「つまずくなよ。」
「わかってるわよっ。」
馬車を連れながら、青がかった、長い髪を持つ少年と、栗色の長い髪をゆるく束ねた少女が、2人並んで歩いていた。
「お前、ホントーに可愛くねーな・・。」
少年がため息をついた。
「別にイルに可愛いと思って欲しかったことなんてないわよ。」
「またそう言う・・。」
その少年に、無表情のまま少女がぴしゃりと言い放つ。
その言葉に、少年はまたため息をついた。
「・・・まぁいいさ。早く行かないと。俺達、今はキャラバンなんだしな。」
すねたのか馬鹿らしくなったのか、少年は自分だけ歩くペースを上げた。
それに少しだけ驚いて、少女がそれにあわせる。



セルキーの少年、ラ・イルスと、クラヴァットの少女、ティエルは、
今、クリスタル・キャラバンとして、この街道を歩いていた。









「これだからクラヴァットって・・・!」










事は、自分達の村の唯一のキャラバンの少年が、瘴気で喉をやられ、ひどい風邪を引いてしまったことから始まる。
もともと住民が少ない村で、適当な若い人間が多くいなかったのだ。
その中でその少年は、たった1人でキャラバンをしていたのだ。
ラ・イルスやティエルは、家庭の事情等でキャラバンに志願できなかった。
ついてきてくれる仲間はおらず、たった1人で戦い、旅を続けていた今までが信じられない。


「ごめんね――――・・・・。」

栗色の髪を無造作に散らしたクラヴァットの少年――シオン――は、
ベッドの上で、苦しそうに、何度もそううめいた。時にはうっすらと涙をにじませて。
キャラバンである以上、瘴気に当たる機会はもちろん多い。
彼の心と体の隙をついて、瘴気は、彼の体を苦しめていた。
高熱がずっと下がらず、苦しそうな咳が、夜中に何度も聞こえた。
軽い嗚咽のようなものも混ざっていた気がする。
いつ回復するかも悪化するかもわからない状態では、もちろん旅に出すことなどできない。
シオンが1人苦しむ姿を見て、ラ・イルスが死ぬほど後悔しているのを、ティエルは知っていた。
何故旅についていってやらなかったのだろう。
自分がいれば、まだ疲労は少なかったかもしれない。
彼だけを苦しめることはなかったかもしれない。
ラ・イルスは、病弱な母親を守りたくて、そして錬金術の勉強に専念したくて、
キャラバンには参加しなかった。
しかし、そのせいで今大切な親友が苦しんでいるのをみて、いてもたってもいられなかった。
・・その様子をすべて、ティエルは知っている。
どれだけラ・イルスにとってシオンが大切か、知っているのだ。
いてもたってもいられないのは、ティエルも一緒であった。
何故って、ティエルにとっても、シオンは大切な親友だからだ。


そして当然のごとく、ラ・イルスはこの年のキャラバンに志願した。


いつ容態がよくなるかわからない。だから、任せきりにしていたキャラバンの使命を、代わりに果たすことにしたのだ。
それがせめてもの罪滅ぼしだと信じ。
親友と同じように、ラ・イルスが1人で旅立とうとすると、ティエルはそれについていった。
ティエルがついていくといったときに、ラ・イルスは猛反対していた。
それでも、ティエルはついていくといった。

私もどうしても行くのだと。

ラ・イルスがティエルを拒んだのは、1人の方が気楽だからとか、足手まといはいらないとか、そういう理由ではない。
ラ・イルスは彼女を危険な目に合わせたくなかった。
シオンと同じような目にあわせたくはなかったのだ。
責任を感じているラ・イルスは、傷つくのは自分1人でいいと考えているようだった。
自分を心配してくれるのは嬉しかったが、ティエルは、やっぱり1人で行かせることなどできなかった。
ティエルも同じように、ラ・イルスに、シオンの二の舞を踏んで欲しくなかった。
そして何よりも、彼の側にいたいというのが一番だ。
言い忘れていたが、ティエルは、幼少の頃より、一途にラ・イルスを思い続けている。
愛しい人の側にいたいと思うのは当然のことである。
複雑に絡み合った思いから、ティエルは、渋るラ・イルスにとうとう折れさせ。


そして結局、今に至る。







「シオン・・平気かな・・。」
街道を2人で歩いていて、突然、ぼそりとラ・イルスがつぶやく。
その瞳はあまりにも寂しそうで。ティエルは言葉を返せなかった。
シオンは、ラ・イルスの親友であり、ティエルの親友だった。
その親友は、今、村でただ1人苦しんでいる。
もう1人の仲間と、シオンの家族が、必死に看病をしているはずだった。
うつむくラ・イルスに、「きっと大丈夫」なんてことは言えなかった。あまりにも軽々しすぎる。
・・・・大丈夫だと信じていたい。
考えたくもない最悪の結果がもし起きたら、今自分の隣で歩く少年は、壊れてしまうだろう。
それだけは確かだと、ティエルは隣で思っている。
言葉を返せない代わりに、自身も感じる不安を抑えるように、
ティエルは、ぎゅっとラ・イルスの手首にあるファーを握った。
それに気がついて、いつの間にかぼんやりと空に向けていた視線を、ラ・イルスがティエルに向けた。
「わりぃ・・暗くなっちゃったよな。今はキャラバンに専念しなきゃ、だよな。
 もしオレ達まで倒れたりしたら・・・シオンは・・・。」
そこまで言って、ラ・イルスは黙り込んだ。ティエルも黙る。
ラ・イルスの腕に抱え込まれたクリスタルケージには、もう1/3ほど、ミルラのしずくが入っていた。
キャラバンの旅は、想像以上に辛い。
2人でも辛いのだから、1人でやっていたシオンは、どれだけ大変だったのだろう。
いつでも明るい表情で帰ってきて、旅立つときは嬉しそうだったシオン。
いつの間にかそれに安心してしまって、彼の体をあまりにも気遣っていなかった。
甘い。甘すぎた。ティエルは悔しさに唇をかむ。
シオンが苦しむことで、ラ・イルスも苦しんでいるし、ティエルも苦しい。
おそらくもう1人の親友も苦しい思いでいるだろう。
せめて隣にいるラ・イルスだけでも慰めてあげたい。しかし、それはできなかった。
己の無力さを感じ、ぼーっと、ティエルは空を見上げた。
暗く複雑に、いろいろなことが絡み合っている心とは裏腹に、空は恨めしいほど晴れていた。






「・・ティー、構えろ。」
突然、はっとしたようにラ・イルスが低く、声を漏らした。
ぴぃんと、近くの空気に、緊張の糸が張った。
ただならぬ様子にティエルが視線をラ・イルスに向けると、彼の瞳は厳しかった。
その視線は―――――街道の脇にいる、魔物に向けられていた。
「!?」
あまりにも突然なことに、一瞬脳が迷った。
しかし次には、ティエルは剣と盾を構え、ラケットを構えるラ・イルスが前に出る。
自分を守る為に、当たり前のように前に出るラ・イルスが頼もしく、嬉しい。
「街道に出るなんて・・。」
「街道は街道警備隊が守っているはずじゃなかったのかよ・・!」
ティエルはぼそりと、不満を漏らした。
旅人の安全を守ると決めた街道警備隊が、街道をずっと守っているはずなのに。
何故ここで魔物が出るのか・・。
今初めてキャラバンをやっている自分が言うのもなんだが、不甲斐ないとしか言えない。
ラ・イルスも気持ちは同じらしく、ため息をつきながらケージを地面に置く。
村の生命線で、とても大切なものだが、ケージを持っていた状態では戦えない。
動ける範囲はかなり限定されるが、仕方ないのだ。
ケージを持っていては敵にも狙われやすい。
そして今目の前にいる敵は――――グリフォン。
大きな体をした鳥だが、意外にも攻撃するときの動きはすばやく、
少しだけなら飛んで、遠くにも攻撃を与えられる。厄介な敵だった。
紺と白の羽が、わさわさと、グリフォンの動きに合わせてうごめく。
鋭いにらみが、ラ・イルスとティエルに向けられていた。
緊張に張り詰めた空気が流れる。
「・・援護頼むぜ!」
深呼吸をして、一息おいたあと、グリフォンに、まっすぐに目を見据える。
だんっと地を蹴り、ラ・イルスは走った。ティエルも剣を握る手にぐっと力を入れる。
街道に魔石はないため、ティエルは自分が得意な魔法を使えない。
どこかに、魔石がなくても魔法が放てるようになるアーティファクトがあるらしいのだが、
そんな便利なものを、自分達は持っていなかった。
ラ・イルスはまっすぐにグリフォンに向かい、大きく振られ、自分に向かってくる尾を、ラケットで跳ね返す。
すばやく背中に回りこみ、一発叩き込んだ。
反撃を避けるために一度後ろに飛ぶ。案の定、ラ・イルスがついさっきまでいた場所に、土ぼこりが上がった。
グリフォンが、鳥にしては太い足で地面を叩いたのだ。
戦うときも美しく、舞うように敵を翻弄するラ・イルスの様に見惚れそうになる。
セルキー全員が持つ美貌と、流れるような青がかった灰色の髪がなびいて美しい。
しかし見惚れるなどという悠長なことをしている場合ではない。足手まといにはなりたくない。
グリフォンの攻撃が終わった隙を突いて、後ろからティエルがグリフォンを切りつける。
ギャッ、という鋭い悲鳴がグリフォンから上がった。
それと同時にグリフォンがティエルのほうに振り向く。
自分よりも大きな魔物を正面から見て、睨まれると、ティエルは少なからず恐怖を感じた。
経験が足りないのだ。初心者も初心者。当然といえば当然だ。
しかし魔物は初心者に対して容赦はしてくれない。
肩が震えたが、今は怖がってはいられない。負けじと睨み返すと、すぐにグリフォンからまた悲鳴が上がった。
グリフォンの隙を逃さず、かつ視線をティエルから自分に向けるために、
ラ・イルスが再び走り、強烈な打撃をグリフォンに叩き込んだ。
グリフォンがラ・イルスの方を向くと、ティエルがまた斬り付ける。


イルが守っていてくれるうちは平気だ―――


圧倒的な安心感があった。盾があって、自分のほうが防御が高いのだから、
攻撃は自分が受けるべきだった。しかし、ラ・イルスはそうさせない。
必ず攻撃の対象をティエルから自分に向け、ティエルを守っている。
今も、グリフォンがティエルに攻撃を定める前に、ラ・イルスはグリフォンを繰り返し叩く。
恐怖ははがれ、ティエルも攻撃する。反撃する隙も与えず、2人は攻撃した。
さっきも言ったが、街道に魔石はない。できるだけ遠距離戦や長期戦は避けたかったのだ。
手を休めず、何度目かの強烈な打撃を、ラ・イルスはグリフォンに食らわせると、
鋭い悲鳴を上げて、グリフォンが倒れた。
ふぅー・・と、ラ・イルスから長い息が漏れる。ティエルはぺたりと座り込んだ。
安全なはずの街道でいきなり現れたモンスターとの戦いの緊張の糸が切れたのだ。
自分でも情けないが、どうやっても立てないので、そのままにする。
ラ・イルスはラケットで自分の体を支えて、休む棒にした。
「・・立てるか?」
ラ・イルスは数秒休んで、ティエルのほうに向かって歩き、手を差し出したが、
あえてティエルはその手をとらず、何とか自分で立ち上がった。
手を差し出してくれたのは嬉しいのだが、その手をとるのは照れくさい。
ラ・イルスは「ま、それでもいいけど」とつぶやき、
ケージを拾い、目の前で繰り広げられた戦闘に、びくびくとしていたパパオをなだめた。
「じゃ、行くぞ。」
ラ・イルスが言うと、ティエルはうなずいた。
馬車を引くと、それから少し離れて、ティエルはついていく。
早くこの場から離れたい。その手にはまだ剣と盾が握られたままで、微妙に汗がにじんでいる。
・・・そしてグリフォンは、まだ消えることなく倒れている。


そう、消えることなく、だ。



・・・考えが甘かった。



その数秒後、ティエルの表情が氷のように固まって。
「イル!!!!」
「は?」
悲鳴に似た声を出すティエルを、不思議に思いながらもラ・イルスが振り向こうとすると。


目の前で、ティエルの体が、グリフォンの強烈な尾の攻撃に飛ばされた。
みしっ、という嫌な音が、肋骨のあたりから聞こえた。えほっ、と声が口から漏れる。
少し離れて、がしゃんと言う音がし、同時にティエルが地に落ちる、どさっと言う音もした。
ティエルは剣と盾を手から離して、ラ・イルスに向かってきていたのだ。
意外にも痛みが大きく、すぐには動けない。盾ぐらい持ったほうがよかったか、
とティエルは後悔したが、それでは今の攻撃に間に合わなかっただろう。
「ティ・・。」
ラ・イルスは声がでなかった。ティエルに何で剣と盾を手放したのか、と声を荒げることもできない。
かといって、3mほど軽く吹っ飛ばされたティエルの元に駆け寄ることもできない。
ラ・イルスはラケットをもう一度ぎゅっと握り、グリフォンを睨んだ。
そのグリフォンはふらついていたが、やっと一発攻撃を加えられて、鳥のくせに笑っているように見えた。
ティエルはもちろんわからないが、ラ・イルスの腹の底から、ふつふつと冷たい炎がわいて。
「・・てめぇぇっっっ!!!!!!!」
ラ・イルスは怒り、グリフォンに向けて一直線に走った。
歴代キャラバンから見れば、この動きはあまりにも無謀だ。
しかしそんなことを考えていられるほど、ラ・イルスに余裕はなかった。
それだけ動揺して、冷静な判断ができていなかったのだ。
そして倒れたティエルの姿は、親友のシオンにも重なり。
・・ラ・イルスはグリフォンの懐に突っ込み、ラケットを両手でぎゅっと握って、
強烈な打撃を、もう一度グリフォンの頭に叩き込んだ。
グリフォンの頭の骨が砕ける音がし、悲鳴も上げずに、完全にグリフォンは息絶えた。
じゅうっ、という音と共に、グリフォンは消えた。
逃げる元気も、抵抗する元気もすでにグリフォンにはなかったらしく、
もがくこともせずに、グリフォンは消えたのだ。
はー、はー、と息を吐いた。がたがたとラ・イルスの手が震えている。
ばっとティエルのほうを向き、ラケットを投げ、ティエルの元に駆け寄った。
「ティー!ティー!起きろ!!」
ラ・イルスがティエルの体を抱き起こすと、咳き込みながら、ティエルは目を開けた。
「イル・・。」
ティエルがそうつぶやくと、安心したのか、ラ・イルスがティエルをきつく抱きしめた。
ティエルは、心の底から嬉しかった。
守られてばかりだった自分が、大切な人を、守ることができた。
そして、こんなにも自分の心配をしてくれる。
攻撃されたところが痛いはずなのに、甘い喜びが湧き上がってくるのを感じていた。
「この大馬鹿野郎ッッ・・!」
ラ・イルスが言葉を搾り出した。怪我するのはオレでよかったのに、と付け足して。
ティエルはそれが嫌だった。
確かに守ってくれるのは嬉しいし、安心するが、やはり自分が守りたい気持ちもあった。
守られるより守りたい、というのが、クラヴァットの性なのか。
ラ・イルスの瞳からは、安堵と、怒りと、悔しさが混じって、涙がこぼれた。
冷たいものがラ・イルスの頬から、ティエルの頬に伝った。




「これだからクラヴァットって・・・!」




また搾り出すように、ラ・イルスが声を出した。その先は聞こえなかった。
いや・・出せなかったのだろう。


自己犠牲。『温の民』と言われるほど、優しいクラヴァットがすること。
他人を傷つけるぐらいなら、自分が傷つくということ。


「自己犠牲なんてやめろ・・!」
「・・ごめん・・・。」
ラ・イルスが言うと、ティエルもそうつぶやいた。


他人から見た自己犠牲ほど、後味の悪いものはない。とてつもない罪悪感に襲われるからだ。
ぼーっとしていたのなら悪いのはぼーっとしていたほうだ。
攻撃を食らったって自業自得。
しかし何故、ぼーっとしていた自分でなく、彼女が傷つかなければいけなかったのか。


ラ・イルスは自分の甘さを呪った。
魔物が倒れたからといって安心してはいけない、魔物がその後消えないと、
魔物を完全に倒したことにはならないのだ。
それを忘れていたがために、気を抜いて、ティエルを傷つけてしまった。
「ごめん・・・ごめんな・・・。」
ラ・イルスが、ティエルの肩に顔をうずめる。
ティエルは脇の痛みをこらえながら、その頭をそっとなでた。
「・・でもね、イルが無事でよかった・・。」
自然とその言葉が出る。彼を守れたとき、ティエルは心底安心したのだ。
攻撃を受けたとき、痛みにはうめいた。しかし、同時に自分が微笑んでいた気もする。
そしてその言葉を聞いて、ラ・イルスはティエルの肩にうずめていた頭を、ティエルから離した。
微笑むティエルに、ラ・イルスはどうしていいのかわからなかったようで。
呆れとも怒りとも安心とも言えない気持ちを、どうしていいのかわからなかった。
「グリフォンがイルに攻撃しようとしたとき・・。どうしようもなく怖くて・・・。
 思わずね、盾も剣も投げ捨てて走った・・。間に合ってよかった・・。」
無謀だといわれればそれまでだ。
いつも守られて安心しているのに、今回は何故か守りたかった。
それは何よりも、ラ・イルスが攻撃されようとされていたからだ。
いつも魔物の攻撃は、女であるからか、ティエルに向けられることが多い。
ラ・イルスに自ら突っ込んでくる魔物は少ないのだ。
そのラ・イルスに、グリフォンの尾が向かってきたとき、反射的に足が動いた。
それはやっぱりクラヴァットの性なのだろう・・ティエルは思った。
シオンだってそうだったのだろう。
自分達を辛い思いにさせないために、いつも明るく振舞っていたのだろう。
たとえ、どんなに苦しくても。
そう思って、ティエルは唇をまたかんだ。
同じクラヴァットの気持ちすら、汲んでいなかったのだと。
「・・・・・しょうがねぇやつだな・・ホントに・・・。」
「なっ・・ちょっ。」
黙っていると、ラ・イルスはティエルを抱えて、立ち上がった。
・・・・俗に言う『お姫様抱っこ』で。
今までずっと抱かれていたのに、何故か突然恥ずかしくなって、ティエルは暴れ始めた。
「降ろしなさいよっ・・。自分で歩くから、このぐらい!」
「アホかっ。こういうときぐらいおとなしくしてろ!」
そういわれると、痛みが肋骨に走った。暴れても、ラ・イルスは降ろしてくれない。
暴れると、肋骨が痛んで涙が出る。
さっきまではあまり傷んでいなかった気がするのに、
急に痛み始めたのは、安心したからなのだろうか。
どうしようもなく恥ずかしいのをこらえ、おとなしくすることにした。
ラ・イルスから必死に目をそらすが、顔が熱いのが自分でもわかる。きっと真っ赤なのだろう。
それをラ・イルスには見せないようにする。
・・ティエルにはわかっていないが、暴れたり顔を赤くできる余裕があるので、ラ・イルスは安心していた。
これでティエルが気を失っていたりしたら、ラ・イルスは後悔するどころではなかったかもしれない。
しかしこんなときまでも意地をはるティエルに、ため息をまたついて、ラ・イルスは馬車の中に入った。
「ほら、食っとけ。」
そっと降ろされ、ラ・イルスはティエルの好物のしましまりんごを差し出す。
ティエルは今度は素直にそれを受け取って、かじった。
「ケアルがあれば早いのに」と内心思いつつ。
しかし繰り返すが、今ここは街道であるため、魔石はもちろんない。馬車には食べ物ぐらいしかなかった。
ラ・イルスが馬車から出る。多分、ティエルが落とした剣と盾、そして投げたラケット、を拾うためだろう。
順番に物を拾い、ラ・イルスは、ティエルが倒れていた場所にあったケージを拾う。
それらをすべて持ち、馬車の中に入る。そして馬車を動かした。
しゃりしゃりと音をたて、ティエルはしましまりんごをかじっていた。
それぞれの武器をしまって、ラ・イルスはティエルの隣に座る。ティエルが少し距離をとった。
「・・・お前が倒れたとき、生きた心地もしなかったぜ・・。」
ラ・イルスはそのティエルの肩をつかんで、ぐっと自分のほうに引き寄せる。
元に戻りつつあったティエルの頬が、また真っ赤になった。
それは引き寄せられたということだけでなく、ラ・イルスが言った言葉にもある。
危うくしましまりんごを落としそうになりながらも、ひそかな抵抗をティエルはした。
しましまリンゴをかじって、少しは体力が回復したのだ。
・・ティエルが倒れるまで、妙に時間がゆっくりだった気がする。
失くすかと思うと、とても怖くて、ラ・イルスはその不安を蹴散らすように、グリフォンを思いっきり殴ったのだ。
だから今も隣にティエルがいて、体をラ・イルスから離そうとしている姿を見ると、とても安心した。
「クラヴァットってのは・・本当にしょうがねぇなぁ・・。」
誰がクラヴァットに、『自己犠牲』などという性格をつけたのか。
今日何度もしたため息を、もう一度する。
自分をかばって彼女が倒れることなど、もう2度と見たくない光景だ。
・・・・しばらく2人とも黙る。
馬車が揺れるゴトゴトという音と、抵抗をあきらめたティエルがしましまリンゴをかじる音以外は何も聞こえない。



「・・今度はオレが守るからな。」
少しして、ラ・イルスがぽそりとつぶやいた。
「それよりもまず、自分を守ってよね。ぼーっとしてるんだから。」
何度真っ赤になったかわからないが、今の言葉で、
ティエルの顔は今日最高に赤くなっているはずだ。
どうしようもない恥ずかしさと嬉しさで、ついついそういう言葉が出る。
倒れていたときの、あのかわいらしい言葉はどこに行ったのか。
またも意地を張っている。ラ・イルスはため息をつきたくなったが、しないことにした。





隣には、ぬくもりがある。
それだけで安心した。








そのぬくもりが、お互いから奪われることがないように――――――






















Fin.









* * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * *
シオンが主人公以外の初の作品。
『愛★クラヴァット祭り』様にて投稿させていただいたものです。
クラヴァットの『自己犠牲』をテーマとし、うるろんで書かせていただきました。
むぞフィオ以外のCPを書いたのは初めてだったのですが、とっても楽しかったです。
戦闘描写はまだまだ精進する必要がありますが(汗)

クラヴァットの自己犠牲、する側とされる側の両方の視点で書いてみましたが、
何かごっちゃになってかえってわかりにくくなってしまったのが難点です。

ついでに、ティエルはラ・イルスが好きですが、
ラ・イルスはまだ彼女を好きではないのです。
大切な仲間だから、守りたかっただけなのです。

そして今回シオンは出番なし(汗)
4年目はひっどい風邪にやられてしまったのです。
だからラ・イルスとティエルが肩代わりです。
作中の『もう1人の仲間・親友』はリ・ティオのことであります。
ここの設定を知らない人でも楽しめるように、ということで、あえてリ・ティオの名前は載せませんでした。
リ・ティオ視点から、シオンの様子も書きたいと思っています。

素敵祭りのおかげでずいぶん楽しめましたし、大好きなうるろんが書けました!
作品としてはうーん・・な部分もありますが、これから精進したいと思います。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。



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