SSS(クリックするとジャンプします)
魅惑の彼女(時:外側の大陸到着後 ジタン+ダガー)/まんじゅうにつめるもの(時:ブルメシア到着前 ビビ+クイナ)
すべてに置いていかれても(時:EDから数十年後 ジタン+エーコ)/君の…に触りたい(時:EDから数年後 アレクサンドリア城モブ)
独占欲(時:マダイン・サリ出発時 ダガー独白)

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魅惑の彼女

ふに。

「きゃああ!」
「あだっ!」
ダガーの平手打ちが決まる。手袋をしているとはいえ、なかなかの威力だった。
「ジ…ジタン!あなたって人は本当に!」
顔を赤らめ、拳を上下に振りながらぷりぷりと抗議の声をあげる。
「…ごめんなさい」
それに呼応して、ジタンが頬をさすりながら頭を下げる。
とりあえず謝ったので、拳を振ることだけはやめたが、代わりに腰に手を当てる。
「もう…何回やってるのよ…」
怒られた本人は、罰が悪そうにぽりぽりと頭を掻きだし、「いや〜…」と視線をそらした。
ダガーを見ているとついつい手が出てしまう。怒るダガーも可愛いと思ってしまうのなら尚更だった。…もちろん、あまりい手癖ではないことをわかってはいるのだが。
(でもなぁ、いい体してるんだよなぁ…)
そこまで来て、ふと頭に疑問が浮かぶ。
「そう言えばさ、ダガーはどうしてそんなに体のラインが出る服を着てるんだ?」
普段聞く機会などある訳ないから聞いてなかったが、とりあえず口にしてみる。話を反らしたと言えばそれまでだが、幸いダガーはそれを咎めることはなかった。
「これが一番動きやすいから、選んだのだけど…」
「いや、そりゃまーそうだろうけど…。…恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしい?どうして?」
「…… いや、見られるのにさ…」
「?服を着ているじゃない。
着替える時とか、お風呂に入る時は、いつも侍女が見てたし…」
乖離していく感覚の中、最後の言葉でようやく合点がいく。
そもそも、ダガーの服は体を「見せる」服でもあるのだから、体つきに自信でもないとなかなかできる服装ではない。
それを「動きやすいから」というだけで選べるのは、要するに「見られ慣れている」というのがある訳だ。
風呂も着替えも侍女がやるのだ。「体を見られるのは恥ずかしい」という気持ちが薄くなるのも当然だろう。
なるほど…と納得しつつ、まさかこんなところで貴族と一般市民の感覚の違いを味わうとは…と考える。
羞恥の問題だけでなく、体を強調する服装は、元々娼婦に多いものだ。
幸か不幸か、色香よりも気品が上回るため、ダガーが娼婦に見えるなどということはない。が、貴族同士の場ならともかく、市民が生活する場――特に夜――で、気が気でない時もあった。
豊満とは言わずとも、美しい曲線を描く体つきを見て、男が何も思わないはずがあるものか。
「…な、なに?」
じっとジタンに見つめられて、ダガーがもじもじと体を動かす。
「罪だなぁ」
「?」
呟いた言葉に、ダガーが困惑する。
「ジタン、罪って?」
どこまでも無垢なこの娘に、“劣情”などわかるものではないだろう。その定義を教えることすら憚られるほど、清純だった。
「ダガーが綺麗な体をしているから、ついつい触りたくなっちゃうってことだよ」
「なっ!」
顔を赤くして、体を守るように自分を抱く。
「うん、だから仕方ないんだ」
うんうん、とひとりで頷く。ダガーはその様子をじっと見ていたが、時間が経つにつれ微かに体を震わせ始めた。
「私のせいにするなんて…」
「ん?」
ジタンがその声に反応した時には遅かった。いや、とっさに身を翻せば間に合ったかもしれない。
だが、朱の差した頬と、恥ずかしさからか、うっすらと目尻にためた涙が見えてしまった。
その瞬間、一瞬ではあったものの、ときめきなんて綺麗な言葉では言えない感情に、心臓をつかまれた。
「ジタンのばかぁぁっ!!」
結局、自分の劣情のせいで、もう一発ダガーに叩かれる羽目になったのであった。

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ダガーのあの体のラインがきっちり出る服装は、10代のジタンには目に毒だと思います(笑)
王族は「見られること」に抵抗ない感じがしますね。…といっても、セクハラの理由にはなりませんが。
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まんじゅうにつめるもの

「……ね、ねぇ、あの、クイナ?」
「ビビアルか。どうしたアルね?」
そわそわと落ち着かない様子で、仲間になってまだ間もないク族――クイナ――にビビが声をかける。
ピエロのような顔つきと、ずんぐりとした白い巨体は、見慣れぬ者からしたらちょっとした恐怖の対象ともなろう。
しかしビビは、仲間の中で誰よりもクイナに親近感を持っていた。
「クイナのお師匠さん?には知らないって言われたんだけど…」
躊躇からか、期待にせき立てられてか手をもじもじとさせながらも、聞きたくてたまらず口を開く。
「ヌ。クワンと言う人の話アルか?残念ながら私も知らないアルね」
「あ…、そう…」
しかし、自分で言う前にすっぱりと出鼻をくじかれ、ビビががっかりと落ち込む。
「ワタシに似ていると言うことはク族だと思うアルが、それならお師匠が知らないはずもないアルね」
「…うーん……。よく似てるのになぁ…」
顔を上げたかと思えば、まじまじとクイナを見つめるビビ。お互いの目にウソはないだろう。
いくら希望的観測があるとはいえ、知らないと言われればそれ以上何も言えない。
もう一度ビビは肩を落とした。
「ビビにとってクワンと言う人はとても大事なものだったアルか?」
このときクイナは、まだ「誰かにとって大事な人間」という定義を理解することができなかったが、
あまりのビビの落ち込みように声をかけずにはいられなかった。
「うん!ボクにいろいろなことを教えてくれたとっても優しいおじいちゃんだったんだよ」
「そうアルか」
実際、その後にビビが表情をとても明るくしたことは、とてもいいことだと思った。
「食への道を究めるって言ってて、最後には死んじゃったけど…」
思い出したのか、一瞬涙ぐんだようになったが、その声もクイナが心配する前に元に戻る。
「とにかく料理が上手でね、おじいちゃんの料理はいつもおいしかったんだ。クイナと同じくらい。
 特によく作ってくれたゴマ虫まんじゅうがおいしくて…」
「ゴマ虫まんじゅう?それがとてもおいしいアルか?」
「うん」
「フム…」
嬉しそうに語るビビから、興味深い単語が聞こえて、クイナは思わず反応する。
「ゴマ虫を買ったりつかまえたりしてね、それを生地…?の中に練り込んでつくるんだ。
 中身はあんこでね…」
「ヌヌ。と、とてもうまそうアルね」
クワンからゴマ虫まんじゅうへと話が変わって行くが、ビビは嫌な顔をすることなく、
逆に興味を持ってもらえたのが嬉しいのか、いつもよりはきはきとよくしゃべっていた。
身振り手振りを使いながら説明を聞くうち、頭でイメージできてきて、思わずクイナは涎を垂らしそうになる。
「お師匠がいろいろな料理を知ることもまた、食への道を究めるに必要なことだと言っていたアル。作ってみるアルよ」
「ええっ。でもおいしくできるのかな…」
「大丈夫アル。ワタシとビビがいれば完璧にできるはずアルよ。聞いたところ材料も集めるのは難しくなさそうアルな」
「う、うん…手軽に作れて、おいしいからってよくおやつに作ってもらってたぐらいだし…」
「なら決まりアルよ。すぐに取り掛かるアルね。お手伝いは任せるアルよ、ビビ」
「うん…わ、わかった…」
考えたらすぐ行動のクイナの様子に、あれよあれよと話が進んだことにビビは驚いていた。
しかし、クイナの料理での手際の良さ、そしてその料理の完成度を思い出し、
さらにまたあのおまんじゅうを食べたいと言う意識が打ち勝ち、クイナについていくことにしたのだった。

材料を探し、つくることは本当に難しくなかった。
ゴマ虫はゴマの草を探せばすぐに見つかったし、生地として使う小麦粉の類も店に行けばすぐに探せる代物だ。
レシピはクワンの手伝いをしていたビビの記憶が頼りではあったが、うろ覚えの個所も少なく、十分なものだった。
少ない調理器具を工夫を凝らしながら巧みに扱うクイナの姿は、一料理人として素晴らしいものであったし、
つたないながらも魔法やその記憶で一生懸命手伝うビビの姿は、微笑ましいものであったろう。

「…で、できた…」
「フム。完成アルね」
ほかほかとゆげを立たせるまんじゅうの完成品の前で誇らしげなクイナとは対照的に、ビビは半ば茫然としていた。
失敗した訳ではない。確かに中にはちょっと焦げたりしたもの、形が歪なものがあるものの、出来は上々だ。
「どうしたビビ、食べないアルか?」
「いや、食べる食べる…。でも、本当にできた…って」
さっそく一つ目をぱくつくクイナの横で、ビビはまだ動かない。
食べると言いながら手を出さないので、クイナは二つ目を取るついでに一つをビビに手渡す。
「ほっといちゃせっかくの料理がかわいそうアルよ。いただくアル」
「う…うん…。い、いただきます!」
思い切ってまんじゅうにかじりつくビビ。
「味はどうアルか?」
「とってもおいしい!」
顔を覗き込んできたクイナに(いきなり顔がぬっと現れたのでビビは少々驚いた)、今度は笑顔で返す。
「そりゃそうアルね。ワタシとビビが頑張って作ったアル。
 だから遠慮してるとワタシが全部食べてしまうアルよ」
「わっ、それはだめだってば。ボクもまだ食べるよ!」
満足気のクイナは、さらに三つ目に手を伸ばす。
言葉通り本当に全部食べてしまいそうなクイナに慌てて、ビビも食べるスピードを少しだけ速めた。

しばらくふたりでおいしそうにまんじゅうをぱくついていたが、その後かすかにビビが震え始める。
「どうしたアルね?のどにつまったアルか?」
「ち、ちがう…。ただ、なつかしくて、うれしいんだ…」
「フヌ?なつかしくてうれしいアルか?」
「なんて言ったらいいのかわからないんだけど…。また、こうやって食べられると思わなかったから」
声が震えて涙声になって行く。クイナはどうしたらいいのかわからず、ただ動きを止めるだけだった。
「おじいちゃん…」
とうとう、くすん、くすんとまんじゅうを持ったまま静かにビビが泣き始める。
クイナも慌て始めたが、ふとアレクサンドリアで料理長をしていた時のことを思い浮かべる。
「ビビ、おいしいものを食べた時は笑うアル。ビビのおじいちゃんのことはよく知らないアルが、きっとそう言うはずアル」
おいしい料理を食べれば、そのあと誰もが笑っていた。それを思い出して、クイナはもう一つまんじゅうを差し出しながらビビに言う。
泣いていたビビは、クイナとまんじゅうを見比べ、それを受け取った後に大きく頷いた。
「うん…ありがとう、クイナ」
そう答えて、涙まじりではあるものの笑顔をするビビに、
クイナは「自分が食べる」という以外にも、まんじゅうをつくってよかったと心から思ったのであった。

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クイナがクワンに似てるんだから、絶対にこの二人は何かあったと思って。
あまり友達と言う概念を分かってなかったクイナの表現が難しかったです…
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すべてに置いていかれても
※捏造設定(歳を取らないジタン)+死にネタです。ご注意ください。

彼女の部屋は、当然のごとくリンドブルムの最上層にある。
今のその部屋にはベッドに横たわる人間と、その看護をする人間以外には誰もおらず、
窓から穏やかな風が入ってきている以外はとても静かな空間だった。
その外でバタバタと走るひどく慌ただしい足音が聞こえて、ベッドの上の人間はその伏せていた目をうっすらと開けた。

「エーコ!!」

ばんと大きな音をたてて扉を開けたその男は、看護している人間に目をひそめられ、少しだけ罰が悪そうにした。
「いらっしゃい、ジタン」
そんな中で、ゆっくりとジタンに向けてエーコが微笑む。
「何もおもてなしできなくてごめんなさいね」
「ばかだな、何もする必要ないよ。オレとエーコの仲じゃんか」
残念だとばかりに眉を八の字にするエーコにそう言って、ささっとベッドの隣にしゃがみこむ。
布団の上に添えられていた手を握った感触に、ジタンは驚きそうになるのを必死にこらえた。
「……また、やせたな」
美しかった藍色の髪は色が抜けて白くなり、弾力のあった肌にはいくつもの皺が寄る。
昨日のことのように思い出せる、あの旅のときのエーコの面影はほとんどなかった。
「ジタンは変わってなくて嬉しいわ」
一方何の嫌味もなく笑うエーコの言う通り、ジタンはほとんど変わらない。
あのときよりは少し成長しただろう。しかしそれだけで、歳はエーコを上回るのにも関わらず白髪も皺もありやしない。
どう頑張って見ても、20代よりさらに上に見えることはなかった。
「とうとうあたしにも、ジタンより先に旅立つときが近づいてるのね」
「そんなこと言うなよ…」
自らの運命を悟ったのか、いっそ優しい口調のエーコと対照的に、ジタンは思わず首を横に振る。
城の人間もまるごと変わり、彼の伴侶も、旧友も、新しい友も、一番最初の家族も、
年齢不詳なあの料理長でさえ、すべてをジタンは見送っていた。
そして、自分より十も下の女の子にまで、とうとう置いていかれてしまうのか。
だが、そんなことを考えているとエーコより自分の心配をしているように思えて、自己嫌悪からジタンはもう一度首を横に振る。
「でもあたし、ちょっと嬉しいのよ」
それをどう受け取ったのか。小首を傾げたジタンに、エーコは笑顔で続ける。
「ジタンを見てると、あの旅をいつまでも、鮮やかに思い出せるの。
 あたしの大切な思い出が、目に見える形であるっていうのかしら」
エーコの笑みは深くなり、またわずかに強く手が握り返される。
「あたしもすっかりこんなしわしわのおばあちゃんになっちゃったし、アレクサンドリアもリンドブルムも変わったけど…
 それでも変わらないものがある。ジタンを見てると、そう思うの」
「エーコ……」
自然と、握る力が強くなる。
「置いて行く側がこんなことを言うのは重いかもしれないけどね。でも、ジタン。
 あたしを忘れないでね。ううん、みんなのことも、忘れないで。
 変わらないいいものがあるっていうこと、あたしの孫やひ孫たち、それから他の皆にも、教えていってあげてね。
 ジタンが今まで、あたしやダガーやビビ、おとうさん…いろいろな人に教えたみたいに」
こんな体であることを知ってから、覚悟はしていた。
しかし、置いていかれるのは想像以上に辛かった。
追いかけることもできる。その気になれば術はいくらでもある。
でも、今エーコが言ってくれている通りのことを、何よりジタンは伝えていきたいからこそ、それを必死に拒み続けている。
置いていかれるたびに揺れそうになる心を、今、エーコが優しく支えてくれている。
「…ありがとう。やっぱり、初恋の人がジタンだったあたしの目に狂いはなかったわ」
ゆっくりと、彼女が大好きだった笑顔で――その恋は、結局実ることはなかったけど――ジタンが笑う。
彼女にはそれだけで十分だった。彼女の中にある憂いを、すべて拭い去ってくれるような笑顔だから。
何も心配することはない。そう思えて、気が楽になるのだ。
「エーコ様」
表情で想いだけを伝い合っていくばくか。
それまでは一切口を挟まずにいた看護の人間が、扉を指す。その話し声から、誰なのかはジタンもエーコもすぐに分かった。
「ごめんなさい。それじゃ、家族と一緒にさせてくれる?」
申し訳なさそうにするエーコに首を振り、ただ、名残惜しそうにもう一度だけ手を強く握って、ジタンは部屋をあとにした。

それから数日後、エーコはこの世を去った。
穏やかな死に顔と今までの記憶が頭の中を繰り返しよぎって、ジタンの視界を何度もにじませた。
彼女の訃報を嘆くたくさんの人の声と、感謝を示す多くの贈り物が、少しだけ心を癒していくようだった。
「…オレ達がいなくなっても、それを覚えている誰かがいる限り、命は永遠につながっていく…」
自分が叫んだあの言葉を反芻する。我ながらいい言葉を言ったものかな、と思いもする。
(さよならじゃない。みんな記憶を預けにいっただけ。そしてオレが、命をつなげていくんだ)
立ち上る火葬の証が、風にながれて空へと消えていく。
その様子は、今まで見送っていった人たちが、彼女を迎えに来てくれたように思えた。
空はどこまでも晴れていて、きっとみんな笑っているんじゃないかな。ジタンはそう思った。
「大丈夫。オレは、独りじゃない」
まだ目の奥が熱い。けれど、笑顔なら笑顔で返したくて。ジタンはそう微笑んだ。

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とても書きたかった置いていかれるだけのジタンと、最後に残ったエーコの話。
雰囲気を暗くするのだけは避けたかった代物です。何とか満足いく出来になりました。
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君の…に触りたい

女が強い国、アレクサンドリア。
それ故なのか城の人間も女性が圧倒的だが、今の平和な世界で、過度の緊張が必要なこともまれであり。
基本、女性なのである。休憩時間ともあればおしゃべりに花咲いてしまうことも数多く、今日もその声が聞こえてきた。
「気になりますわ…」
侍女の一人が漏らす言葉に、うんうんと頷く顔ぶれは、侍女だったり兵士だったりいろいろだ。
「私としては、きっとふわふわで柔らかな感触だと思いますの」
「いえ、わたくしとしてはやはりすべすべとしたものだと思います」
どちらの言葉にも、それぞれ同意する人間がいて、どこまでも話は平行線である。
そんな想像上でしかない動きの無い話は、そこに現れた女性兵士によって動かされる。
「あら、私はジタン様のしっぽ、さわったことがありますよ」
「ええっ!?」
「どうやって??」
「ど、どんな感触でしたの?!」
口々に思ったことを言って詰め寄ってきたのにも臆せず、優越感からか胸を張る。
「私、ジタン様に騎士剣の指導をしてますのよ。
 その中でだんだん仲良くなって、ある時『気になるかい?』と仰って、そのまま触らせてくれましたの」
なるほど…と納得した雰囲気が漂い、次に気になる感触について、その雰囲気で続きを促される。
「それはもうもっふもっふのふわっふわ、あんなに柔らかい感触を物で例えることはできません!
 冗談まじりに『このしっぽで落ちた子もいるんだ』とか仰ってましたけど、それも納得できる代物で!」
感触を思い出したのか、手に頬ずりしながらまさに夢心地、と言った状態で語る女性。
羨望と嫉妬のようなものが混じった視線を向けながら、周りがため息をつく。
今アレクサンドリアでは、『ジタンの尻尾を触らせてもらえるかどうか』が一種娯楽として定着しつつあった。
端的に言えば暇なのである。平和な世だから…と言うと彼女たちの上官が眉を吊り上げるだろうが、暇なものは暇である。
ガーネットが城に帰ってきた後、軽く数年単位で皆が政や街の復興など、戦の後処理に追われる日々であった。
最近はそれが落ち着いてきているのだが、終わってきてみればきてみればで、やることがなくて仕方ない。
そんな時、前からガーネットの伴侶となるべく動いていた彼女の恋人、ジタンが女王に仕える人間としてリンドブルムから入ってきた。
今まで姿を見かけることは多々あれど、話す機会はほとんどなかった恋人は、格好の暇つぶしとされてしまった訳で。
その象徴が彼の“しっぽ”であった。
「本当にうらやましい話ですわ…」
「ええ。ジタン様ったら本当に仲良くなった人にしか触らせないようですものね」
ただそこにあるだけならここまでにはならかっただろう。
しかし、自他共に女好きとされるジタンがしっぽだけは頑なに触らせようとしないこと、
ガーネットやスタイナーなど彼と特に近しい人間なら触らせてもらえるらしいということ、
そしてその手触りが本当に気持ちいいことなど、噂があっという間に広がってこうなったわけだ。
「私も初日から触らせてもらえたわけではありません。
 それとジタン様はこうも言っておられました。『しっぽは弱点なんだ』と。
 私たちだって、親しくもない男にいきなりあられもない姿を見せたりしないでしょう?それと同じことなんだそうです」
「そう言えば、ガーネット様も言ってましたわ。あの方がジタン様と喧嘩をなされた時、
 怒ったガーネット様がしっぽを引っ張ったら、あれほど女に優しいジタン様が本気で怒ったらしくて」
あの二人が?という空気から、すぐにくすくすと小さく笑いが広がっていく。
「そう言われては仕方ないわね」
「たっぷり時間をかけるのがよさそうですわ」
「ええ、それが一番です。しっぽを触れるようになる頃には、私たちも充分にあの方を知ることができると思いますよ」
笑いが収まると、女性たちの間では結論が出たようだ。
最初はぎらついているようにすら思えていた瞳も、皆が優しくなる。
「あのガーネット様の伴侶ですもの、素敵な方に決まってますわ」
「素敵な方です。多くの人に慕われてるのも、女性に困ったことがないというのも納得できると思います」
「あら貴方、だいぶジタン様にほだされてしまったのではなくて?」
「多少なら目をつぶれるが、盗まれないように気をつけないとね」
「そ、そんなではありません!付き合えば分かることです!」
そこでまた笑いが沸き起こる。もう休憩時間も終わりに近い。そして、みなが別れ、自分の仕事場へと戻って行った。

「…オレはおもちゃにされてるんだなぁ…」
「しょうがないわ、ジタン。だってあなたのしっぽは確かに気持ちいいもの、みんなが気になる気持ちもわかるわ」
女性たちは気付きもしなかったろうが、同じく休憩をもらってこっそりと部屋にこもっていた二人が始めて声を出す。
ため息をつくジタンを慰める声に、ガーネットは笑いを混じらせている。
「で・も、きちんと部下に好かれてるみたいじゃない?」
「いいっ!?」
ちょっと拗ねたように彼女は彼の尻尾をつねるようにした。
反応を見て満足したのか、ガーネットはその部分を撫でる。そして、もう片方の手にブラシを持った。
「…彼女たち、『しっぽを触らせてもらえる』のが最上じゃなくて、
 本当に仲が良くなったら『ブラッシングさせてもらえる』なんて聞いたら、どんな風になるのかしらね」
「…今は勘弁願いたいな。オレと仲良くなる、ってのが手段になるのは」
「ふふ、そうね。今は皆にジタンを知ってもらわなきゃ」
ふわふわとしたしっぽをブラシで丁寧にすきながら、二人の時間もそうして過ぎていくのだった。


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多くの動物はしっぽを触られるのを嫌がるので、ジタンもそうじゃないかと。
自分でどうこうするのはともかく、他人が触るのはいくら女の子でも簡単には許さない、とか萌えます。
それなりに城の人間に愛されてる図が書きたかったものでもあり。まだこれからですが。
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独占欲

「…ジタンって誰にでも優しいのね」
「ジタンのそういうところ、好きよ」
自分でもものすごく棘のある言い方だったと思う。
しまったと言う心はあった。でも、それでも言うのを止められなかった。
言うことで気が晴れれば、すぐ彼のところへ謝りに行けただろう。
けれども、ダガーはそれで気が晴れるどころか、むしろ更に困惑していた。
(…どうしてあんなことを言ってしまったのかしら)
言われた本人であるジタンがどんな顔をしているのか、自分で歩き去ってしまった今ではわからない。
振り向いて確かめたい気持ちもあったが、それをする勇気は出なかった。
(ジタンが優しいのなんて、今に始まったことじゃないじゃないの)
一緒にいた時間はお世辞にも長いとは言えないと思う。
けれど、ジタンという人の人となりは、もう知っていた。
明るくて、行動力があって、判断が的確で、その揺るがなさが嫉妬さえ抱かせるほど頼もしくて、でも…
(優しいだけじゃないわ、相手が女の子なら…)
そこでちくりと胸が痛むのは何故なのだろう。
彼は女好きだった。最初こそ彼の甘い言動に恥ずかしさを覚えたが、それは自分にだけ向けたものではないことを、すぐに知った。
(酒場の子をナンパして、しかもそれを私にしたものと間違えるし、フォッシル・ルーでも突然現れたあの人に鼻の下を伸ばすし…)
そして、彼はエーコにも優しかった。
ダガーにするのと同じように彼女を守り、話し、歩く。そしてそんなジタンを知る度、エーコは彼に向ける視線を一層濃くしているように思えた。
ダガーはまだ本でしかその名称を知らないが、きっとこういうことなんだろう、というのはエーコを見ればすぐにわかる。
(なんだか、もやもやする)
胸にへばりつくものが気持ち悪くて、ダガーは美しい顔をゆがめる。
ビビにだって同じようにしているのに、エーコの時だとこんなにも気になるのは何故なんだろう。
(今まで、私にだけあんな風にしてくれたのに…?)
一瞬そんな風に思ったことに自分で驚いて、ダガーは思いっきり顔を横にぶんぶんと振る。
そして、さっきとは違う、悲しい顔のゆがめ方をした。
(わたし、エーコになんてことを思ってるの?あんなに小さな子に…)
もやもやの原因はよくわからない。でも、きっと今自分は最低なことを思ってる。
そんな自分が許せなくて、ダガーは思わず自分の両頬を叩いた。
結構思いっきりやったのに、手袋のせいか痛みはほとんど感じられない。
(ジタンだって悪くないはずなのに。どうして…どうして、こんな気持ちになるの?)
こんな感情が自分にあったなんて知らなくて。そんな知らなかった自分が醜くてしょうがない。
(わたし、酷い人間だわ)
どんなに頭を振っても、頬を叩いてもはがれないもやもやに、だんだんと気持ちが沈んでいく。
酷いと言えば酷いのだろう。ただ、それには理由があること。
本に美しく描かれるだけが“恋”ではなく、そこからつながる“嫉妬”という自分の醜さすら映し出すものなのだ、ということ。
自分をひどい人間と思うのと、これはそれを思わせる人のせいだと思うこと。彼女にとってはどちらがいいものなのか。
すべては、彼女が彼に抱く感情に気づくその日まで、結論を待たず続いてゆく。

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再会した後ジタンにはそっけないダガーですが、その前はジタンへの好意を確かに感じます。
エーコに多少嫉妬していたのでしょうが、ダガーならきっとそんな自分を醜いと強く思うと思ってこんな話に。
何でもかんでも自分が一番悪いのだと思うところが、酷い話かもしれませんがダガーの好きな部分でもあります。
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