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酒に濡れた花を見て(時:イプセンの城突入前 サラ→フラ+ジタン)/
二人しか知らない夜(時:ダガー断髪後 ジタガネ)
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酒に濡れた花を見て
「隣に座ってもよいか?」
わずかな数のろうそくの炎だけが店内を照らす小さな酒場。
度の強い酒を静かに飲んでいたサラマンダーの背後に、そんな声がかかる。
サラマンダーはその声に答えることはなかったが、逆に意に介する様子もないので、フライヤは遠慮なく隣に座り込む。
「静かでいいところじゃな」
客がほとんどいない酒場は、グラスがたてる音以外はほぼ静寂に包まれている。
ふと窓を見やれば、美しく輝く青い月と赤い月がくっきりと見えた。
「しかし、いつも夜ふらりといなくなると思えば、ここにおったとはな」
「…宿は落ち着かない」
フライヤの言葉に、ぼそりとサラマンダーが呟く。
一見脈絡がないように思えたが、フライヤにはその言葉の示す意味がすぐに分かった。
今、フライヤやサラマンダー達のパーティーは8人と言う結構な大所帯になっている。
それだけいれば必然的に騒がしくもなると言うもので、ただでさえ人とあまり接しないサラマンダーには居心地がよくないのだろう。
「まぁ、静かすぎる旅よりもよかろう」
「…俺にはあの煩さ、わずらわしいとしか思えんがな」
騒がしいメンバーを思い出し、くすりとフライヤが笑う。
今の自分達の旅路は決して楽なものではない。
そんな中で、騒がしくさえなれるあの明るさはちょうどいいと彼女は思っていた。
「だがお主、初めて出会った時よりはだいぶ溶け込んでおるように思えるぞ」
「…ふん、誰かさんのおかげでな」
同時に、サラマンダーは自分の居場所をうまく見つけられずにいるだけで、あの空間を決して嫌っている訳ではないということも、フライヤは薄々感じていた。
現に、フライヤの言葉に答えるサラマンダーには、どこかぶっきらぼうな照れ隠しが見えているように思えて仕方ない。
そこを突っ込んでからかったらどうだろうか、と一瞬思考が及ぶが、そこでちょうど酒が切れたことに気づく。
見れば、サラマンダーも一杯を飲み終えたところだった。ちょうどいい。
月とろうそくだけが照らす夜の下、酒を飲むと言うのも風流ではあるが、せっかく二人いるのだ。多少の余興が欲しい。
「ふむ。どうじゃサラマンダー。クアッド・ミストをして勝った方がおごるというのは?」
「…いいだろう。だが、カードは持っているのか」
「ここに少しだけならあるぞ」
サラマンダーもフライヤも勝負事はかなり好きな方だ。
武器を用いての手合わせもよいが、カードで熱くなるのもたまにはいい。
突然の提案にも関わらず、思った通り乗ってきたサラマンダーを見やりながら、懐から出したカードを切って行く。
もうそこから、勝負は始まっていた。
戦いをするうちに増えてきた酒を飲み、料理をつまみながら、二人は何度目かの戦いを終える。
「そしてこのカードをここに、っと…ふむ、私の勝ちじゃな」
「…くそっ」
勝敗は五分五分よりも少しフライヤが優勢と言ったところか。
落胆に少しだけ肩を落としながら、それでもきちんとサラマンダーはフライヤに注文を聞いた。
綺麗な桃色の酒がカクテル・グラスに注がれる。
「美しいものじゃな」
眼前に掲げたグラスはろうそくの炎でゆらめくように輝く。それを見つめるフライヤのエメラルドの瞳も。
それを前触れもなく一気に飲み干す。いい飲みっぷりだ、とサラマンダーは思った。
勝負に勝ってうまい酒を飲んで、ということで気分がいいのか、珍しくフライヤは鼻歌を歌い始める。
テーブルに置いたグラスさえ、指で軽く弾いて楽器にする。
サラマンダーには聞き覚えのない音楽だ。だが耳にすんなりと入ってくる。彼はその音を拒絶しなかった。
「…サラマンダー?」
何も反応しないことに気づいたか、フライヤがサラマンダーの方を振り向く。
気を損ねたか?とくつくつと笑うフライヤを見て、サラマンダーは自分が気を取られていたことに気がつく。
本気でフライヤに見惚れていたのだ。自分自身を理解した彼は、一種の自己嫌悪を覚えていた。
幸いフライヤの方はそれに気がついた様子もない。ただ、楽しそうにしているだけだ。
「勝利の美酒ほどうまいものはない。それが自分の懐を痛めないのならなおさらと言うものじゃ」
よく見ると、目がとろんとしている。
もう時間もいい頃だ。ということは、それだけの時間二人は酒を飲んでいたのだ。
「ふふ、よい気分じゃ」
「大丈夫なのか、お前」
声に妙に艶がある。そう感じたのを振り払うように、サラマンダーは強い口調でフライヤに問いかけた。
「馬鹿にするでない。私だっていい大人じゃ。これくらい、で…」
少しむっとしたように手をひらひらとしていたが、言葉を紡ぐうちにフライヤの身体が傾いてきた。
自分の向こう側に倒れそうになるのを見て、思わずサラマンダーはフライヤの腕を取って自分の方へ引っ張った。
抵抗もなくフライヤの身体がサラマンダーの胸にもたれかかる。
「おい、どうした」
サラマンダーの問いかけにも答える様子はない。軽く腕を揺さぶってみても、結果は同じだった。
正直、捕まえたはいいが次にどうすべきか、サラマンダーは考えあぐねていた。そこで。
「おやっさーん!強いのお願いなっ!」
最悪のタイミングだ。サラマンダーは思った。
豪快に扉を開け、静寂を突き破る高い声が酒場に響く。
いくら酒を飲み続けて酔いが少しばかり回っていても、忘れられる声ではなかった。
「ありゃ…。ご相伴にあずかろうと思ったら…オレ、邪魔だった?」
まっすぐフライヤとサラマンダーの元にやってきたジタンは、開口一番からからかいを隠さなかった。
サラマンダーが一瞬眉を吊り上げ、体をひねってジタンを見たが、それでフライヤがずり落ちそうになるのを見て動きを止めた。
反論するのもばかばかしい、と元の体勢に戻る。
「やれやれ…。フライヤってば気持ちよさそうに寝ちゃって。せっかく一緒に飲もうと思ったのに」
寝たのか。サラマンダーはやっとフライヤの今の状態を理解した。
よくよく聞いてみると、フライヤからは寝息が聞こえる。何故気付かなかったのだろう。
「フライヤって酒好きなんだけど、思ったより弱いんだよねぇ」
ジタンはフライヤの頭から帽子を取り、自分が被る。
そのおかげで、必然的にフライヤの顔がよく見えるようになった。
美しいエメラルドの瞳は閉じられ、酔いのせいかわずかに顔は上気している。心がさざ波を立てる。
「…でも、可愛いと思わないか?美人がこうしてあどけない表情で寝てるのは」
「…知らん」
フライヤの頬をつつき、ジタンはにやりといやらしく笑う。
問いかけには決して乗るまい、とサラマンダーは思ったが、フライヤの顔からは目を離せない。
ジタンが一気に酒を飲み干すのが視界の隅で見えた。
「さて、じゃあ行くか」
「…もう行くのか?」
「積もる話がある訳でもないのに、男二人で飲んで楽しいかよ。
元々オレは二人を探しに来たんだぜ。いつまで経っても帰ってこないからさぁ」
そのまま立ち上がって勘定を始めるジタンはつまらなそうだった。
そもそもこんな時間に来て、そこまで飲めるのと思ったのだろうか。サラマンダーには少々の疑問だった。
「フライヤ、どうする?宿まで運ばないと」
くるりと振り向いたジタンの笑顔は、明らかにサラマンダーの反応を楽しんでいた。
サラマンダーはジタンの言葉にどう反応しようともからかわれそうだと思い、何も答えず、また動かない。
先程の色っぽいフライヤの様子がなぜか頭に浮かんできて、慌ててそれを振り払う。
「…いや、やっぱサラマンダーには運ばせない。オレがやる」
その間にジタンはすべてを終えてしまったらしい。
余っていたフライヤのもう片方の腕をつかみ、あっさりとサラマンダーからフライヤを奪い取る。
「運べるのか?」
「バカにするなよ。今までフライヤとも何回か飲んだけど、最後は必ずオレが面倒みてたんだから」
確かに慣れた様子で、あっという間に意識を失っている彼女を抱きかかえてしまう。
さっき帽子を被ったのもそのためか、とサラマンダーは理解した。
「今までこんなフライヤを見られるのも…まぁ、たぶんフラットレイもだけど、オレだけの特権だったからな。
簡単に全部は渡さないぜ。フライヤはこれでとっても繊細なんだから」
「…そうか」
ふふん、と勝ち誇ったように笑うジタンに、サラマンダーはいらつきを感じずにいられなかった。
手放すのではなかった、と柄にもないことまで思ってしまった。
が、すぐにそれを後悔する。
「くくくっ、いいなぁその顔。見たことないぜ。…ま、頑張んなよ」
ジタンに笑われて、やっとサラマンダーは彼にからかわれたことに気がつく。
だがいまさら何をしても、どの道さらに彼の思い通りにはまってしまう。
そもそもどうしてこの言葉で怒るのか。それを考えて、サラマンダーはまた自己嫌悪に陥ってしまった。
結局何も出来ず、フライヤを抱えているのに、軽やかに歩くジタンの後ろ姿を見ているしかない。
いろいろなことに対する敗北感だけが、体にまとわりついていた。
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サラフラジタのトリオが好きなのと、サラフラを書きたくて。
フライヤが酒に弱かったりジタンが強かったりと、好みをこれでもかと詰めました(笑)
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二人しか知らない夜
「ダガー、今日は城の方に泊まるのか?」
「ジタンはどうするつもりだったの?」
ふと思い出したように言ったジタンに、ダガーは同じく質問で返す。
言われるまで思考の隅にすらなかったので、ジタンはどうなのだろうと考えたのだ。
「もともとダガーを探しに来ただけだったから、そこまで考えてなかったなぁ…
まぁ今からじゃあ遅いし、今日は宿屋にでも泊まるよ」
空は夕暮れ。これからリンドブルムに帰っても、夜中になってしまうだろう。
ダガーは、少々考え込んだあと、一人で深く頷く。
「…私も宿屋に泊ろうかしら」
「えっ?」
「城に戻る気もないのに、泊まるなんてこと出来ないわ」
首を横に振るダガーに、うーん、と唸りながらジタンが腕組みをする。
「そこまで考えることかなぁ…。
元々ダガーが女王様なんだし、一泊泊まるくらい、誰も何も言わないと思うけど…」
「…それでも、今はジタンたちのそばにいるって決めたのだし。
ここへ来たのも、これからのわたしのことをお母さまに伝えに来ただけだから」
ダガーは意外に頑固だ。ここまで言う以上、何を言っても城には泊まろうとしないだろう。
ジタンにとっても、一緒の宿屋に泊ることは嬉しいことでこそあれ、拒否する理由などありはしない。
「そっかぁ。ダガーは今、アレクサンドリアよりオレに甘えたいってことかぁ」
だから、それはうきうきとした嬉しさを隠す冗談のつもりだった。しかし、言われた方のダガーは見る間に顔を赤くする。
「……。あれ?え、あれれ?」
瞬時に否定されるだろう、という思惑が外れ、ジタンも焦る。
ダガーはジタンから目をそらし、「ば、ばかっ」と小さくつぶやいただけだった。
それがまた可愛らしくて、思わず自分まで赤くなってきていることにジタンは気付き、見られないようにそれを隠そうとする。
「…と、とにかくっ、早く宿屋に行きましょう」
くるりとジタンに背中を向け、つかつかと珍しく大股でダガーが歩きだす。
髪を切ったおかげで良く見えるようになったうなじまで真っ赤にしているのが見えて、
自分の顔は見られなかった良かったそれにしてもあんなになっちゃってああダガーは可愛いなぁ、と、そんな思考だけがジタンの頭をめぐる。
そんな状態で数刻経ってから、ようやく自分が置いていかれていることに気づき、慌ててダガーの後を追いだしたのだった。
無事にダガーに追いつき、宿屋に着いたのはいいが。
「ベッド…一つしかないわね」
今からなら一室だけ空いてますよ、と腰が低く、人のよさそうな店主に案内された部屋は、狭い上によりによってベッドは一つしかない。
「一緒に寝る?」
「ばか!!!」
とりあえず茶化したジタンに、またも顔を赤くしてダガーが反論する。
内心「別にいいわよ」と言われたらどうしようかと思っていたジタンは、いつも通りの反応にほっとしていた。
「しかし、ひっどい髪になってるな」
とりあえず、落ち着いた空間となったので、ジタンは改めてまじまじと短くなったダガーの髪を見る。
短剣でバッサリと切っただけの髪は、綺麗に切れているはずもない。
艶があって美しい黒髪だけに、ある意味痛々しくも見えるぼさぼさ具合だった。
短い状態に慣れていないからか、それとも自分がどうなっているのか見えないせいか、
「そうかしら」とダガーは言うだけだったが、ジタンはそれで片づけることはできない。
「よし、オレが整えてあげるよ」
「べ、べつにいいわ、大丈夫よ」
うん、と頷いたジタンは、腰に差した短剣を取り出し、軽く玩びつつダガーに近づく。
それに何を感じたか、ダガーが一歩後ずさりするが、ジタンは口を尖らせる。
「オレの腕舐めてるだろ。これでもタンタラス内でお互いに切ったりしてたから腕はそれなりにいいんだぜ」
「そういう訳じゃ…」
「ならつべこべ言わない。そんな髪で明日みんなに会ったら、オレがなじられるよ」
ダガーの腕を取り、一脚だけ置いてあるテーブルそばの椅子の上にほぼ強引に座らせる。
こうなったらもう抵抗して動いたりしても危険なだけだ。
自分ではよくわからないが、ここまで言われるのならそうなのだろう。ダガーは観念して、ジタンにすべてを任せることにした。
「よし、気合い入れてやるからな」
ぽすん、と軽い音を立てて手袋をテーブルに投げ、腕を軽く回す(そこまで入れなくても…、とダガーは思った)。
ダガーの後ろへ行ったと思ったら、すぐに短剣が髪を切るさく、さくとした音が聞こえてくる。
髪に触れられる感覚は、とても不思議で、思わず体がぴくんと反応した。
「いっつも思ってたけど、ダガーって本当にキレイな髪してるよな。
…旅をしてるって言うのに、どうやったらこんな風に保てるんだ?きっとルビィが羨ましがるぜ」
「わ、わからないわ…。自分で何か特別なことをしているつもりもないし…」
「ふむ。髪が綺麗な子ってみんなそう言うんだよなぁ。そういうもんなのかね」
みんなって誰よ、と一瞬むっと来たが、それよりも思った以上にダガーは緊張していた。
何も髪を切られることが初めてな訳もない。ずっと侍女が整えてくれていたのだ。
髪をすき、肌に触れる指や、ジタンが状態を見るためかがむことでわずかにふきかけられる息。
それに全神経が集中してしまっているような気がした。
「ルビィって言えばさ、一番髪にこだわっててめっちゃくちゃ厳しくてさー、ちょっとでも思い通りにいかないとものすっごく怒られるの。
だったら自分でやれってケンカもしたもんだけど、最終的には『ジタンが一番ええな』と言われるほどになったんだぜ。地味に嬉しかったな」
「そう…」
意識してしまったその感覚に気を取られ、ジタンの話にもダガーはほとんど返事を返せずにいた。
「そうそう、ケンカと言えばブランクの髪も切ったり切られたりしたもんだけど、一回殴り合いのケンカに発展したことがあるんだよ。
どっちが原因だったかな、忘れたけど、ふざけすぎて髪を切り過ぎちゃってさ。もうお互いぼこぼこ。
…ま、最後はボスに思いっきり殴られて、ルビィには長々と説教されたんだけどさ」
楽しげに話すジタンが、自分だけ緊張してるのを認識させられている気がして、正直ダガーは悔しかった。
…そのジタンも、緊張のせいで饒舌にいろいろと喋っているだけなのだが、ダガーはそれに気づくことはない。
そんな状態は、髪を切り終えるまでずっと続いていた。
「うん、よし!これでいいと思うぜ。我ながらいい出来だ」
最後に前髪を切り終えたジタンが、ダガーの目の前で笑顔になる。
それにつられて、思わずダガーも笑顔になっていた。
お互い気づくことはなかったが、やっと終わったという気持ちと、もう少しこのままでいてもよかったという矛盾した思いが心の中にある。
「鏡はないかしら?」
そんな思いを振り払いたくて、おおげさに顔を動かしてダガーが問う。
「ここじゃなぁ…。あ、でも窓の方に行けばイケると思うぜ」
そう言ってジタンが窓を指し示す。内部から照らされている窓は光が反射して、見えにくいとはいえど鏡になっていた。
ダガーは早速見に行くことにする。軽さはわかっていたが、改めて自分を見てみると、本当に髪が短くなった自分がそこにいた。
「…本当にわたし、髪を切ったのね」
「だいぶばっさりな。でも似合うよ。短い髪が似合う子は本当に可愛い子だって聞くけど、ホントだな」
「あら、長い髪のわたしは可愛くなかったの?」
「そ、そんな訳ないだろ!」
ぶんぶんと頭と手を同時に振って必死に否定するジタンに、思わずくすくすとダガーが笑う。
実際、髪を切ったことで表情も明るくなったのでは、とジタンは思う。
ダガーの心境の変化が大きく関係していることはわかっているのだが、短い髪はそれを象徴しているように思えるのだ。
「…ありがとう、ジタン」
「え?何?改まっちゃって」
笑いも収まったころに、ダガーはジタンの方を振り返る。
貴族独特の礼をされて、ジタンは驚くと同時に首を傾げていた。
「髪を整えただけだぜ?」
「それだけじゃないわ。今までのことも含めて。
わたしが旅を始めたころから、いろいろ教えてくれて、助けてくれて…
声を失った後も、ずっとわたしのことを支え続けてくれたじゃない」
微笑みながら素直に礼を述べる。きっと、本当に本心から言っているのだろう。
だけど、ジタンはどうも気恥ずかしくてしょうがない。それこそ、今更と言うべきなのか。
「けど、それはオレだけのおかげじゃないぜ。ビビやエーコ達、シドのおっさんなんかもそうだと思うけど…
ダガーを取り巻くいろいろな人がいて、みんなの人生や生き方、考えと触れ合って、
それでダガーが自分でいろいろ考えたからこそ、ここに今の君がいる訳だし」
「それはもちろんわかってるわ。でも、今はジタンにお礼を言いたいの。
…わたし、ジタンがいなかったら、今こうしてここにいられなかった気もするの」
ジタンは決してそんな気はしなかったが、ダガーは本気のようだ。
それを無下に否定するのも、でも「どういたしまして」と言うのも何か違う気がして、ジタンは頭を掻く。
「だから、今までの分、これからはわたしがジタンを助けて、支えるわ」
下手すればプロポースなのでは?と場違いなことをジタンは考えたが、むん、と拳を握って意気込むダガーからはそれを感じない。
無意識は罪だ、とジタンは思う。でも。
「それは聞けないなぁ」
「ええっ?どうして?召喚獣だってあるし、白魔法も出来るし、わたし、足手まといにはもう…」
「そうじゃないよ。実際ダガーの魔法はすごく役に立ってる。
でも、女の子に助けられて支えられる男なんて情けないよ。男は女を守るためにいるんだぜ」
「でも…」
ダガーの言葉を受け入れるのは、ジタンのプライドが許さなかった。
最初は本当に守られるだけだったダガーが日々、心身大きく成長していることはわかっている。
だからこそ、ちょっとジタンは焦っているのだった。
ダガーは自分なしでももう大丈夫、と認めるのは、彼女が再び自分から遠ざかる気がして、少し寂しいのだ。
そんなジタンの心など露ほども知らないダガーは、少し傷ついていた。
いくらフォローをしているといえど、「ほっておいてくれ」みたいに言われた気がしたのだ。
それはある意味、戦闘で足手まといだと言われるより辛かった。
自分はずいぶんとジタンに助けられ、支えられてきたのに、自分は何もできないのだ。
だが、そんなダガーの心も、ジタンは露ほども知らない。
「そんな落ち込んでくれるなよ、ダガーの魔法は本当に頼りにしてるから。
さ、明日すぐリンドブルムに出発しなくちゃいけないし、今日はもう寝ようぜ」
ダガーの頭をぽんぽんと撫で、彼女をベッドへと促す。
しょんぼりとした様子は抜けず、それでもダガーは頷いてベッドへと向かったが、ジタンがベッドではなく椅子の方へ向かうのに疑問を抱く。
「ジタンはベッドで寝ないの?」
「オレは椅子の上で寝るよ」
当然だろ?という感じのジタンに、思わずダガーがまごつく。
最初の「一緒に寝る」発言が冗談としても、さすがに椅子の上は…
「椅子の上で寝たりしたらきっときついわ」
「大丈夫大丈夫。慣れてるから」
「だけど…」
「何?ダガーはオレと寝たい?」
ニヤニヤと問うジタンに関わらず、ダガーは真面目に考え始める。
ジタンと一緒のベッドで寝るのは相当恥ずかしいだろう。
だけど、だからと言って自分だけがベッドで寝て、彼だけ椅子の上で寝かせるという苦痛(とダガーは思っている)を味わせたいとも思わなかった。
また、ジタンを助けたいと思うのならこういうところから始めてみようという、妙な意気込みも沸いてくる。
一緒に寝る図を想像すると、先程の比ではない恥ずかしさで、顔どころか全身赤くなりそうだったが、それでもダガーは自分の中で確信する。
「ええ。ジタンと寝たいわ」
ジタンを椅子の上で寝かせてまで、ひとりベッドの上で寝たいとは思わない。
だからダガーはそう言い切った。一方、意地悪く笑っていたジタンの目は瞬時に丸くなる。
「……いま、なんて?」
「わたしはジタンと一緒のベッドで寝たいわ、って言ったの」
聞き間違いであってくれとさえ思ったものの、とどめを刺されて、一瞬フリーズしかけたジタンが途端に慌てだす。
「ちょ、ちょっと待って!さっきの冗談だよ?別に嫌なこと我慢しなくていいんだぜ?」
「恥ずかしいのはそうだけど、別に嫌なんかじゃないわ」
慌てるジタンを見て逆に冷静になったか、さらにきっぱりと言い切られてしまって、言葉にも詰まってしまう。
ダガーと一緒に寝られるなんて天国だ、としか言えない。
だが、どうしてダガーがそういうことを言うのか。
自分の思いが通じたと言うのなら万々歳だが、ダガーは責任感が強い。
ああ言ってはいるものの、無理をしている可能性も否定は出来ない。
そんな状態なのなら意味はない。ジタンも強いるつもりは毛頭ないのだ。
というかダガーと一緒に寝て自分がいろんな意味で耐えられるのか?
様々な感情は尽きることなく溢れ、最終的にごちゃ混ぜになり、ジタンは頭を抱えてしまった。
そんなジタンの葛藤を知らないダガーは、どうしてジタンが頭を抱えるのか分からず、ただジタンを見つめる。
そんな状態でしばらくお互い黙ったままだったが、葛藤をほどいてくれる答えは生まれない。
考え過ぎて煮詰まってしまったジタンは妙に顔をゆがませ始め、頭をガシガシと乱暴に掻く。
「…ああもう!早く寝ようぜ」
「ええっ?」
どうしたのだろう、とダガーが思っている間に、ジタンは思いっきり身を翻してしまう。
声をかけようとしたときにはすでに遅く、椅子に座り、顔を伏せてしまっていて、もう表情も何も伺えない。
散々からかっておきながら、ジタン自身はそんなに嫌だったのかしら、だったらひどいわと、
恥ずかしさを我慢したダガーはちょっと頬を膨らませる。
とはいえ、結果的に拒否されたことに若干落ち込んでいた。
しかしこれ以上は、何に悩んでいたのかさえ聞けず、どうすることも出来ない。
ダガーも、おとなしくベッドに潜り込むことにする。
…もっとも、ジタンはジタンでこのとき思考を放棄したことを、
のちに「ダガーと一緒に寝られたかもしれないのに」と大いに後悔する羽目になったのだった。
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ダガー断髪後、アレクサンドリアに二人っきりの時があるので、その頃を大いに妄想しました。
ダガーはジタンが好きで力になりたいが、(テラの前なので)ジタンはまだ壁をつくっている、と言う感じです。
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