかし直後、馬乗りになっていたエーコに襟首を揺り動かされ、悲痛な声をあげた。
「なん、なんでもする…から…」
げほげほっと咳きこみ、辛そうに呼吸をしながらジタンが許しを乞うと、エーコはピタッと動きを止める。
「ほんとうに、なんでもしてくれる?」
「す、る…。約束する…」
「そうねぇ…」
やっと解放され、呼吸を整えているジタンにエーコが再度確認をすると、少し考え込んだ。
「…じゃあ、今度エーコをおひめさまにした劇がやりたいわ」
「?そんなのでいいのか?」
呼吸を整え終えたジタンが、意外だったのかエーコの言葉にきょとんと目を丸くする。
対するエーコは真剣な表情でえぇ、と頷く。
「でも、もちろんおうじさま役はジタンだからね」
「わかった、それならお安い御用だ。今度ボスに掛け合っておくよ」
「劇ならジタン、ボクも見たいなぁ」
エーコとジタンの会話を聞いて、ビビがおずおずと控えめに加わる。
「もちろん歓迎するけど…、ビビも何かやりたい役とかないのか?」
「そ、それはいいよ…。ボクは、見る方が楽しいし」
「そっか、わかった。…ダガーもやったら見る?」
最後に自分にも話題を振られ、ダガーも頷いた。ダガーも劇は大好きなのだから、異論などあるはずもない。
ジタンはそうか、と微笑んだ。
「きっと、皆も見たがると思うよ」
「じゃあ、張り切ってやらないとな」
「いつやるの?すぐできる?」
「さすがにすぐは無理だと思うけど…。あぁでも、寸劇ならできるかな?それこそ旅の間でも」
「ならそれがいいわ!すぐよすぐ!」
「楽しみだねぇ」
「ちょっ、だからって跳ねないでくれ…っ」
今までジタンを揺さぶっていたことなどすっかり忘れたか、今度は嬉しそうにはしゃぐエーコ。
ただ、まだ馬乗りになっている状態なので、跳ねられてジタンは苦しそうにしていた。
いつもは止めてくれるビビも、また劇が見られると思って嬉しいのか、目を輝かせてエーコと一緒に跳ねている。
結局、ジタンを問い詰めていたせいで真夜中になっているのに、
はしゃぐ二人(主にエーコだが)の声のせいで、宿屋の主人とフライヤに怒られてしまうのだった。


怒られた後はそそくさと就寝に着いたのだが、規則的な寝息が聞こえるなか、ダガーは布団の中で考えていた。
あのときはなんとか収まってよかった、と他人事のようにほっとしていたのだが、
同時に心に何かもやもやしたものが残っていることに気づいてしまっていた。
ジタンからは寝る直前、「決して気にしないで欲しい」と念を押されたのだが、
それで考えるのをやめられるほど、ダガーは自分に甘くはなかった。
(ジタンは、リンドブルムの人)
改めて思い出すように、頭に焼き付けるように。
その認識を頭に植え付けようとすると、どこかしっくりと行かないのはなぜだろうか。
離れていた期間もあったとは言え、いつもそのことを忘れていた気がする。
リンドブルムがアレクサンドリアに侵攻されたとき、ダガーはジタンのことを考える余裕などなかった。
自分のこと、母親のことで頭がいっぱいだった。
それを誰も、ジタンでさえも咎めないだろう。
(それでも、私は…)
だがここで、ダガーは自分を責めた。
遠くにいても近くにいても、ジタンはいつでも自分の味方でいる気がしたのだ。
実際今までそうだったし、きっとこれからもそれが変わることはない。
無意識下にまで浸み込んでいたその思想を、今回否定された気がしたのだ。
先程の絞り出すような声からは、リンドブルムへの愛情を確かに感じた。
彼の大切なものをまざまざと見せつけられた気がして、何となく彼を遠くに感じてしまう。
もちろん、ダガーにだってジタンたち仲間以外にも大切なものはある。
それなのに、そんな風に考えると、胸が苦しく、なんだか心に穴が開いたように感じるのはなぜなのか。
自分達との板挟みになって苦悩するほど、リンドブルムを愛しているということを認めたくない、とさえ思ってしまうのはなぜなのか。
いつも自分の味方だと思っていたジタンに、裏切られた気がしたからか?
勝手すぎる、とそこまで考えたダガーは千切れんばかりに頭をぶんぶんと横に振る。
しかしどんなに自分を責めても、もやもやを消すことも、その空虚を埋めることも出来なかった。
その日、ダガーはなかなか眠れなかった。
窓から差し込む月の光が、自分を刺すように感じた。








 〜終わり〜



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
一つのページが長すぎて二つに分けたのですが、そのせいか前編の締めと後編の出だしが弱いですね。無念。
視点やらタイトルやらめまぐるしく変わっていった作品でもあります。
ちなみに最初のタイトルは「戦場の王子」。劇の名前にしようとしていたのですが、
その劇の名前などを出すためのバクーとジタンの会話シーンを丸々削ったので変えました。

一番書きたかったのはジタンが剣で空を指すシーン。
話の流れ上少し挿入が歪にもなりましたが、
この物語はそこから発展していったのでどうしても入れたくて…。

そうそう、作品内では「クジャの元へ行く前に」となっていますが、
本編はビビが黒魔道士たちの真意を知りたいということで、この次は黒魔道士の村へ行くことになっています。
作品内でもそう書こうかと思ったのですが、
説明が間延びしてめんどくさくなってしまうので「クジャの元」ということにしました。
他にも細かいところでいろいろ設定の破綻とか説明しきれてないとこだとか、
そもそも「こんな事この時期にできるのか?」のオンパレードではあります。
それでも書きたかったのです。そしてこれが精一杯です。
ツッコミどころはたくさんあったかと思いますが、ここまで読んでいただき感謝します。
ありがとうございました。


10/4/11



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