桜咲くころ














・・・そもそもの事の発端は、ジタンのその一言だった。




「オレ、これから春までダガーと一緒にいられないから。」




それは1月中旬の寒い夜のこと。
いつも通り、ジタンは私の部屋に窓から入ってきて、しばらくは2人だけで、他愛のない話をしていた。
「それはつまらないのでは?」とでも言われそうな言い方だけど、こうとしか言いようがない。
それには何の不満も感じていない。むしろ自分は果報者だと思うから。
・・けれど、突然そう言われたときには、私の中の時が止まって。
ジタンはやっぱりな、とでも言いたげに困ったような顔をした。
そりゃそうよ。
今のジタンには表情を失った私の顔しか見えてないだろうけど、
私の心は、驚きと動揺で大きく揺れていた。
「何で・・・?」
「シドのおっさんに頼まれてた遺跡の調査。あれをやるんだ。
 あ、でもおっさんを責めないでくれよな。テラのものはどうやったってガイアの人間じゃ解明できなかったんだって。
 テラの人間ならオレ以外にもいるけど、あいつらはまだここの人間に慣れてないし、オレが行くしかないんだ。」
「・・・・そう・・・。」
精一杯隠したつもりなのに、情けないことに、自分でも声が震えていたのがよくわかる。
ジタンが表情をゆがめながら、辛そうに言った。
確かにわかる。わかる理屈。でも、ジタンが言い終わった後、そんな乾いた言葉しか言えなかった。
“春まで”というからには、きっと1ヶ月以上会うことは出来ない。
もともと頻繁に会うことは出来なかったけれども、それでもその言葉は、私の心に充分重くのしかかるものだった。
私は、目を伏せてしまった。ぎゅっと、目に力を入れる。
そうしないと、涙が出てしまいそうだった。
泣いたらきっとジタンは、今よりももっと困ってしまう。そんな気持ちにはさせたくない。
けれど・・・・・。
相反する気持ちが、私の中でぐるぐると回って、ぶつかり合う。
「ダガー・・・。」
知らず知らずうつむいていた私の顔を、ジタンが自分の手で動かす。
目を開くと、ジタンと目が合って、その後、ぽろり、と目から涙が出てしまった。
「ごめん。」
謝らなくていいよ。私がわがままなだけなの。
そう言いたかったけど、静かに、静かに出てくる涙に邪魔されて、言えなくて。
ジタンは私の目元に口付けて、私の体を抱きしめてくれた。
ジタンの重荷にはなりたくないのに・・・。
そう思いつつも、それに甘えてしまう自分を、とても恨みたくなる。
旅をしている間は、ずっと私のことだけを見ていてほしかった。
誰にでも優しい言葉と笑顔を向けるジタンを、独り占めしたかった。
旅の終わり、ジタンがいなくなったときは、毎日、帰ってきてほしいと思っていた。
そしてジタンが帰ってくると、いなかった空虚を全て埋めてほしくて。
埋めた後はもっとずっと、隣にいてほしくて。
私は恵まれているの。自分が好きになった人に、愛されているの。
それなのに、まだ欲しい、まだ欲しいと心が、体が願っている。
どうしてこう、人の欲望というものは、とどまることを知らないのだろう。



「ダガー。」



しばらくして、何かを思い出したように、ジタンが明るく私に話しかけた。
まだ涙に言葉をふさがれている私は、ジタンの方を見ることでそれに答える。
「言うの忘れてた。確かにしばらくは一緒にいられないんだけど・・、
 オレ、その後の3月から4月ぐらいまでは、休みなんだよ。
 だから、その代わりといっちゃ何だけど・・その頃に、2人で出かけないか?」
ジタンがそう言ってくれた瞬間、ろうそくがついたように小さな明かりだけど、
とてもあたたかいものが私の中に灯った。
「その間って桜が咲くだろ?オレ、前に遺跡の調査に行く途中で、
 ピナックルロックスに、1本だけ桜があるの、見つけたんだ。
 それを2人で見に行こう。」
私の両肩をその手で包みながら、いたずらっぽくウィンクをしてジタンが言う。
それに対して私は馬鹿みたいに、頭を縦に何度も振った。
ジタンがほっとしたような表情を見せる。
「少しの間だけ、いい子で待っててくれよな。」
オレだけの、可愛い姫。
そう付け足して、ジタンが私のおでこに、その唇を押し付けた。
かすめるようなだけのものだったけど、ジタンが私の顔を見て、微笑んだ。
満足したのか、それとも・・もしかしたら、私の顔が赤くなってしまっていたのかもしれない。
「じゃ。元気でな!」
それだけ言って、ジタンはあっという間に城の窓から下へと降りていってしまった。
おでこのそれにすら、その余韻に浸ろうとしていた私は、
まるで逃げるように出て行ったジタンに声もかけられないまま、窓から彼を見送るだけになってしまった。
どんどん、どんどんジタンの影が小さくなる。
寂しい瞬間。
いつの間にか眉が八の字になろうとしていたのに気づいて、慌てて直す。
甘えてばかりじゃダメだわ。
ジタンがしばらく来れないのはすこし・・いえ、かなり寂しくはあるけど。
ジタンが頑張るのだから、私も頑張らなくちゃ。
そう意気込んでから私は、窓を閉めて、明かりを消して。1人でベッドにもぐりこんだ。









その後は、とにかく忙しかった。息をつく暇もなく、仕事ばっかりしていた。
・・・他の事をあまり考えないようにしていただけかもしれないけど。
今思い返せば、「無理をなさらないで」というベアトリクスとスタイナーの言葉が、多かった気がする。
休みなく仕事をすることで、寂しさを埋めていたんだと思う。
それでも時々届く、急ぎ足で書かれた手紙は、何度も何度も読み直して、大切にしていた。
春の気配にも、敏感だった気がする。
毎年そんな風ではなかったのに、何故か今回だけは、
どんなにかすかなものにも気がついて、そのたび心を弾ませていた気がした。
ジタンが帰ってくる明確な日にちはわからなかったから、
過ぎていった日々をカレンダーに記しつけて、嬉しい出来事への日数を数えるように、
春の気配を感じることで、ジタンに会えるまでの日数を数えていたのかもしれない。








そして。
ようやく届いた、今までより少し丁寧に書かれた「もうすぐ帰るよ」という手紙を見たときは、本当に嬉しかった。
3月20日の午後3時、現地にて。
会う予定はその日にちになっていた。
手紙では、ジタンらしくなく、その日のこちらの都合を聞いてこなかった。
ベアトリクスが午前中、しかも早めに仕事を終わらせるように調整してくれたからよかったものの、
その日私が一日中仕事だったりしたら、一体どうするつもりだったんだろう?
ちょっと叱っておかなくちゃ、と考えるだけでも、自然と頬が緩む。
どんな服を着ていこう、どんな化粧をしていこう、何を話そう・・考え始めると止まらないくらい楽しみで。
思い返すと、その手紙が届いてからは、仕事をしていてもほとんど仕事になっていなくて、情けなかったとは思う。
それで。
やっと今日は、私を振り回すほど、楽しみにしていた日。





「ふぅ・・・。」
私は、自分の部屋のベッドに寝転がった。とても心地良い。
今までより量は少ないけど、やっぱり仕事は疲れるものだわ。
早く時間が過ぎてしまえばいいのに、と何度も考えながら仕事をしていたというのも、
余計にそう思わせる原因だったのかしら。
そう思う度に、何とも無責任な自分に落ち込むのだけれど。
それでも、ようやく仕事は終わった。
今日の仕事は城下でのスピーチと書類整理だったから、
他の場所へ行って会議などをするよりは、ずっと早く終わる。
(そうなるようにベアトリクスがいろいろとしてくれたのだけど)
疲れた目で時計を見ると、針は1時を指していた。
ベアトリクスは、昼食が終わった後「あとはごゆっくりどうぞ」と微笑んでくれていた。
ピナックルロックスへはレッドローズで行くことになっていた。
時間まで部下と一緒にその点検をしてくれるから、ということみたい。
私の私用なのだから、わざわざレッドローズで行くこともないと思うのだけれど、
徒歩で行ける距離ではないから、それには甘えることにしておいた。
とすると、仕事の終わった今、特にやることはない。
そんな私に、先ほどから睡魔が襲ってきている。
疲れていたし、時間までは別に逆らう理性もないから、おとなしく、私は眠りに落ちた。





けれど、それが間違いだった。





ふっ・・と、目が覚めた。
起きたばかりの頭はぼぅっとしている。正直、まだ眠かった。
「ふぅ・・うん・・。」
私はベッドの上に寝転がったまま、一度大きく伸びをした。
小さくあくびをして、また眠りに入ろうとする。
すると、眠りに入ろうとしているうちに、何か頭に引っかかるものを感じた。
それが理性なのかはわからないけど、先程よりは薄れた睡魔に、何かわだかまりを残している。
何かあったっけ・・と私は、うつろな頭で少し考えていた。
「・・・・!!!」
そこで私は飛び起きた。
そうだ、ジタンとの約束!
どのくらい寝たかわからないけど、用意ぐらいは・・と思って時計を見た。
「・・・うそ・・・・。」
体中の体温が、すーーっと下がっていくのを感じた。
ゆっくりと準備をするつもりだったのに・・・。
「どうしよう・・・。」
私はどうしようもなく焦っていた。
傍目にはただぼうっとしているだけに見えたかもしれないけれど、本当は違う。
心が体中をばたばたと騒がしく走り回っている。
冷や汗で背筋がぞっとした。
ベッドの上で、そう呟くしか、何も出来なくて。
涙が落ちそう。




時刻は3時過ぎ。


でも、ジタンとの約束の時間は、3時。




今からレッドローズに乗って、全速力を出しても、3時半近くになってしまう。
遅刻になるのは、明らかだった。
すっかりパニックに陥った頭だけど、パニックに陥っている時間なんてない。
ジタンがたった1人で待っている。
早く会いに行かなきゃ!
かろうじて頭の隅でそう考えて、私は急いで、用意してあったよそ行きの服に着替えた。
寝ぼけていたせいか、それともパニックだったせいか、何度か体をどこかにぶつけた気がするけど、
それに気を払っている時間はない。
「ガーネット様?」
「早く発進して!」
飛空挺置き場まで走っていくと、ベアトリクスが私の真っ青(になっているだろうな)の顔を見て、少し驚いたような顔をした。
けれどそれに答える余裕は時間的にも心的にも私にはなかったから、
乗り込むついでにそう答えることしか出来なかった。
「ガーネッ・・」
「お願い、早く!全速力でピナックルロックスまで!」
「あ、は、はい!レッドローズ、発進!」
理由を聞きたいんだろうけど、ごめんなさい、それより優先したいことがあるの。
私の命令で、慌ててレッドローズは発進された。
でも、まだ心に大きなもやもやがあって。
「ベアトリクス・・何で起こしてくれなかったの・・?」
「すいません、ずいぶん遅いとは思っていたのですが・・・。
 とてもお疲れに見えていたので、寝ているところを、どうしても起こすことが出来ず・・。」
「・・・・・。」
泣きそうな声になってしまった。悪いのは完全に私なのに、ベアトリクスを責めてしまった。
ベアトリクスはそれでも申し訳なさそうに、私に謝ってくれた。
今こうしたところで、時間が戻るはずはない。
いつも見るとき、レッドローズはなんて速いんだろう、と思っているものだけど、
今のこの気持ちでは、この速度も私にとってはむずがゆいほどの遅さだった。
ジタンは怒って帰っちゃったかな、と考えると、本当にそのまま泣いてしまいそうだった。
せっかく久しぶりに会えるのに、寝なきゃよかった・・。
風に吹かれながら、私は自分の腕に顔をうずめた。




それからしばらくして、レッドローズがピナックルロックスについた。
この後は「一泊ぐらいはいいでしょう」と、前もってベアトリクスがリンドブルムにいることを許してくれたから、
私を降ろすと、レッドローズはアレクサンドリアへと帰っていった。
(その時にベアトリクスが「本当に申し訳ありません」と言っていた。こちらが情けないわ・・。)
ピナックルロックスは、少し歩けばすぐだった。
でも私は、時間もないのに、レッドローズが消えるまで、そっちをずっと見ていた。
何でだかわからない。けれど、ジタンはもうとっくにいないような気がした。
そう考えると、何だか、ここに置いてけぼりにされたような気がした。
それが、すごく寂しかった。
でも、レッドローズがもう完全に見えなくなると、そこにとどまっていることも出来なくて。
風に吹かれる草木に追いやられるように、私はピナックルロックスに向けて、歩き出した。
地を見ると、草木には、春の息吹がもう感じられる。
青々とした新しい緑が、所狭しと芽吹いている。ところどころに、小さな花も咲いていて。
そんなのを見ると、何だか踏むのがもったいなくて、変な歩き方になっていた。
これを、ジタンと一緒に見たかった。ジタンと一緒に歩きたかった。
涙の滲んでくる瞳は、ピナックルロックスを2重、3重にぼやけさせた。
ジタンがいるのかいないのかわからないけれど、ぼやけた景色の前で、それを確かめることは出来なかった。
ため息を1つつく。
「・・・・。」
ようやくピナックルロックスに入った。
私はあたりをジタンを探して見回したけど、あの金色は入ってこなかった。
一気に不安が広がっていった。希望を探して、奥へと入っていく。
「ジタン・・。」
人を探すには、あまりにも頼りない声だった。
情けないけれど、声はこの位しか出なかった。
か細い声を出しながら、どんどん奥に入っていく。
前に来たときの記憶が正しければ、ここはそこまでは広い場所ではなかったはず。
だから、奥に行けば奥に行くほど、切ない思いが増すばかりで。
何度も足が止まりかけた。希望を見つけるにも絶望するにも、足を出すしかないのに。
ため息をもう一度ついて、奥に行くと、急に視界が開けた。
「・・?」
ピナックルロックスは、広がる蔓のせいであまり日が入ってこない。
けれど、ここぞとばかりに日が射している場所があった。
そのせいだろう、いくつか、たんぽぽが咲いている。
前を見つめるのが怖くて、今まで足元しか見ていなかったけど、そこで顔を上げた。
「・・・!」
声は出なかった。代わりに出たのは、何だったのかもわからない。ひゅう、と喉が音を立てる。
開けた場所の、ある蔓の側で。
ジタンが、寝ていた。
「・・・っ!」
ほっとして、嬉しくて。一直線にジタンの側に駆け寄った。
けれども、私が近づいても、ジタンはまだ寝ていた。
規則的な寝息すらも、今は愛おしい。
ただ寝ていただけだとしても、ここにいてくれたことが、ただ嬉しい。
ぎゅっ、と思いっきり強く、私はジタンを抱きしめた。
「・・・く・・。」
すると、苦しかったのか、少しジタンが顔をゆがめた。
慌てて私はジタンを離す。ジタンが、ゆっくりと目を開けた。
「・・・あー・・・やっと来たか・・。」
「ごめんなさいっ!」
何回か瞬きをした後、ジタンは頭を掻きながら、私を見てそれだけ言った。
すかさず私は謝る。今は何時かわからないけど、ずいぶん遅れたことだけは確かだったから。
「いやいいよ。オレが待たせた分に比べれば。来いよ。」
「え・・?」
「桜見るんだろ?ここじゃないから。」
あくびをした後、ジタンは立ち上がって、ピナックルロックスのさらに奥へと歩き始めた。
ジタンに言われて、やっと私は、今日は桜を見に来たのだと思い出した。
今までどれだけジタンのことしか考えていなかったことがわかって、少し恥ずかしい。
そう考えながら、私はジタンの後ろをついていく。
隣にいったり手をつないだりすることは、私には出来なかった。
ジタンが声をかけてくれればしただろうし、いつもはジタンが先に言ってきたんだけど、
今回ジタンは何も言わないから、やっぱり怒っているんだろうな。
当然だけど、悲しくてしょうがなかった。
繋げない手が、妙に冷たく感じた。


「・・・あれ?」


少し歩いた後、ジタンがそんな声を出した。
何だろうと思って、私も前を見る。
「うあちゃー・・・。」
ジタンがしまった、という顔をする。
目の前にあるのは、一本の木。周りは広いのに、ぽつんとこの木だけが立っている。
多分、桜だと思う。・・けれどそれは、まだその枝に、淡いピンクを飾ってはいなかった。
「ごめんな、ダガー。咲いてなかったよ・・。」
ジタンが私の方を振り向いて、申し訳なさそうに頭を掻いた。
桜を見に来たのに、桜はまだ咲いていなかったのだ。
私は何だかおかしくて、そのまま笑い始めてしまった。
「な、何だよ・・・。人がせっかくデートに誘ったって言うのにぃ!」
「ご、ごめんなさっ・・・、」
言葉は続かなくて、不思議な笑いだけが後から後からこみ上げてきて。
ジタンは少し怒ったような顔をしたけど、その後に、つられたのか、ジタンも笑い始めてしまった。


「やれやれ・・。彼女が遅刻なら桜も遅刻か。」
「ごめんなさい・・。」
しばらくしてから、桜の木の根元に腰を下ろして、ジタンが呆れたように言った。
もう笑う気分ではない私は、血の気の下がっていく思いがした。
隣に座ることはまだ出来ないから、ジタンの前に立ったままで。
「その・・約束のこと、忘れてたわけじゃないのよ?
 すっごく楽しみだったの。本当に。
 けどね、今日仕事終わって、すっごく疲れてて・・つい寝てしまったの。
 本当にごめんなさい。」
こんなの今更、言い訳にしかならないことはわかってる。
けれど、それを言うことしかできない。
ジタンはそんな私を見て、困ったように笑う。
「・・ダガー、さっきからオレが怒ってると思ってるだろ?別に怒っちゃいねーよ。
 オレも結構疲れてたから、ここについた後寝ちまってたし。
 一応時間には間に合ってたとは思うけど、その後は起きてなかったよ。
 結局はオレも遅刻みたいなもんだったのさ。寝た場所が違うだけだ。」
そうだ、ジタンだってずっと仕事していたのだから、疲れていて当然なのだ。
それなのに会おうって言ってくれた。それを踏みにじった自分が本気で悔しい。
でも、ジタンは微笑んでくれている。
もしかしたら嘘かもしれないけど、それでも私を慰めてくれるジタンは、やっぱり優しい。
「それより似合うな、それ。」
やっと微笑むことが出来た私に、ジタンは優しい目でそう言ってくれた。
私は今まで服のことになんて関心を向けていなかったから
(用意は前々からしていたけど、着るときでさえ急いでいたし)、
ジタンに言われて、改めて自分の服装を見た。
桜を見に行くから、と思って、桜の花と同じ、淡い桃色のワンピース。
「・・桜は木だけじゃない、か。・・可愛いよ。」
その言葉を聞いて、思わず私は赤くなってしまう。
言葉を完全に言い終わってから、私の腕を思いっきりジタンが引っ張った。少し痛い。
不意だったし、その場にとどまる程の力もなくて、私はジタンの胸に倒れこむ。
そのままジタンがその腕で、私を抱きしめていた。
顔にかかる金色の髪。そこからは、太陽のにおいがした。
「会いたかったよ・・。」
ジタンの優しい声が、すぐ近くに聞こえる。
泣きたくなるほど触れたかったものが、今、全部私に触れてきていた。
私も会いたかったよ。
それだけジタンの耳元で言う。自分でもわかるほど、かすかな声で。
本当は、言いたいことは山ほどあるのに、胸がいっぱいになって、何も言えなかっただけだけど。
ジタンが私を見て、また笑う。
元々近くにあった顔が、さらに近づいてきた。
少なからず胸が高鳴る。ジタンに合わせて、私も少しずつ目を閉じていった。
「・・っくしゅん。」
しかし、それに浸ろうとする直前に、私はくしゃみをしてしまった。
ジタンは驚いたんでしょう、私を抱く腕を緩め、目を見開いて、私を見つめる。
とりあえずジタンに向かってはしなかったけど、いろんな意味の恥ずかしさで、うつむいてしまいそう。
そんな私を見てか、ジタンがまた笑い出した。
「そりゃ寒いよなー、そんな薄いワンピース1つじゃー。」
「なっ、何よ!」
気の抜けたような声で、さっきよりも笑う。私は本当に恥ずかしくて、そう怒るしかなかった。
そういえば、ジタンに触れていない部分が少し肌寒い。
さっきまで、そんなこと感じられる暇はなかったけど。
服を選んだときも、もうあったかいと思っていたから、
このぐらい大丈夫だと思ったのに・・、少し早かったみたい。
よく見ると、ジタンも1枚ではいるけれど、私の服よりははるかに生地の厚い服だった。
「上着ぐらい貸してやりたいけど、オレはこれ以上脱げないしなぁ。
 まーしばらくこーやってくっついてるといいさ。何ならハダカでも・・、」
「それは嫌っ!!」
「そんな思いっきり嫌がるなよ・・。冗談とはいえ傷つくなぁ・・。」
ジタンが笑いながらまた私を抱きしめたけど、ジタンが言うと何だか冗談に聞こえない。
確かに昔は、本当に冗談だったみたいだけど、何だか最近は、目が本気のときもあったし・・。
ごめんね、ジタン。でもね、言葉にこそあまり出さないけど、あなたを愛しているのは本当なの。
そう言う代わりに、私もジタンをきつく抱きしめた。





「しかしなぁー、もう咲いてると思ったんだけどなぁ・・。
 リンドブルムなんかだともう咲いてたんだけどなぁ・・。」
「気温が違うのかしらね・・。」
日も傾きかけて、そろそろ本当に私が寒くなってきたから、リンドブルムに帰ろうということになった。
今度は手をつないで、道を戻っていく。
こんな時間が、すごく幸せ。
「咲いたらまた来ればいいじゃない。ね?」
もっともらしいことを言ってみたものだけれど、本当は、ジタンと2人でいたいだけ。
多分ジタンならそれ位見抜いてしまったと思うけど、「そうだな」と微笑んでくれた。







桜が咲くころ。
その季節にきっと私は、あの桜を、愛しい人と見ているんだろう。












それがこの先、ずっと続いてくれることを、胸の中で、ひっそりと祈った。


















Fin.









* * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * *
いやー・・・ずいぶん長いこと時間がかかった・・・!!(書きあがるのに・・)
自分としては珍しく第三者視点以外で書いたのが悪かったのか(汗)
なかなか苦悩しながら書いて(あぁぁ)
かぐら様に捧げるときには既に桜咲いてしまっていたのですが(申し訳ない)
それでも最終的には楽しかったです!

作品としては相変わらずジタン好き好きなダガー(問題発言)
心配になったり嬉しくなったり、ジタンの言動にいちいち一喜一憂する、
そんなダガーを書くのはすごく楽しかったです。
・・・読者の方にもそう見えていればいいのですが・・・。

それにしてもやっぱり春はいいですね。
自分は夏が一番好きな季節なのですが(蚊はウザいけどね・・)、
愛犬との散歩で見つけた桜とたんぽぽ。
ものすごく温かい気持ちになりました。「ああ、春だなぁ」って。
そんなのほほんとした、喜びにも似た気持ちを何度も経験しているとはいえ、
冬の段階で入れようとしていたからダメだったのかもしれませんね(苦笑)

とにかく、こんな作品でも快く受け取ってくれたかぐらさんに、
感謝と、しつこいようですがお祝いの言葉を。

それではここまで読んでくださってありがとうございました。

06/4/9




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