ダンデライオン























また今年も春がめぐる
春が来ると
あの花を思い出さずにいられない




















眠らない都、トレノ。
そのトレノの気候には珍しく、雨が降っていた。日は既に落ちている。
その暗さに負けまいと、人工的な光が眩しかった。
・・そんな街を、1人の少年が、たった1人で、力なく歩いていた。
4、5歳ぐらいの本当に幼い少年だった。
そんな小さな少年が、たった1人で歩いている。
季節は春だが、夜で、しかも雨が降っていれば、身が震えるほど寒くなる。
少年は、顔にかかる濡れた金色の髪を、うるさそうに跳ね除けた。
乾いた涙のあとを、雨が隠した。


雨宿りがしたい・・・。


少年は思い、考えた。
誰にも見つからずに、せめて雨がやむまでいられる場所。
そんな場所を探していたが、そんな場所が見つかるはずもない。



誰も受け入れてくれないから。



その理由を、少年は知っている。
・・・理由――いや、原因というべきか――は、少年の容姿にあった。
金色の髪。
蒼い瞳。
尻から生えた、サルのような、猫のような長い尻尾。
ガイアの人間は持っていないもの。
その容姿のせいで、少年は、誰にも受け入れてもらえなかった。
いつ自分がここにいたのかもわからない。
気がついたら、この街にいた。
そして最初は、わけがわからないまま歩いていた。
そしたら、この街の人間は、少年を見て遠ざかり、怯え、逃げてしまった。
新種の魔物なのではないかと噂し、石を投げる人間もいた。
最初は、何故人々が自分に対してそうするのか、その意味がわからず、少年は不快だった。
しばらく過ごし、他の人間を多く見るうちに、この容姿が原因なのだと思った。
他の人間と、自分は少し違う。それを感じた。
しかし、容姿をどうやって直したらいいのか。ぐるぐると考えて考えて。
とりあえず、自分から逃げなかったもの――布――を腰に巻いて、
せめてもと一番目立つ尻尾だけは隠したが、
もうすでに噂が広まっているのか、それでも、誰も少年を受け入れようとしない。
貴族は何か汚いもの扱いする。怯えて逃げる。
ゴロツキは、珍しい少年をどこかに売ろうと企んだり、
ただのストレス発散に、少年を殴ったり蹴ったり。
それが切なくて。悲しくて。
自分の、この容姿を恨んだ。
何度、冷たい涙を流したことか。
すがれるものも何もなくて。
枯れるほど涙を流した。
もう今は泣く気力もなく、とぼとぼと歩く。
何日も食べていないのと、この雨の冷たさのせいで、頭がくらくらしてくる。
軒下にすら入れようとしない貴族達を思い出し、恨めしく思いながら、歩く。
「・・はぁ・・。」
少年はため息をつき、路地に入り込んだ。
雨を防げそうなものはない。
しかし、もう疲れて、ぱしゃんと音を立ててその場に力なく座り込んだ。
雨が、容赦なく当たる。金髪を濡らし、体を冷やす。
雨の粒は、とても冷たい。自分が流す涙と同じように。
ぴしゃん、ぴしゃん。
お腹がすいた。・・いや、もうすきすぎて、何も感じない。
ぴしゃん、ぴしゃん。
ここはいい隠れ場所ではない。ゴロツキもそのうち来てしまう。
ぴしゃん、ぴしゃん。
疲れた。泣くのも歩くのも。とても寒い。ぶるぶるっと体が震えた。
ぴしゃん、ぴしゃん。
腰の布の下にある、尻尾もびっしょりだ。最近受けた、まだ治らない傷に、雨がしみる。
ぱしゃん。
今までと違う音に、少年は顔を上げた。





「・・・なんだ、オマエ?」





目の前に現れた、熊のような人間。
自分とはやはり違う人間。そしてその姿は、貴族ではない。
ならば、この街のゴロツキか。
そう考え、少年は逃げようとした。疲れた体を何とか持ち上げ、逃げる。
傷がビリッという鋭い痛みを与え、少年の顔は歪んだ。
走る速度は、自分でも速くないと思う。
でも逃げなければ。蹴られるのも殴られるのも、ごめんだ。
「お、おい?」
ちょっと慌てたのか、少し戸惑ってから、その人は追ってきた。
どか、どかと音を立てて走る。疲れてないなら、怪我をしていなかったなら。余裕で逃げられるのに。
そんなに時間がかからないうちに、追いつかれて腕をつかまれた。
抵抗して、逃げようとするが、気力も体力もなく、抵抗できなかった。
「・・オマエ、めちゃくちゃ細いじゃねぇか・・。おまけに怪我までしてる。」
もがく少年の腕を抑えながら、その人は少年の体を頭からつま先まで見た。
驚いているような、呆れたような声で、その人は言った。
腕が細いのは当たり前だろう。ここ何日も、何も食べていないのだから。
盗む技術などないし、食べ物を分けてくれる人などいなかった。
『お腹がすいた』という欲求も峠を越えて、もうすでに沸かなかった。
体中にある傷は、ゴロツキに負わされたもの。ありすぎて、手当てする気にもならなかった。
「腰に布巻いてるくせに・・、ほらその布貸せっ、傷に巻くから。」
「・・やっ、やめろ・・!!」
布をとろうとする手を、ぐっと少年は押した。
しかし、両手でも、どけるほどの力はない。
声も、威厳があるほどでなく、消え入りそうだった。そこまで自分は弱っているのだ。




やめろ。
それに触るな。
お前も同じなんだろ?
どうせ逃げ出すんだろ?
魔物だって言うんだろ?
だったらやめろ。
やめろよ。
やめてくれよ・・・!




少年の心とは裏腹に、すっと大人は布を取ってしまった。
すっかり濡れた尻尾が現れる。
少年は、目をぎゅっと閉じた。




逃げるよな。
お前も怯えるんだろ?
だったら早く逃げてくれ。
殴るのなら早くしてくれ。
オレが目を閉じている間に。




「ああ・・オマエさん、噂になってたヤツか。」
ふぅん、と特に驚くでもなくその人は言った。その様子に逆に少年の方が驚いて、目を開ける。
「そんなに怯えた顔をすんな。俺はオマエさんに何もしねぇ。ほら、その足だせっ。」
にかっと笑ってから、その大人は、少年の怪我が一番ひどかった足に、布を巻き始めた。
「・・・?」
不思議な気持ちだった。





・・オレを見て怯えないのか?殴ったりしないのか?





今までになかったことに、困惑した。
「オレから逃げないのか・・?」
そんな言葉が、自然に出た。
その人はうん?と、傷に向けていた視線を少年に向ける。
「逃げるもんか。へなちょこ貴族とかと俺様を一緒にするんじゃねぇ。
 ついでにオマエさんを殴ったりもしねぇぞ。」
「・・・。」
言葉が出なかった。ただ、何かが心に沸いた。
「・・何で?って顔してやがんな。そんな理由、ないだろ。
 この世界には、珍しいヤツはたくさんいる。
 自分達と違うからって、そういうのをいじめるヤツは、俺は大嫌いなタイプなんだよ。
 だから俺はオマエさんから逃げねぇし、殴りもしねぇ。
 そして俺はお前さんを助ける。その理由を聞いたりするなよ?
 『誰かを助けるのに理由はいらない』んだからな。」
そういって、がしがしと少年の頭を、乱暴に撫でる。
痛かったが、殴られるよりは、ずっと優しい痛み。
そして、そんな言葉を言ってくれた人は、今までにいなかった。
心に沸いた『何か』が一気に体中に広がって、視界がぼやけた。
ぼろり、と一気に両目から涙が出る。
涙なんて、もう出ないと思っていた。
冷たい涙は、枯れるほど流したはずなのに。
・・しかしその涙は、今までのような冷たいものでなく、温かい涙。
悲しいわけじゃない。切ないわけでもない。
それは“嬉しい”という感情。今まで、感じることのなかった感情。
「・・オマエさん、小さいのに・・大変だったな。」
大声で泣き出す少年を、優しい微笑みで、その人は包んだ。
拒絶しかされなかった少年を、やっと受け入れてくれた。






「オマエさん、俺のところへ来い。」






がしがしと頭を撫でながら、その人はそういった。
その言葉がさらに嬉しくて。何度も少年はうなずいた。















泣いて泣いて泣き疲れて。少年はぐったりとしていたが、それすらも嬉しく感じる。
「飛空挺まではちょっと時間がかかるけど、ガマンしろ。」
背負われながら、その人の背中の上でその言葉を聞く。
「・・そうだ、オマエさん、名前は?俺はバクー。遠慮なく『ボス』と呼べ。
 劇団タンタラスっていやぁ、結構有名なんだがな。」
その人――バクー――が思い出しように、背中の上の少年に言った。
「・・ボス?」
「そうだ。ボスと呼べ。」
言葉を繰り返すと、満足そうにうんうんとバクーはうなずいた。
「・・んで?オマエさんの名前は?」
自分の名前。少年は少し考えた。どこか遠い記憶の中で呼ばれていた。
誰が呼んでいたのかは忘れたが、確か・・ああいっていたはずだ。
小さく、少年は自分の名前を言った。
「ふんふん・・そうか。よーし、覚えたぞっ!じゃあ行くぞ!」
少年には見えなかったが、にかっとバクーは笑って、大股で歩き出す。
路地から出ると、まだ外にいる貴族達の、ひそひそと話す声が聞こえる。
それは少年を見て言っているのだろう。それを感じて、少年は嬉しい気持ちがしぼんでしまった。
「・・あぁん?何だおめぇらコソコソと・・文句があるなら堂々と言え!」
少年の気持ちを感じ取ったのか、バクーは少し声に怒気をこもらせながら、
貴族達に近づく。貴族達は驚いて、すぐに逃げた。
「ふん。意気地なしが。」
バクーはふんっと鼻を鳴らす。
「・・気にすんなよ。オマエさんはオマエさんだ。」
そして、バクーはそっと優しく、少年に言葉をかける。
自分をかばってくれたことに気がついて、少年は、返事代わりにぎゅっとバクーの服を握る。
雨が降る街を歩き、門番兵の側をすり抜け、やがて街の外に出た。


少年は息を呑んだ。


雨のせいで、少し色は霞んで見えるが、街の風景よりも、
はるかに美しく、やわらかい若草色の絨毯が広がっていた。
少年は街から出たことがなかった。出ようとしたこともあったのだが、
門番兵に邪魔され、出れなかったのだ。
やわらかい緑色に包まれながら、2人は歩く。
(少年は背負われているので実際は歩いていないのだが)
上を見ると、雲に包まれながらも、鈍く輝く太陽が見える。
少年が覚えている、『青い光』とはまったく違う輝き。
西の方角だけは晴れていて、白く流れていくもの、そして蒼く広がるものが見えた。
それがとても目新しく、美しくて。思わず見惚れる。雨に濡れている体の冷えなど、気にしない。
「飛空挺まであと少しだから、じっとしてろよ。」
バクーがそう言っていたが、少年は聞いていなかった。
きょろきょろと辺りを見る。上を見て、下を見て、横を見て・・。
少年の目は、めまぐるしくあちこちに動く。
「・・・?」
もう一度目が下にいったとき、少年は何かを見つけた。
「うわっ!こ、こら!暴れんなって言ってんだろ!」
それが何故か少年の心を何よりも惹きつけ、少年はそれに近づきたくて、
バクーの背中の上で暴れ始めた。それをバクーが慌てて抑える。
「どうしたんだよ?」
「・・・あれ・・。」
暴れる少年に、バクーが不機嫌そうにそういうと、少年はすっと手を何かに向けた。
バクーはその指と、少年の視線の先を見て、気がついた。
「・・ああ、あれか。」
理解して、バクーはふっと表情を緩め、そっと少年を降ろすと、それに向かって少年は走った。
(実際は、ふらふらとしていてとても危なっかしい)
少年が止まったところの足元にあったものは、一輪の、小さな黄色い花。
しゃがみこんで、それをつんつんと触る。
少年の指に合わせて、その花は動く。
「・・それが気に入ったのか?」
バクーにそういわれて、少年は振り向き。ただじっとバクーを見つめた。
唇が、「・・うん。」と小さく動いた。バクーが微笑む。
「それはな、『ダンデライオン』って言うんだよ。ちっちぇけど、とっても綺麗だろ?」
「ダンデ・・ライオン?」
「そうだ。『ダンデライオン』だ。」
名前を聞いて、少年は視線をダンデライオンに向ける。
当たる光は鈍いが、それでもきらきらとダンデライオンは輝く。
その明るさは、何かに似ている。何に?・・答えはすぐに見つかった。
同じなのだ。あの笑顔と。
ダンデライオンが少年の心を惹きつけたのは、それが理由だったのだろう。




この花みたいになりたい。
暗い中でも、輝き続けるこの花のように。
温かな笑顔を見せてくれる、このダンデライオンのように。




・・いつまでもこの花を見ていたいような、そんな気に駆られた。
しかしそこではっと気がつく。
今は雨が降っていて、自分の体は雨に濡れている。
もちろん、このダンデライオンも、雨に濡れているのだ。
「・・何やってんだ?早く行くぞ。」
しばらく少年から視線をはずしていたバクーが、少年を見て、首をかしげる。
少年は、ダンデライオンを守るように、自分の体で、ダンデライオンに雨が当たらないようにしていた。
「風邪引くぞ。ただでさえ体が冷えてんのに・・。」
バクーが手を差し伸べたが、少年はふるふると頭を横に振った。
少年は、ダンデライオンを守りたかった。
こんな明るくて綺麗な、温かい花に、冷たい涙を流させたくない。
あの時の自分ような涙を、この花は知らなくたっていい。
バクーをじっ・・と見つめたまま、頑として動こうとしない少年に、
困ったようにがしがしと頭をかいてから、バクーはふっと笑った。
「・・オマエさん、変わってるな。・・・でも、そういうところ、気に入ったぜ。」
そういってバクーはにっと笑ってからしゃがみこみ、ダンデライオンの根元の土をどかし始めた。
「!?」
少年は驚いて、ダンデライオンに何かされるのを拒み、それを止めようとしたが、
バクーは「黙って見てな」といって、無理矢理少年の手をどかした。
バクーの大きな手が、ダンデライオンの根を掘り起こす。
少年は、それを不安そうな目で見る。



「ほらっ。」



少しして、バクーは、根っこごと掘り出したダンデライオンを、少年に見せた。
自然に出た小さな両手の手のひらの上に、小さなダンデライオンが置かれる。
掘り出されたことで初めて見えた、白くて細い根っこ。
こんなに細いのに、しっかりとダンデライオンを支えていたのだ。
「摘むって言う手もあるんだけどな、それだとこの花は、早く死んじまう。
 だから、こうして根っこからとってやるんだ。」
少年は、ダンデライオンを泣かせないようにしっかりと抱えて、バクーを見て、不器用に感情を表現した。
その表情は、『微笑み』とは到底呼べそうもないが、それは少年にとっての『微笑み』だった。
それを見たバクーはうんうんとうなずき、満足そうに笑って、少年をまた引っ張って歩き出した。
雨は、いつの間にかやんでいて、すっきりとした青空が見えた。







少年は、ずっと大事にその花を持ち、帰ってから、バクーに連れられ、
庭と呼ばれる場所にダンデライオンを植えてやった。
そのほうが、ダンデライオンは嬉しいからだと、バクーは言った。
「きっと来年は、仲間を増やしてくれるぞ。」
バクーがそういって、嬉しそうに微笑んだ。少年もつられる。



「ダンデライオンは死なないんだ。もしダンデライオンが顔を見せてくれなくなっても、
 それは、来年の春にまた会おう、って言って、ちょっと眠るだけなんだ。」



その後にバクーはそう付け足した。
飽きもせずに、バクーは、たった一輪のダンデライオンの側で、
ずっとダンデライオンの話を少年に聞かせてくれていた。
それを表情にはまだ出せなかったのだが、少年は嬉しかった。
バクーが、少年の心の涙の冷たさを奪い、温かさに変えた。
その様子を、ダンデライオンは、柔らかな風に吹かれながら、優しく見守る。
それもまた遠い記憶とはなったが―――――――




















また今年も、春がめぐってきた。






「涙の理由を知ってるか・・俺にはわからないが・・」
歌声が聞こえる。
金色の化粧を施した庭に、温かくて、優しい歌が、静かに響く。
その歌声を、一面に咲くダンデライオンは聴いている。
またあの時の少年に会うために、今年も咲いてくれたダンデライオン。
風の音楽と、歌声に合わせて、まるで踊るように揺れている。
その姿はどこか、嬉しそうにも見えて。



「ジタン!」



そう呼ばれて、ジタンは振り返った。
黒髪で、ジタンと同じくらいの歳の少女が走ってきた。もちろんダガーだろう。
「どうした?」
「いえ・・バクーさんに聞いたら、ジタンがここにいるっていうから。・・すごいわね、ここは。」
ダガーは、一面に咲くダンデライオンを見ながら、感嘆の息を漏らす。
ジタンが嬉しそうに、にっこりと笑った。
「・・ダガーは、この花の名前、知ってるか?」
ダンデライオンをなでながら、ジタンが言うと、ダガーは悲しそうに首を横に振った。
ジタンはそれに驚くこともしない。
「・・城には咲いてなかったのよ。」
「だろうな。薔薇とかに比べれば、やっぱり雑草、って言われちゃう花だからな。」
「そんな・・。」
ダガーが寂しそうな顔をする。
城で育てられるのは、やはり薔薇や百合のような、すばらしい花だろう。
それに比べれば、ダンデライオンは小さく、地味だ。
そう思いながらも、でもな、とジタンは言った。
「オレにとっちゃ、どんな花よりもやっぱりこいつがいい。
 『小さな太陽』って感じでさ・・。」
微笑みながらジタンが言う。
蒼い瞳に映るダンデライオンは、きらきらと輝いている。あの時と同じように。
「・・じゃあ、その『小さな太陽』には、どんな素敵な名前がつけられてるの?」
ダガーも微笑み返した。うん、とジタンが頷く。
「・・『ダンデライオン』。」
「『ダンデライオン』・・。」
柔らかな風に吹かれながら、ジタンが言った。ダガーが反復する。
「エイヴォン卿の作品にもこれと同じ名前の物語があるんだよ。
 一匹の『ライオン』って呼ばれる、空想上の動物の話でな。
 その作品の中に、この花が出てるんだよ。
 ・・まぁその中には『ダンデライオン』じゃなくて『たんぽぽ』って書いてあるんだけどな。
 ・・ただ、物語にしては短すぎるし、エイヴォン卿自身もあんまり公に出そうとしなくてさ。
 世間にはあんまり知られてないんだ。
 オレは、どっからとったのか知らないけど、ボスがその本を持ってたからさ。」
「そうなの・・。」
どうやらダガーは知らなかったようで、目をまん丸にして聞いていた。
エイヴォン卿の作品をとても好んでいるダガーが、その作品を知らないことに、少しジタンは驚いた。
「・・それじゃあ、さっき歌っていた歌は関係あるの?」
「えっ・・聴いてたのか・・。」
ダガーがそういうと、ジタンはちょっと焦った。
照れているのか、頭を少し掻いている。
「・・歌はさ、その物語の中に出てるんだ。
 話のあらすじと『ライオン』の心情をうまく歌にしてあって、さすがって感じだよ。
 ・・でも音楽はついてなくて、ボスが勝手につけたんだけどな。」
照れ隠しに、ちょっと笑いながら言っている。
恥ずかしさのせいか、ジタンの頬がほんのり赤かった。
その姿が微笑ましいのか、可愛らしいのか。ダガーがくすりと笑う。
「・・いつかそれ、読んでみたいな。」
「ボスに言えば貸してくれるはずだぜ。すっごく喜ぶと思う。
 ボス、大好きだからさ、その話。『君の小鳥になりたい』と同じくらい好きなんだよ。」
ダガーがぽつりともらすと、ジタンはそう返す。
にかっと笑って言うその姿は、あの時のバクーの笑顔にも似ている。
そしてジタンとダガーは、お互いに微笑みあった。
「濡れた頬のあたたーかさは・・恐らくお前がくれーたんだ・・。」
視線をダンデライオンに移し、ジタンはまた、歌い始める。


大好きな歌を。


自分を包んでくれた人を思い浮かべながら。


あの暗い中でも輝いてた、たった一輪のダンデライオンを思い出しながら。









きらきらと輝きながら、その姿を、たくさんのダンデライオンが包みこんでいた―――――。

























Fin.













お世話になりました
ひまわりの小部屋/みか様



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