お姫様と王子様





「はい、ここまででよいでしょう」
「ぷぅわ〜〜〜…、やっと終わった〜〜…」
お昼を知らせる時計の音楽が大きく鳴り響くと、ようやくオルベルタがそう言ってくれる。
体から緊張が抜けて、あたしは大きく息を吐いて、べたっと机の上に体を広げた。
あたしを見てやれやれ、とオルベルタが呆れてるけど、これくらいは許して欲しいわ。
だってオルベルタとのお勉強って、とってもムズかしいし細かいしキビしいしで大変なのよ!
マダイン・サリでもモリスンが召喚獣に関してのこととか、本の読み方は教えてくれたけど…。今でもこういうのだけは慣れないわ。
「エーコ殿…。お気持ちは察しますけども、もう少ししゃっきりして頂きたいのですが…」
オルベルタは控えめに言ってくれてるけど、それでもあたしはだらりと伸ばした体を戻す気はない。終わったばっかりだし。
「それはわかってるけど、今はもう少しくらいさせてよぉ〜…。オルベルタのけちんぼ」
足をパタパタ動かしてると気持ちいい。
お勉強からようやく解放されて、だらーっと出来るのは幸せなことね。
あー、でも出来るなら今すぐ外に出て体を動かして遊びたい…。
そんなことを考えていたら、うっ、オルベルタがまた口を開こうしてる…。
その時。
「なら、ご飯の時間にすれば嫌でもしゃっきりするんじゃないですか?」
「ジタン!」
ジタンが入ってきたわ!それなのに、扉を開けた音すらほとんどしてない。さすがね。
それより、ジタンが来たのなら、いくら幸せでも机の上で寝そべってるなんてできないわ。
思いっきり抱きついたら、受け止めるだけじゃなくて、だっこもしてくれた。えへへ。
「ジタン、入る前に戸を叩くくらいしなさいと言ったでしょう。
 今はよいですが、普通気配も音もなく扉を開けられたら、賊だと思われますぞ」
「あ、ごめ……申し訳ありません。ついくせで…」
あらら、さっそく怒られてるわ。オルベルタは礼儀にもとってもキビしいからね。
「……まぁ、直す気があるならよいでしょう。それより、今日の試験の出来はいかがでしたかな?」
「う。それはそれで嫌な質問ですねぇ…」
嫌そうにジタンが顔を歪めるのが見えた。そう言えば今日、ジタンはオルベルタが作った試験をやったのだったわね。
オルベルタがちょっといじわるな顔してる。
ジタンに対しても、いやあたし以上に?オルベルタはキビしいみたい。
「う〜〜ん……。…あんまり、いいとは言えないと思います…」
頭をぽりぽりとかくジタンに、ほほうとオルベルタが笑う。
「それは、結果が楽しみですな」
「うぎゃー!その楽しそうな顔がまた嫌あーっ!」
ジタンはあたしを抱っこしたまま、顔をぶんぶん横に振ってた。
これから返ってくる試験の結果が、ヒドイことになると思ってるのね。
…でもあたし、知ってるのよ。おとうさんとおかあさんとオルベルタが話してるのを見たもん。
ジタンは自分が教えてきた中でも頂点に立つくらいとっても優秀だから、
このままリンドブルムのお城の人として欲しいって、オルベルタ信じられないくらい笑ってた!
……けどまぁ、それはムリな話よね。だってジタンは、ダガーのためにお勉強してるんだもん。
そう言えばこの話をダガーにしたとき、ダガーも喜んでたなぁ。さすがジタンだわって。
旅のときからジタンはすごかったって言ってたし。あたしも知ってるのに。
ホントーにお互いベタボレなんだから、仕方ないわね。
…まぁそれは置いときましょう。今はあたしにとってとっても大切なことができたんだし。
「ねぇねぇオルベルタ、ご飯は外に行ってもいい?ジタンもいるんだし」
せっかくジタンが来たんだもの。ちょうど外に行きたかったし、お昼だからそれなりにお腹も減ったし。
このお城には結構長く住んでるけど、あんまり外には出させてもらえないから、このチャンスを活かさない手はないわ。
何より、ジタンとデートができる!
「まぁ、ジタンがいるなら大丈夫でしょう。ですが、お気をつけて。…一応、笛を持って行かれますか?」
「自分で言ったじゃない、オルベルタ。ジタンがいるから大丈夫よ!」
やった。いつもはかたーいオルベルタだけど、今日は簡単に許してくれたわ!
おとうさんは自分が一緒じゃないと絶対に行かせてくれないけど、そこんところ、やっぱりオルベルタは違うわね。
「ジタン、エーコ殿を頼みましたよ。万が一があると、殿下にどうされるかわかったものではありません」
「肝に銘じておきます。じゃあ行こうか、エーコ」
「はーい!オルベルタ、行ってきまーす!」
「では先生、失礼致します」
あたしはジタンの抱っこから降りて(ちょっと名残惜しいけど)、ぶんぶんと大きく手を振る。ジタンは敬礼をしてた。
オルベルタが微笑みながら手を振るのを見てから、部屋を後にした。

「はー、やっぱりこういうところの方が落ち着くわー」
「はは、オレもだ」
うーん、やっぱりお城の外はいいものね!空も晴れてて気持ちいいし!
お城はおいしいものが食べられて、きれいなドレスも着られるけど、ずっといると息苦しくなるわ。
お店の人の声が聞こえて、子供たちが走り回ってて、いろいろな物が売られてて…
ここでしか感じられない空気を、あたしはめいっぱいすいこんだ。
そんな中でジタンは、人波が多い方を自分の身体で守って、あたしが歩きやすいようにしてくれてる。
リンドブルムの街はだいたい覚えたけど、人ごみにのまれちゃったりとか、少し困ることもあるのよね。
マダイン・サリではこんなのなかったしねー。
…まぁあたしだってみんなに気付いてもらえれば、道は開けてもらえるんだけど。
「…で、だ。エーコ、何が食べたい?」
ジタンにそう声をかけられて思い出した。そう言えば、ご飯を食べに来たんだったわ。
ジタンとでかけられるって言うのと、お城の外に出られることですっかりうれしくなって忘れちゃってた。
ふーむ、こういうときってすぐには食べたいものが出て来ないのよね〜。
「じゃあ、甘いものが食べたいわ」
「了解。じゃあこっちだ」
だから、迷ったときはやっぱり定番にかぎる!
ジタンもわかってたのかしら、行動が早いわ。
はぐれないように手をつないで、通りを歩いていく。

リンドブルムの商業区は、家もいっぱいあるけど、見たことないお店もいっぱいあった。
おかしいわね、前おとうさんとここを歩いた時はなかった気がするんだけど…しかもなんか、へんなカタチねぇ…。
こう、ガラガラ引きずっていけそうな、荷台みたいになってるのはなんでなの?
「『出店』って言うんだ。小さいお店だな。
 エーコの言う通り、あれを引いていろんなところに品物を売りに行くんだよ。
 さすがに旅商人ほどいろんな所には行かないけど、意味はだいたいそれと一緒さ」
ジタンに聞いたらすぐに教えてくれた。
リンドブルムは商業がさかんなところだから、こういうのが多いんですって。へぇ。
「でも、あたしがおとうさんと歩いてたときにはなかった気がするわ」
「マジ?…あー、でもそうだよなぁ。
 シドのおっさん達と歩くのなら衛兵なりなんなりもいるし、邪魔になるから、その時は別の場所にいたんだと思うぞ」
「なるほどねぇ…。でも、そんなのがあるなんて、おとうさん一言も言ってくれなかったわ」
「目の前にない以上説明も難しいし、ここは数が半端ないからな。
 何よりエーコを紹介するついでの視察だったんなら、それで十分じゃないかな」
「ふーん…」
…おとうさん、あのときはエーコ、エーコって言いながらいろんな場所にあたしを紹介してくれたものだけど…
お店の人たちもぺこぺこしてばっかりだったし、おとうさんってやっぱりエライ人なのね。
おかあさんの前で謝ってるイメージしかないんだけど。それをジタンに言ったら大笑いされたわ。
「ほら、そうこうしてるうちに目的のとこに着いたぞ」
まだ笑いが引かないのをちょっとこらえながら、ジタンが指でひとつの出店を指した。
そう言えば、さっきから何か甘いにおいがすると思ったのよね。
ピンク色で可愛いお店。あれはなんなのかしら。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい」
走って行ったら(ジタンが「おお、エーコはやっぱ行動が早いな」みたいなことを言ってた)、
ほんわかした女の人が迎えてくれて、あたしはまずはじめにあいさつをした。
おかあさんが「良い姫になるためには、まず元気なあいさつが大事」って言ってたもの。
ダガーみたいになりたいならなおさらだって言うし。
「…あれ、もしかしてエーコ様ですか?大公様の…」
まぁ、さすがあたし。ドレスを着てなくても有名人ね!あたしみたいなビショウジョはなかなかいないしね!
「だからってかしこまると、エーコは嫌がると思うぞ」
「ジタン!?この子と知り合いなの?」
後からジタンが入ってきたら、そっちの方にびっくりしてるみたい?むぅ。
何でかわかんないけど、とりあえずジタンの言うことには賛成だわ。
お城の中でいろんな人にエーコ様って言われて、敬語まで使われるのも「お姫様」みたいでいいと思うけど
(本当にあたしはお姫様になっちゃったんだけど!)、
みんながみんなそれだと、ちょっとさみしいのよね。仲が良くなってきても敬語は消えないし…その点ジタンは違うわ。
「知り合いも何も、ジタンはあたしの王子様よ」
「おぉ、なんか照れるな」
旅のときとずっと変わらないままで、ジタンはあたしと話してくれる。
あたしがあのとき出会った“流星”から、今まで何も変わっていないのよ。
…ふむ、でもさすがに気はずかしいのかしら?ジタンの照れたような今の笑顔は、なかなか貴重だったと思うのよ。
「しかしまぁ、こんなに素直で可愛いと、今まで連れてきた女の子みたいにはできないんじゃない?」
「その言い方だと、オレが毎回違う子を連れてきてるみたいだなぁ」
「あら、違うの?」
「さすがにそこまでじゃないぞー」
あらあら、ジタンのナンパぐせはこんなところでも有名なのね。
でもあたしはオトナだから、こんなことじゃ怒らないわよ。
ダガーに言わないことを感謝すべきだと思うわ。
「ところでジタン、ここは何のお店なの?」
かと言っていつまでもあたしをほっとかれると、それはそれでむかついちゃうからね。
どんなお店かさっきから気になってたし、甘いにおいの正体も知りたい。
果物とかクリームは自分でも使ってたからわかるんだけど、このきいろくてうすい布みたいなのはなんなのかしら?
「ん?…そうかそうか、まだ説明してなかったよな。ここはクレープの店だよ」
「くれーぷ?」
「そー、クレープ。そうだな、見た方が早いだろうしひとつ頼むよ。いちご生クリームよろしく」
「はいはい、承ったわ。代金は?」
「エーコのと一緒に払うから、とりあえず後で一緒にできないかな?」
「大丈夫よ。わかったわ」
会話の間に、きいろい布みたいなのが紙の上に置かれて、クリームといちごをのせられた後、うすく巻かれて…
…あれ、もう巻き終わっちゃった?すっかり紙に包まれてるし。
早すぎる。今度はちゃんと見ようっと。
「エーコはどうする?」
そうだった。それも決めなきゃいけないんだったわ。
何がいいかしら…。
「…じゃあ、ジタンといっしょで」
「はい、わかったわ」
好きな人と同じものをたのむって言うのは、ちょっとどきどきするわね。
さて、今度はちゃんと見なきゃ。ジタンはお金を払ってるみたい。
「サービスはいくらつけても構わないからな?」
…普段と違うあの声は、ぜったい“いろじかけ”をしてるのね。
旅の間も結構やってたけど、また…。
ジタンにやられると、そりゃもうほとんどの人が払うお金を少なくしちゃうのよ。
あたしもその時のジタンをじっと見ていたことがあるけど、本当にどきっとした。
なんて言うのかしらね、お風呂からあがったときのダガーみたいにキレイな感じなんだけど…。
そう言えばダガーはあれを見るとよく怒ってたわ、あんなことばっかりしてって…
……ってああっ!そんなこと考えてたらまた見のがしちゃったわ!もう、ジタンのバカ!
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
むぅう…負けてしまったわ。でもまたあたしは見に来るんだからっ。
…ともあれ、とってもいいにおいだわ。おいしそう…
ジタンが歩きながら食べようって言うから、そのままお店の人に二人でバイバイをして、また通りを歩くことにした。
「ジタン、もう食べていいの?っていうか、ジタンは何で食べてないの?」
「そりゃエーコより先に食べる訳にいかないだろ?エーコが食べたらオレも食べるよ」
「そう?それじゃエンリョなく…」
歩きながら食べるのはおかあさんにおぎょうぎがわるいって言われるけど、目の前でこんなにいいにおいがしてると、ガマンできないわね。
そのまま「クレープ」っていうものを口にほおばってみる。
……んんっ、とってもおいしい!
そう伝えたら「そっか、そりゃよかった」ってジタンも笑顔になってくれた。
それにしても、こうしてこんなことしながら二人で歩いてると、本当にデートみたいね。えへへ。
「嬉しそうだな。そんなにうまかったか。よかったよかった」
……………。
ジタンはやっぱりにぶいけど。まったく、ちっともオトメゴコロをわかってないんだから。
「な、なんだ?オレ、なんかまずいこと言った?」
「いーえっ。何でもないわ。それより次はどうするの?」
「そうだなぁ…。ていうか今気付いたんだけどさ、これ食べて昼また食べられるか?
 オレは全然平気だから考えてなかったんだけど、まいったな、失敗した」
ジタンがまたぽりぽりと頭をかいてる。本当にアレ、くせなのねぇ。
「なにも問題ないんじゃないの?もしお腹がすかなくても、そのときはすかせればいいのよ」
「まぁそれはそうなんだが…。そうか、歩くだけじゃなくて、どこかで運動を…」
そんなぶつぶつ言うほど考えなくてもいいのに…
…ん?広場の方に人が集まってるわ。何かしら?
「あ、おいエーコ?!」

そこまで走ってみたはいいけど、むぅう…人がいっぱいいるせいで何も見えないわ。
おまけにわーっとか、きゃーっとか言う声まで時々あがるから、何を言っているのかも聞こえないし…
もう!全然わかんない!何をやってるの?とっても気になる!
「わたしがここにいた理由、それはブランク、あなたという流星に出会うため…」

いえ、今かすかにだけど聞こえたわ!これって「星に願いを」のお話じゃない!?
なつかしいわ。今でこそ本なんて(あんまり読みたくないのまで)お城にいっぱいあるけど、マダイン・サリにはほとんどなかったのよねぇ。
特にお話なんてこれと少ししかなかったから、ヒマなときはよく読んだものだわ。
運命のお話なのよねぇ、これ。
「!きゃっ」
「おっ、『星に願いを』だな」
いきなり視界が高くなってびっくりしたわ。どうやら、ジタンが肩車したみたい。
でもするならするで、先に何か言ってほしい。びっくりするわよ、もう!クレープ落としちゃうかと思った!
…ともあれ、これでよく見えるようになったわ。今はやっぱり舞台で劇をやってるみたい。
「ブランクとルビィか。へぇ、頑張ってんな」
にやにやしながらジタンが見てる。
ジタンはクレープ、もう食べちゃったみたいね…早い。あたしも急ごうっと。
劇をやっているのは、最近ジタンに紹介されたばっかりのタンタラスの人達。
ブランクはよく知らないけど、ルビィって人は気が合いそうだったなぁ。
さっきは声だけだったからちょっとわからなかったけど、顔が見える今ははっきりとわかる。
そうよね、ジタンは劇ができるんだもの。この人たちだってできるわよね。
でも実際にやってるのは初めて見るな。今は、二人が二度目の出会いを果たした場面なのね。
まわりの人もそうなってるけど、あたしもちょっとじんとくるな…
ジタンとこういうことができたらなぁ…
「ん?」
と思っていたら、ブランクとルビィがこっちを見て、あたしたちに手を振ってる?
いえ、あれは振ってるんじゃなくて…こっちにおいでって言ってる?
「さすがに気付かれたか。やれやれ」
ジタンがため息みたいにそう言った。まわりの人も舞台じゃなくて、こっちを見始めてる。
「エーコ様!?」
「ジタンがいるじゃない!」
あらあら、あたしもジタンも人気者ね。大変だわ。
「エーコ、二人が劇をやらないかって誘ってる。やるかやらないか、エーコが決めてくれ」
手まねきはそういう意味だったのね。でも、答えなんて一つに決まってるわ。
「やる!」
「そう言うと思ったよ。じゃあ、こっちにおいで」
周りの人がわっとわいた気がした。ジタンはあたしを降ろして、代わりに手を差し出す。
あたしはクレープの最後の一口を口に入れて、ジタンの手を取る。まわりの人たちは舞台への道を空けてくれた。
簡単に作られた小さな舞台の上にそのまま上がってく。…ちょっと緊張するわね。
「なんだよ、こっちに来たなら一声かけてくれたっていいじゃねぇか」
「悪い悪い、エーコと飯食いにこっち来たらなんかやってるからさー」
「まぁいいや。せっかく劇やるんだし、ほら、これに着替えてこいよ」
ブランクが自分の服をとんとんと指しながらジタンに言ってる。ジタンがうなずいてるのが見えた。
「あんたは…ちょっとあたしのは着られんよなぁ。アジトに行けば合うのもあるやろが…
 ちょっと時間もかかるし、そのままで我慢してくれるか?」
「ええ、いいわ」
あたしはそこでワガママ言うような女じゃないもの。
ルビィが着ているようなきれいなドレスは、お城でもいやってほど着てるし。
「お、よし。ええ女やな。
 広場にいるみんな、ちょっと聞いてやー。これから我らが花形、ジタン・トライバルと我らがお姫様、エーコが劇を見せてくれるってことや。
 みんな、ジタンが着替えるまでちょっと待ったってなー」
おどろくほどおっきくて、通る声でルビィが宣言すると、みんなが盛り上がっているのが分かった。
「おい、あれ…」
「ああ…」
む。でも水を差すようなヤツもいるわね。なんかいやらしい顔してるし。
きっとあたしをナメているんだわ。でも、そうは行かないんだから。
まぁそんなむかっと来るのはほっておいて。
ぴぃっと口笛を鳴らしたり、「いいぞー」とか、いろんな声が入ってくるのを聞いてると、何だか体があつくなってくる。
これは、緊張じゃないと思うのよね。
「エーコ、ちょっと」
そこで舞台そでにいる(正面からは見えないわ)ジタンに呼びかけられた。何かしら。
さすがにいきなりは無理だろ、とジタンが話を切り出す。
なるほど、打ち合わせってやつね。と言うかジタンもう着替えてる…早い…
「セリフはここでブランクが出してくれるから、それを読んでな」
「ええ、わかったわ」
「出来るだけでっかい声でな。あとは何も気にしなくていい。全部オレに任せろ」
ジタン、とっても頼もしいわ。おまけに服が王子様みたいでかっこいい…
お城にいて、特別なときにするかっことちょっと似てる。あれもすっごくカッコいいのよ。
肝心のジタンはキュウクツだっていやがるけど、あたしもダガーももっとすればいいのにっていつも話してる。
「見えやすい位置で、出来るだけわかりやすいのにするけど、噛んだりしても気にするなよ」
「そうそう、とにかく楽しんで欲しい。観客もみんなそれを待ってるはずさ」
ぽんぽんとブランクとジタンに順番に頭をなでられる。なんだかくすぐったい。
「失礼ねぇ、あたしは失敗なんてしないのよ!」
「お?そうかそうか、そりゃ失礼」
ちょっと恥ずかしいからそう言っておくわ。
気にしなくていいと言われても、最初から失敗するつもりなんてないわよ!
…そりゃ、お料理はたまに失敗するけど。
「よし、行こうエーコ」
いよいよ、ジタンに連れられて舞台に出る。
ブランクはにっと笑いながら手を振って、ルビィはあたし達と入れ違いに舞台そでに入ってく。
すれちがったとき、笑顔で「がんばってな」と言われた。よぉし、やるからには気合い入れてやるんだから。
舞台のまんなかに着くちょっと前に、「エーコはもう二歩ぐらい先まで歩いてくれ」ってジタンが手をはなした。
ジタンの言う通りあたしだけがさらに二歩進んで、そのままジタンの方へ向きを変える。
これでいいの、ってジタンに聞きたかったんだけど、ジタンはいつの間にか方向を変えていて、お客さんの方に向かってた。なに、なに?
そのままぺこりと頭を…ああそっか、あいさつね!忘れてた。あたしもあわててジタンと同じことをする。
あたしが元の体勢に戻ったときには、ジタンも、後ろにいるルビィやブランク達も、こっちを見ていて、にっと笑った。
その後ブランクが大きな紙に文字を書いて、みんなには見えないようにあたしに見せる。
えーと……
「ジタン、あなたとまた会うことができて、いま、わたしはとってもうれしい」
そのまま読むと、ブランクのとなりに立っているルビィが、ええ感じや、とにっこりウィンクしていた。
「はい。わたくしもです。…ですが、またこうして貴方に会えるとは思っておりませんでした」
ジタンがひざを立てて座る。…みんなによくされるポーズだわ。
「いいえ。あたしは再会を確信していましたわ。だってわたしとあなたは、運命の糸でむすばれてるんですもの」
エーコ様、がんばってとか、かわいいとか言う言葉が聞こえてくる。
がんばってセリフを読んでいく中で、なんだかとってもはげましになる。
「ジタン、わたし、はじめてあなたを見たときから思ってましたの」
ルビィが自分を指し、あたしを指して、手を胸の前で組んで、顔をうつむかせた。
…あれをやれってことかしら?
とりあえず言う通りにしたあと、ちらりと視線だけそっちに向けたら、正解だったみたい。またウィンクをしてくれた。
でも、ちょっとセリフが見にくいわね。
「わたしがここにいた理由、それはジタン、貴方と言う流星に出会うため」
初めてジタンにこの言葉を言ったときのことを思い出す。
あのとき、ダガーにはこのセリフが「星に願いを」の作品だってすぐに見やぶられちゃったけど、とってもなつかしいな。
めくられた紙に書かれてるセリフはよく見えないけど、それでも思い浮かべられる。よく覚えている証拠よね。
「あなたはたった一度の輝きで、わたしを…」
ルビィが顔を上げるのが見えたから、あたしも上げよう…って!?
気がついたら、いつの間にかジタンがあたしの目の前に来てる?
さっきまで座ってたのに、どうして?!
「姫がそうおっしゃってくださるのなら、本当にこれは運命なのでしょうね」
ちょっとあわてていたら、ジタンがまたすわった。
お客さんがいる方からは、まぁ、とかほほぅ、とか言う言葉が聞こえる。
少し早いよ、落ちついてと耳元で言われた気がした。
「わたくしがあなたの流星になれたこと、心から嬉しく思います」
ジタンは座っただけじゃない。なに?なに?あたしは何をされてるの?
ブランクがぱんぱんと紙を指しているのにやっと気づいて、あわてて読む。
もう、ジタンのせいなんだからっ。
「あなたと同じ気持ちを抱くことができるのは、なんてしあわせなことなんでしょう」
読んでいる途中で、ようやくわかった。
あたし、ジタンに抱きしめられてるんだ。
だって、いま、ジタンの顔が、めのまえに…
「わたしにとって、あなたは、そのまま…」
ドキドキしちゃって、だんだんと声が小さくなってしまう。
「…?どうぞ先をお聞かせください、姫。
 このわたくしめは、最後まで言葉を聞かないと、不安でしょうがないのです」
言いたいことはわかってる。ちいさくて聴こえなかったんだわ。
だけど、あたし…
「姫……」
あんまりにもジタンの顔が近くにあるから、顔があつくなってきた。赤くなってないかな。
このままだと頭まで真っ白になって行きそうで、あたしは思わず後ろに下がろうとしたけど、
ジタンの腕があたしの背中にかかってて、下がれそうにない。
どうしよう…!
エーコ、大丈夫かとジタンがかすかにつぶやいている気がした。大丈夫じゃないわよ!
「……いえ、それは貴方も同じなのですよね、ならばわたくしから先に貴方に伝えましょう。
 この身を焦がしてやまない、貴方へのこの気持ちを」
そう言って、ジタンがあたしをさらに引き寄せて…
な、なんなのよその顔は!
笑ってるって言えばそうだけど、なんて言うか…なんかとけちゃいそうな…
「私の愛しい姫。エーコ様、私は貴方を愛しています」
!!!!
心臓がどくんと言う音がした。な、なんてこと言うのよ!
「エーコ様はどうですか?」
首をかしげて聞かないで、あたしは今とっっても心臓がばくばく言ってて大変なのよ!
ジタンに聞こえそうなくらい…
とってもはずかしくて目をそらしたけど、何もかも真っ白で、目に入らない。
「エーコ様、私ジタンのような人間を、どう思っておられますか?」
ちょっとだけ強引に顔を戻される。ジタンは不安そうな顔をしていた。どうして?
どう思うって、聞くまでもないでしょう。
あたしは今まで何度も何度も…、気づかなかったのはジタンじゃない!
あたしは、ずっと前から…
「エーコ様?」
さらりとしたジタンの金髪から顔を出す、すいこまれそうな目を見る。キレイな青い瞳。
初めてジタンにだっこされたときも、真っ先にこれが見えた。
そうよ、あたしは…
「あたしは…、ジタンを、ひとめ見たときから…」
あれをひとめ見たとき、何かが体をびびっと走った。
体がちょっとあつくなって、ジタンから目がはなせなくて、何だかだっこされてるのが妙にはずかしくなって…
ジタンのことをとっても知りたくなった。それがどういうキモチなのか、すぐわかった。
何度も読んだこの物語。その中で、この気持ちをこう言ってたから。
「すき…。ジタンが大好き…。ずっと、前、から…」
限界ぎりぎりの中で、ようやくあたしはその言葉を言えた。
それを聞いたジタンが一瞬、本当におどろいたような顔をした気がした。
でも、気づいたときにはさっきのとけちゃいそうな笑みに戻ってた。気のせいだったのかもしれない。
「光栄です」
「ひゃあ!」
その後、顔がぐっと近づいたと思ったら、ほっぺに何かされた。
きゃーっていう声が聞こえた気がする。その声でなんとなく、何をされたのかわかった気がした。
でもそれを考えたら、もう限界だった。
顔があつくて、頭は真っ白で…そのまま、あたしの体から力が抜けてしまった。
「あ、ありゃりゃ?」
「…あんたやり過ぎやでー、ジタンー」
「お前何やってんだよ!」
ただ腕に落ちたあたしを支えるジタンの声と、
ルビィとブランクが真ん中に出てきてジタンを叩いているのが、ちょっとだけ見えただけだった。


結局、劇は成功なのか失敗なのかさえあたしにはよくわからなかった。
あの後のこと、何にも覚えてないわ…
目が覚めたと思ったら、ざぶとんをしいた舞台そでのいすで寝てて、お客さんもいなくなってたし。
「はぁ…」
「いや、ホントごめん、オレの誘導が良くなかったみたいだな」
ブランクとルビィに何か言われたみたいで、ジタンがひたすら謝ってる。
「でも、劇自体は成功だぞ!エーコがかわいいかわいいってみんなに言われまくったし…」
フォローのつもりなのかしら?成功って言うことは嬉しいけど、ジタンはその方向を間違ってるのよねぇ。
本当にしょうがないんだから。ここはあたしがほっとさせてあげるしかないわね。
「うん、初めてでいっぱい緊張したけど、楽しかったわ」
「そうか!そりゃよかった…」
ジタンが明らかにほーっと息を吐いているのがわかった。ばればれよ、ジタン。

でもほんっとうにどきどきした…。
ジタンがカッコイイことだって、とってもステキな笑顔をすることだって、あたしは全部知ってたのに。
あの時の笑顔を思い出すと、あ、だめ、また顔が…

ぐぅ〜〜っ…

………。
「お?お腹すいたんだな」
ジタンが笑ってる…。もうっ、こういうときは知らないふりをするものよ!
うう…レディーとしてはずかしいわ…
「クレープしか食べてない状態でやったんだもんな。なんか食べるかー」
軽く笑いながら(本当に失礼よ!)すっかり調子が戻ったジタンにおいで、と手を取られ、そのまま歩いた。
レディーに恥をかかせたおわびに、いっぱい食べてやるんだからね!

「むぷっ…もうおなかいっぱい…」
ジタンに連れられたお店でいっぱい食べたら、ちょっと気持ち悪くなっちゃった。
お腹をさすって、口を押さえてると少し軽くなる感じがする。
いえ、でもおいしかったのよ、とっても…
「ホントーによく食べたよな。大丈夫か?」
「これくらいなんともないわっ」
もうこれ以上はぜったいに入らないけどね。でも、ジタンが心配して背中をさすってくれるのが、ちょっとうれしい。
「…お城に帰った方がいいか?」
「それはいやよ、歩いてたい。帰ったら帰ったで今度は『礼儀のお勉強です』ってオルベルタに言われるだけだし…」
「うっ。それは確かに…って言うか似てるな、先生の真似」
「でしょー。毎日聞いてるからねー」
「まぁなんにせよ、無理するなよ?」
「うん」
せっかくジタンと一緒にいられるんだもの。ちょっと気持ち悪いからって帰りたいなんて言うと思ったのかしら?
オルベルタとの勉強は、ジタンも散々やらされてるしね。
「ジターン!」
そんなやりとりを続けていたら、前から手を振りながら誰かが走ってくるのがわかった。
いいところだったのに、誰かしら?
「あれ、バンスとルシェラじゃないか!」
ジタンがぱっと表情を変えている。知ってるみたいね。あたしはわかんないけど。
走ってきたのは二人組で、一人は男の子で、もう一人は女の子。
あっという間にこっちに来て、ジタンのそばに来ちゃった。
「さっきの劇見てたよー、ジタンとってもカッコ良かったー」
「えっ。いたのか?あそこに」
「そうだよ、気付いてくれないなんてひどいー」
「でもあのお姫様とやるなんて、ジタンってばやるぅ〜〜」
あたしだってジタンのそばにいるのに、どうして輪に入れない感じがするのかしら。
どちらにしろ、紹介もなしにあたしを無視するとはいい度胸だわ。
「ありがとな。…ちなみにそのお姫様なら、こっちにいるぞ」
「おお〜〜」
初めて気づいたように二人にじろじろ見られる。これはこれであんまり居心地良くないわね…
「さっすがジタン、こっちのお姫様にもきめぜりふ使ったの?」
「決めゼリフ?」
「そーそー、ジタンが女の子をオトスときに言うんだよ」
「み〜んなジタンのことがスキになっちゃうんだよね〜」
魔法の言葉みたいね。
そんなものなくても、あたしはジタンをひとめ見たときから恋に落ちちゃったけど。
「どんなの?」
「わっ、ちょっおまバカっ」
「『オレとデートしないか?』って言うんだよ」
「ねー」
「ふぅ〜〜ん………」
「し、視線が痛いな……」
……やっぱりそういうことばっかりしてるのね…
ジタンはあたしやダガー、おかあさんやエリンみたいな美人にばっかり囲まれてるっていうのにねぇ。
「もうしてないってー……」
「えー、おれ、この前ジタンが女のヒトと歩いてるの見たよ」
「声をかけられたか同じお城の人だよそりゃあ…」
「おたからは手に入れてもシュラバは手に入れるなよってブランクが言ってたよー」
「おいおい…あとブランクは今度シメる」
うろたえていたジタンは、最後には脱力していた。うわー。
こんなジタンもなかなかめずらしい、と思って聞いてたけど…なんかむかつくわね。
あたしが何か言うスキマがないじゃない。気持ち悪がってる場合じゃないわ。
「ねぇジタン、そろそろ…」
「なージタン、おれたちにもそろそろおしばい教えてよ」
「そうよね、おたからだってだいぶ手に入れてるんだし、あたし達だってタンタラスよ」
二人の声が妙にうるさい。そもそも、ジタンとこっちに来たのはあたしなのに。
「ねぇ、ジタンってば」
「んー……。そうだなぁ、昔からお前らも頑張ってきたもんな。よしわかった、今度ボスたちにかけあってみるよ」
「やったー!」
「でも覚悟しとけよー?いざ本気でやったら皆ちょー厳しいぞー」
「へへん、そんなのへっちゃらさ!」
「ねぇねぇ、今からは出来ないの?」
「え、今からか?…まぁ、ちょうどよくはあるかもな」
「ほんと?」
「じゃあすぐいこー」
あたしを置いてどんどん話が進んでない?
ジタン、あたしに聞きもしないし。あたしの声、聞こえてるのかしら?
「ジタンったら!」
「わかってるわかってる。エーコはそれでいいか?やりたいならやりたいでいいし、休むことも出来るぞ」
「あたしは…もっとちがうのがいいんだけど…」
「…そっか。エーコは何がいいんだ?」
ジタンがやっと耳を傾けてくれたことにほっとしたけど、いざそう言われても、あせってるせいもあって何も出て来ない。
そもそもあたしは劇がしたくない訳じゃない。
そりゃあさっき会った人たちにもう一度会うってことだから、なんか気まずい感じはあるかもしれないけど…
「?…ない…のか?」
ジタンが不思議そうに首をかしげてた。反対したんだからしたいことがあるんだと思ってたんでしょーね。
その間も、二人がジタンをせかしていて、ジタンは微妙に困ってるみたいだった。
「うーーん…、じゃあ、とりあえずはそっちに向かわないか?歩いてく中で何か思いついたら、言ってくれよ。聞くから」
あたしはうなずかない。ジタンが本当に困った顔をした。
「楽しみだなー」
「お姫様も一緒に頑張ろー」
そんな中でこの二人はのんきだわ。二人がジタンをせかすから、あたしの言うことがあんまり受け入れてもらえなかったのに。
「さっ、それじゃ早くいこー」
「暗くなっちゃう!」
「ちょっ、お前ら待てって!」
そのまま、ジタンの手を二人でとってしまう。勝手にそんなことしないで!
あたしと距離ができたせいで、ジタンがあわててこっちを見たけど、結局本気で抵抗も出来ないんでしょーね。引きずられてるし。
「頼むからそんな引っ張るなっ、いてーって」
「またないよ〜」
「そうそう、善は急げってボスが言ってたー」
はやくはやくってせかされるから、あきらめちゃったのかしら。
ジタンは、最後には二人に合わせて歩き始めてしまった。おまけに前を向いちゃって…。
…これじゃあ、あたしがおまけみたいじゃない。こっちを向いてよ、ジタン!
さっきまであんなに心配してくれて、あたしだけ見てたのに…もう振り向いてもらえない。
このままてくてくとあっちへ向かってくのね。あたしが何も言わないなら…。
………もし、あたしが何も言わないでいなくなったら、ジタンは気付くのかしら?
一歩、ちがう方向へ歩き出してみる。でもやっぱり、振り向いてもらえない。
ええわかってたわ。試そうと考えただけ、あたしはバカなんだわ。
旅のときだってそうだったじゃない、ジタンは誰かに夢中になるとすぐあたしのことなんて忘れるんだから!
そのまま走り出す。しばらく走ると、ジタンたちの声は耳に入らなくなった。ジタンが追いかけてくることも、ない。
あんなに足の速いジタンが本気を出したら、あたしに追いつくことなんて簡単なのに!
「なによ、なんなのよ!」
思わず叫んでいた。
あたしのことはどうでもいいの?こんなの、二の次、三の次なんてもんじゃないわ!
「ぅ…」
叫んだ後は妙に心がもやもやして、何だかくやしくなってきた。足元がよく見えない。
しっかりしなさいあたし!レディーの涙は安くないのよ!
………。
…これからどうしようかしら。
お城に帰るのもいやだけど、こうなった以上、もうジタンにも見つかりたくないわ。
せいぜい「エーコがいない!」ってあわてて走りまわってればいいのよ。
…本当にそうなるかはわかんないけど。
気がつけば、歩いたことのない道に来てた。いっそ、このまま歩き回ろうかしら。
冒険だと思えば軽いものよ。本当に帰りたくなったら、お城は目立つしすぐに帰れるわ。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
そんな訳で周りをよく見ようときょろきょろしてたら、後ろから声が聞こえた。何かしら?
「お嬢ちゃん、とっても可愛いねぇ」
「あら、ありがとう」
おっきい男の人が二人。…ん?どこかで見たような気もする?でも、こんな人お城にもタンタラスにもいないわよね。
まぁいいや。
「一人で歩いてるのかい?」
「ええ、そんな感じね」
「一人で歩くなんて危なくないか?」
「失礼ね。あたしはこう見えても強いんだから!」
そう言ったら笑われた。でも、みんながしてくれるようなやさしい笑い方じゃない。
可愛いって言われたのに悪い気はしないけど、これはむかつくわ。
「お嬢ちゃんがどんなに強くても、一人じゃ危ないよ」
「俺達と遊ぼうよ」
「せっかくだけどお断りするわ。今は一人で歩きたい気分なの」
あたしをバカにするような人と遊ぶようなシュミはないし。
第一あたし、今とっても気分が悪いのよ。
それより、ここはどんな場所なのか見ときたいのだったわ。
これ以上あたしからは話したいこともないし、そのまま向きを変えて歩こうっと…
「おい、ちょっとっ」
「待てこのガキっ」
「!?」
体が浮いたと思ったら、服についてる羽をつまみあげられた?ちょっと苦しい。
「何するのよ!」
「こっちが下手に出れば…。でも、掴みやすい羽で助かったぜ」
あのおばさんといい、この羽はつかむためのものだと思ってるのね。本当に失礼だわ!
むき〜〜っ、そんなことのためにつけてもらったんじゃないのに!
「汚い手でさわんないで!!」
「そう言うなら自分で抜けるこった、強いんだろ?」
そのまま二人とも笑いだす。
………今、さっきと比べられないくらいものすごくバカにされたことだけはわかるわ!
あたしが何も出来ないと思ってる。
ケアルぐらいなら笛なしだってできるわよ!でも、今こいつらにぶつけたいのはそれじゃない!
くぅ、オルベルタの言う通り、笛を持ってくるべきだった…
そしたらおもいっきりホーリーでもマディーンでもぶつけてやるのに!
「悪いねぇお嬢ちゃん。俺達のために犠牲になってくれや」
顔を近づけられて(ものすごくいや!)わかった。こいつら、あの劇のとき水を差してた二人だわ!
こういうやつはどこでも何かに水を差すものね。
何にせよ、こんなのに捕まってるなんて耐えられないわ!
「くう〜〜っ、はなしなさいよ!」
「おお、がんばれがんばれー」
ものすごく頑張って暴れてみたけど、抜けることはできなかった。
おまけにまた笑われて……。くうう……、くやしい!
「しかし楽勝だったな」
「あの頭の悪そうな取り巻きが都合よくいなくなったしな」
…ジタンのことを言ってるのかしら?
頭の悪そうな、って…見る目ないわね、オルベルタの言うことは正しいんだから!
あたしの気持ちがわからないっていう点だけなら、たしかに頭(?)は悪いけど!
「これで大公を脅せば、俺ら大金持ちだな」
「ああ。でもその前に…こいつ、できないかな?」
「馬鹿、傷つけてからじゃ意味ねえだろ。要求を聞かなかったら少しずつ…ってのはどうだ?」
「ええー、そんなの待てねぇよ〜」
「お前、本当に好きだよなー」
会話を聞いてると、ぞわっといやな予感が背中を走った。
言っていることはよくわからないけど、ろくなことにならない気がする。本当に何とかしないとまずそうだわ。
「いてっ」
ますます暴れていたら、ちょうどよく目の前にいる、あたしを捕まえてない男の顔に当たった。
やった、クリティカルヒットだわ!
「はぁ…元気だな〜。こんなに元気なら、少しぐらいいいだろ…」
どうだ、と思ったのもすぐだった。あたしにけられたのに、にやりと笑ってる。
ものすごく気持ち悪くて、背筋が凍った。
「けっ、こんなに生意気だしな。好きにしろ」
「ありがとな。それじゃさっそく…」
こっちに手が伸びてくる。体がふるえる。暴れる動きさえとめてしまうほど怖かった。
「やだっ、ジタン、たすけてえっ!」
「こんな誰も来ないようなとこで助けを乞うのもいいなぁ、ますます…」
思わずそう叫んだけど、来る訳ないじゃない。
そうよ、こいつの言う通り、あたしはいっぱい走って、ジタンに見つからないようにこんなところまできたのに…
そんな…
「そんなゲスな考えでエーコに触れようとして、ただで済むと思うなよ!」
どこかから声が響いたと思ったら、どかっていう音とともに何かが降ってきた。
見事にあたしに手を伸ばした男を下じきにしてるけど…
「ジ…ジタンっ!」
う、うそでしょ…。ジタンが来てくれた!
あたしの声にウィンクだけで対応して、顔を上げようとしたそいつにさらにかかと落としを食らわせてた。
とってもにぶい音がした…。ぴくりとも動かなくなっちゃったわよ。
「取り巻きがようやく登場か」
でももう一人いるのよね…一人やられたって言うのに、冷静だわ…。
「ヒーローは遅れてやってくるってね。さて悪党さん、エーコが可愛いのは知ってるが、さらってどうする気だったんだ?
 大公殿下にでも金をせびる気なら、あいにくだが100%失敗すると思うけどね」
『遅れてやってくるもの』なんてよく言うわ!原因はジタンなのよ!
…だけど、そんな調子がとってもジタンらしくて、思わずふき出しそうになるほど安心する。
「お姫様から離れておいてよく言うぜ。こいつがここにいる以上、こっちは相手がアンタだろうと大公だろうと、絶対有利なんだぞ」
ちょっとなごんでいたら、首に当てられたひんやりとした感覚にびっくりしてしまった。
…ナイフ?いつの間に出したのかしら。ジタンはため息をついてた。
「そんなことまでしちゃって。可愛い愛娘に手ぇ出されて、あの大公様が黙ってるとでも思うのか?
 エーコの為なら、あのおっさんは全兵力を動かすぜ」
「可愛い愛娘だからこそ、あの大公は揺らぐさ。おっと、それより動くなよ。動いたら刺さるぞ」
あきれたようなジタンの声に答えながら、さらにあたしにナイフを突きつける…。さ、さすがにちょっとこわい。
さりげなく近づいてたジタンは動きを止めちゃった。それを見て、男がいやな笑い声を出した。
「くくっ、いい子だな」
にやけてる顔を見ると、くやしくてむかつくわ!
ジタンもさっきまでの軽さがウソみたいに消えて、男をにらんでたけど、ちらりとあたしの方に視線をよこした。
すると、そのまま目を閉じて、開けて…ああ、そういうことね!
「情けないね、自分が不甲斐ないばっかりに彼女をこんな目に遭わせてるんだから」
「それは事実だから否定しない。
 …だけど、それだけだとしか思っていないのなら…。バカとしか言いようがないぜっ!」
そう言ってジタンがとまどいなく一瞬で地面をけり上げるのが、目を閉じる瞬間に見えた。
そのあとは目をつぶっちゃったからわかんないけど、あのひんやりした感覚が消えて、その後ぐらっとゆれたと思ったら、もうジタンの腕に抱かれてた。
「形成逆転、だな」
「さっすがジタンだわ!」
「こんなこと、造作もないさ」
砂を巻きあげて目くらましにして、その間に一瞬で差をつめる。
見てなくてもわかるわ。ジタンの十八番だもの。
旅の間もよくやってたわよね。速いジタンで、強い敵じゃないからこそ出来るやつだけど。
ジタンが目を閉じたのも、あたしに目を閉じろって合図。砂が目に入ったら痛いものね。
男がくやしそうな顔をしてる。ざまあみろだわ!
「このっ」
ナイフを振り回したけど、ジタンはあたしを抱えてあっさりよけたばかりか、そのままナイフを手刀(って言うのよね?)でたたき落とした。
落されたナイフはジタンがすぐに自分の後ろにけって、届かないようにする。
ジタンはよけられたせいでバランスを崩した男の腕をパシッととって、思いっきりひねった。痛そうな声。
ここまで数秒も経ってないわよ。しかもあたしを抱っこしてるから、片腕使ってないのに。
こういうとき、ジタンって本当にすごい…
「いっ、いてえええっ」
「口だけじゃなくて腕も、いくら何でも小物過ぎるな。本職をナメすぎなんだよ」
腕をはなさないまま、ジタンがあたしの方を振り返る。
「で、こいつらどうする?お姫様に手を出したとなれば、最低でも終身刑、いや、さっきの男のことを考えれば絞首刑かも…」
ひぃっ、と言う声が聞こえた。それだけは、という声。さっきまでの強気はどこに行ったのかしら。
でも…あんなにむかついてたのに、今はなんだかかわいそうに見えてきちゃった。
「別にいいわ。放してあげて」
「わかった」
あたしが言い終わるのと同時に、そのままぱっと手を放して、軽く男をけった。
男の人はいたいんでしょうね、腕を押さえながら少しだけよろよろとする。
ジタンは男から距離を取りながら、あたしをぎゅっとさっきより強く抱きしめる。
「おい」
ジタンに呼びかけられて、びびったように男の人が振り返る。
「良かったな、心優しいお姫様が許してくれて。でも、次はないぞ」
最後の言葉は、ちょっとするどくて低い声。
「シドのおっさんの助けも、エーコの言葉も待たない。オレが徹底的に潰すからな。
 ……わかったら、とっとと行け」
ちょっとこわいとすら思ったけど、ジタンがあたしのことを考えてくれているのがわかって、それ以上にうれしくなる。
ジタンは言い終わるか言い終わらないかぐらいのところで、男の人はあわててもう一人、気絶した人をかついで、逃げて行った。

「はぁ……」
ようやく二人が見えなくなった頃に、ジタンはため息をついた。
「大丈夫だったか?何もされてないか?怖かっただろ」
ぎゅっとあたしを抱っこしたまま、心配そうにジタンがあたしにふれる。
「ジタンが助けてくれたから、だいじょうぶよ」
…ジタンが助けてくれるまでは、本当にこわかったけど。
「よしよし」
背中をぽんぽんとたたいてくれる。それがとってもやさしくて、すごく安心する。
不思議ね。あたし、さっきまであんなにジタンに怒ってたのに。もう今はそんな気持ちもぜんぜん起こらない。
…そう言えば、さっきまであれほどジタンにくっついてた二人はどうしたのかしら?
「ジタン、あの二人は?」
「ルビィに預けた。多分アジトにいると思う。他の皆は今もエーコを探してるかな。
 見つかって、本当によかったよ」
ジタンが力の抜けた笑顔をする。…つかれちゃったのかしら。
……あたし、ジタンにこんな顔させたかったのかな。
なんだか、悪いことをした気分が心に広がってく。
そりゃ、原因はジタンよ。でも、あのとき、ジタンは困ってたのに、あたしは…
「ジタン、あたし実は…」
「わかってる。さらわれたりしたんじゃなくて、自分でどっか行っちゃったことだろ?」
意を決して話そうと思ったのに、あっさりそう言われてしまった。何だか拍子ぬけだわ。
「知ってたの?」
「…知っていた、って言うのは違うな…。
 本当に知っていたのなら、オレはあのときエーコをほっぽったりしなかったよ」
ジタンはなさけない顔をして、頭を横に振る。
「オレはエーコがさらわれちゃったんじゃ、それなのに何で気付かなかったんだと思ってパニックだったんだよ。
 でも、アジトでルビィはそんなオレを叱り飛ばした。そんなんじゃない、って。
 アンタが乙女心をわかってないから、エーコはいなくなったんだ。ぜんぶアンタのせいやって」
ルビィはやっぱりさすがなのね。どんぴしゃだわ。
落ち込んでるようなジタンを見てると否定してあげたくなるけど、やっぱり自分の心にさからえない。
「そこでやっと気がついて、ルビィにも、情けないことにバンスやルシェラにまで『お姫様を迎えに行って』って言われてきたんだ。
 でも何かあったら心配だから、一応他の奴らにも探してもらってた。
 探してる間も気が気じゃなかったよ、オレのせいでエーコがって。
 こんなに本気で走り回ったのも久しぶり。エーコが見つかったとき、心底安心した。
 でもそしたら、今度は悪党につかまってるときたもんだ」
けががないかどうか、あたしの身体を軽くたたいてたしかめてる。ちょっとくすぐったい。
「本当に、ごめん。エーコを傷つけたのも、傷つけたことに気づかなかったことも。
 ……でも………。でも、ほんっとうに無事で良かった」
たたくのが終わったと思ったら、ぎゅっと、ジタンに強く抱きしめられた。
さらさらとした金髪が、ひかりできらきらと輝いていて、とってもきれいだと思った。
「…オレのこと、怒ってるか?それがちょっと怖いんだ」
ちょっとだけもごもごとした声が聞こえる。あたしの肩にジタンの顔があるから、表情もわかんない。
だけど、今ジタンがとっても不安なのは伝わった。ジタンを安心させてあげたいって思った。
「もう怒ってなんかないわ。それにジタンは、ちゃんと助けてくれたじゃない」
「…自分が原因でも、か?」
こんなに弱気なジタンめずらしいわ。あのへんなお城以来かも。
「あたしはそんな細かいこと気にしない。…あたしだって、悪かったんだし…。
 …ごめんね、ジタン」
「おいおい、そこで謝られると立場がないよ」
「いいの!悪いことをしたらきちんと謝るんですよっておじいさんも言ってたし、
 けんかりょうせいばいですってモリスンも言ってたんだから!」
もう、へんなところでかたいんだから。オルベルタのが移ったんじゃないかしら?
助けてくれたし、あたしが思っていたこともルビィが伝えてくれたから、もう怒る理由もないのに。それに…
「…あたし、ジタンが来てくれた時、とってもうれしかったよ」
「………」
さっき、ジタンが助けてくれたときのことを思い返す。
「あたしはジタンからがんばってはなれたつもりだったから、来るはずないって思ってた。
 でもすごくこわいって思ったとき、思わずジタン、助けてって言っちゃった。そしたら、ホントに来てくれたんだもん。
 びっくりしたけど、すっごくうれしかった。これでもうだいじょうぶだって思った」
あたしの言葉を聞きながら、ジタンが頭をなでてくれる。
子供あつかいしないでって言おうかと思ったけど、今はとっても気持ちいいから、何も言わないでおく。
「だから、ありがとう、ジタン。ジタンは、やっぱりあたしの王子様よ」
ジタンが、お昼の劇のときと同じ、びっくりした顔をつくった。
だけどすぐに、あのときとおんなじ、とけちゃいそうな笑顔をつくってくれる。やっぱりドキドキする。
「…ありがとう。エーコ」
そう言って、ジタンがもう一度抱きしめてくれた。あたしもジタンをぎゅっとする。
いつの間にか夕日がとっても目に痛くなってたけど、今はただ、こうしてたいと思った。



あたしの言うことなんてさらりと流しちゃうし、あたしの気持ちもぜんっぜんわかってくれない。
だけど、旅のころから今まで、いつでも何度でも、あたしがピンチの時には助けてくれる。
あたしにとってもやさしくて、やわらかい笑顔をしてくれる。
そんなジタンがあたしは好き。誰よりも、何よりも、大好き。


とってもにぶちんで、とってもかっこいい王子様。
それが、ジタンって言う人なのよ。















「…ねぇおとうさん。あたし、やっぱりジタンとケッコンしたい」
「!?い、いきなり何を言うのだエーコ!?第一ジタンは…あ奴は…」
「ジタンがダガー一筋なのは知ってるわよ。でも、ジタンはあたしの王子様なの。
 だから、ダガーとケッコンしたジタンと、あたしもケッコンできないかなぁって」
「まぁ、エーコも大胆なことを言うのね。ジタン君は本当にいろいろ有能な人だわ」
「感心しとる場合じゃない!出来る出来ない以前に、そんなのだめだっ!」
「ええーっ。ケチー。あたしは、ジタン以外とは誰ともケッコンしないからねっ!」
「そ、そういう問題じゃなくて…と、とにかくだめだーーーーーーっ!」







 〜終わり〜



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
予定よりは長くなりましたが、なんとか1話に収めることができました。
最初は終わりをちょっと暗くしてしまったのですが、
「いやいやこういうのが書きたかったんじゃないだろ!」と思って慌てて書きなおしました。
おかげでさらに時間はかかってしまいましたが、納得いくものに仕上がったと思いますー。

簡単な舞台設定を言いますと、ジタンは女王であるガーネットの隣に立つため、
アレクサンドリアの王としてふさわしい人間になるまで、教養を身につけている途中です。
コネと言っては何ですが、それは旅の間に身につけましたし(嫌な言い方だ)
城に住みながら、姫であるエーコとともにオルベルタを教師にして勉強しております。
教養も貴族の礼儀も身につけ終えたら、
地位を与えてもらって働き、そのあとガーネットの元へ行く予定となっています。
…とても長そうです。
今回の主役はエーコなので、こんな説明作中で詳しくする訳にも行かなかったのですが、
混乱した方がいたらすみません。

エーコは幼いながらも、本気でジタンに恋してるといいと思います。
子供だからじゃなくて、恋してるから拗ねるしやきもちもやく。そんなエーコが可愛いです。
ダガーが好きで、ジタンとの仲を素直に応援する彼女もとても好きなんですけどね。
出来る限りは甘えさせてあげたいと思います。
…しかし年数が経つうちにするであろう、ジタンへの感情の処理がどうであれ、
ジタンを上回る「運命の人」が現れないと、
彼女は成長しても本当に結婚しないんじゃないかと思います(笑)
ただでさえシドの親バカがあって、伴侶選びが大変そうなのに…
シドとヒルダのお眼鏡にかなったとしても、、
「ジタンみたいな人じゃないと嫌!」とか「こんなの王子様じゃないわ!」って突っぱねてくれればいい。
美人で聡明でリンドブルムのお姫様だけど、ちょっと子供っぽい部分があってわがまま。
最高に可愛いじゃないか。
私的にはビビをとても薦めたいんですけどね…
ジタエーは大好きですが、同じくらいビビエーも好きなので、
ビビさえ生きていれば…orzと思います。

いい加減話を切らないといけないのでここでやめますが、最後に。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


10/5/31



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