星に照らされて














星が綺麗だ――――――――――・・・













そんなことが頭を巡る。
明日は大事な、最後の戦いが待っているというのに。
こんなことを言うのは悠長かもしれない。
・・でも、きっと明日は、とても辛いものになるだろう。
だから今だけは、気を抜きたかった。



ぼんやりと飛空挺の見張りをしながら考える。



見張りはフライヤから交代したばかりだ。
次のサラマンダーまでの交代には、まだたっぷり時間がある。
満天の星空を見ながらぼぅっとするのは、見張りにはふさわしくない行動だが、
つい、こうしないではいられない。
紅と蒼――2つの月に照らされながら、小さいながらも、
綺麗な星が、ちらちらと輝いて見える。
静寂な地上の上を、風がさらさらと吹き抜ける。
風は、地上の草をなびかせ、木の葉をざわつかせる。
それを聞いていると、まるで草達がおしゃべりをしているようで。




――――――魔物の気配は、風に乗ってはこない。




目を閉じて気配を感じようと、感覚を研ぎ澄ませる。
近くにはいないだろう。そう思い、しばらくしてから目を開けた。
看板の上にたち、柵を体を支える棒にして、
また新たに景色を楽しむことにする。敵が来なければ見張りは暇だ。
目の上に垂れ下がってくる髪を、上に払いのける。







「・・ジタン?」







暇な時間を突き破るように、小さく、眠そうな声がした。
「・・・どうした?」
金髪を風になびかせるがままにして、ジタンは振り返った。
声の主は、暗くてよくわからないが、多分ダガーだろう。
「どうした?眠れないのか?やだなぁダガー、
 オレの添い寝が欲しければ言ってくれりゃあいいのに・・。」
「そんなんじゃないわっ。」
ふざけてそういうと、眠そうな声が一転して、すぐにぷりぷりと怒った声が返ってくる。
間違いなくダガーだ。ジタンは確信する。
飛空挺の影になっていた部分から、月明かりに照らされながら、予想通りダガーがでてくる。
月の光は不思議だ。
どうしてこう彼女を美人に見せるのか。・・元々美人だが。
月明かりに照らされるダガーは、儚くて美しい、精霊のようにも見える。
少なからずジタンの心臓の動悸が早くなる。
それをダガーはもちろん知らず。ジタンに近づいてきた。
「・・眠れないのは、ジタンのほうじゃなくて?
 添い寝だったらスタイナーにでもしてもらいなさいよ。」
「オレは見張りだよ。やめろよ、おっさんと寝るなんてぞっとすらぁ。
 まだビビのほうが可愛いぜ。」
仕返しにか、ダガーは不機嫌そうな表情でそういってくる。それをさらりと返す。
「・・で?何で起きてきたんだ?寝てたんだろ?」
隣に並んだダガーの横顔を見つめながら言う。
暇だっただけに、ダガーが来てくれたのは嬉しい。
決して暇つぶしというわけではないのだが。
「・・・起きたら、ジタンがいなかったから・・。」
ぼそりとダガーがつぶやく。なるほど、つまり自分を探していたわけだ。
「見張りに決まってるじゃんよ。そこまで心配するなんて、
 ああオレってば幸せ者〜〜vダガーの愛を独占って感じかな?」
「そんなんじゃないってば!・・もう、離してよ!!」
嬉しいのを隠すように、ダガーの肩を引っつかんで自分の胸元に寄せる。
ダガーが必死で抵抗をしている。
心配していたくせに、こうするのは酷いのではないか?ジタンは苦笑する。
「大声出すなよ、他のヤツら寝てんだからさぁ。」
「誰・・がっ・・。」
こんなことさせたのよ、とでも言いたげな顔をしているが、ダガーは抵抗をやめた。
ジタンはダガーから手を離す。ダガーがぱっとジタンと距離を置いた。
「あーあー。愛する男の愛を拒むなんてヒデェ女・・。」
「・・っ・・。」
何がそうさせるのか、今はついついダガーをからかいたくなる。
ひっそりとした夜の月明かりがさせるのか、それともダガーがあまりにも美しいから?
ダガーのほうは、怒りからか顔がほんのり赤くなっている。
月明かりに照らされて、それさえも美しい。月明かりの威力はすばらしい。
「・・で?オレが心配でここまで探しにきたのか?
 ・・それだけじゃないよな?何か言いたいことでもあるんだろ?」
そろそろやめないとダガーが本気で怒りそうなので、ここでやめる。
召喚獣を繰り出されでもしたら、明日まで身が持たない。
ダガーは本心をつかれたようで、きょとんとした顔をした。
ダガーはとてもわかりやすい。だから、言いたいことがすぐにわかる。



「・・・・ジタンは、どう思ってるのかな・・って思って。」



「どうって、何がだよ?」
とんっ・・と、ダガーは柵に身を預ける。
視線を前の景色に向けて、そうつぶやいた。
風が彼女の漆黒の髪をなびかせる。
「明日のこと。クジャとの・・。」
戦いのことか。ジタンは理解した。
「・・ん〜〜・・・とりあえずあのツラぶん殴らなきゃ気がすまないなぁ。」
手をあごに当てて言う。一口にそういわれても、いろいろな感情が溢れでて、収拾が付かない。
たくさんの人を傷つけた恨み、怒り。
同じ種族として―――認めたくないが、弟として。
テラの、家族のやったことにけりをつけないといけないという使命感。
不安だってもちろんある。この戦いで、誰が死んでもおかしくないのだ。
もし自分や仲間が死んでしまったら・・この世界はどうなるのか。考えたくもない。
不安ばかり感じてしまうので、ジタンは『あの顔を殴る』と決め、
それ以外は、明日のことをあまり考えないようにしていた。
星空ばかりに目が行っていたのも、戦いから目をそらしたかったのかもしれない。
「・・・ダガーは、怖いのか?」
黙ってしまったダガーに、そう問いかける。
すると彼女は、小さいが、こくりとうなずいた。当たり前といえばそうだろう。
「あなたや皆が死んでしまったらどうしようって・・・つい考えちゃうの。
 気にしないで、体力を残すために寝なきゃいけないのに・・。
 何だか、浅い眠りになっちゃって・・・。」
私、ダメね・・と寂しそうに微笑む。なんとも痛々しい。
そこでジタンは考え込む。
寂しそうに微笑まれると、どうしたらいいのかわからない。
励ますだけじゃ足りない。でも、それ以上何をしたらいい?
自分でさえ不安や恐怖を抱いているのに。


「・・明日のことを考えるな、とは言わないけどさ。それじゃ暗いぜ。
 もっと、先のことを考えよう・・・。」


悩んだ末に、出たのはその言葉だけだった。ぽんぽんと、ダガーの頭をなでる。
「・・先のことって?」
当然のことながらダガーは疑問を抱く。
視線をダガーから星空に向けて。
「終わった後のことに決まってるだろ?
 オレはそうすることにしたんだ。戦いのことは考えないで、
 終わったらどこに行こうか、どうしようかって、さ。」




真っ暗闇の明日より、光溢れるその先が見たい。











――――――――たとえ、希望だけで終わるものだとしても。











「・・・ジタンは、どうするの?」
静かな視線をジタンに向けて、ダガーが問う。
ジタンは向こうの景色を見ながら、風の心地よさに目を閉じ、開けて。
「・・リンドブルムに・・タンタラスのところに帰るよ。」
そう言った。
ここからは遠すぎて見えないリンドブルム。
本当の故郷ではないけれど、あそこが自分の帰る場所。
見えないリンドブルムに視線を向けるジタンは、
ダガーが少し沈んだ顔をしたことには気がつかない。
「リンドブルムだってまだ修理が必要なところがたくさんあるし、
 何より・・・・やっぱ帰ったら、一番にあいつらに会いたいんだ。」
本当の親や兄弟じゃないけれど。
何よりも安心できる場所。
「あっ・・でも、『何で1人で無茶したんじゃい!!』とか言って、
 ボスにデコピン食らわされそうだな〜・・・覚悟しとかねぇとなぁ・・。」
ははは、と乾いた笑いをする。
ダガーがずっと黙っているのを気にしつつ、何とかその場を取り繕うと考える。
「・・ダガーはやっぱ、アレクサンドリアに帰っちゃうよなぁ。」
ふっとそんなことが頭をよぎり、急に寂しくなって、うつむいた。
所詮女王と盗賊。所詮ガイアとテラ。決して相容れるものではないだろう。
この戦いが終われば、もう会うこともないかもしれない。
旅の途中で、ダガーが女王に即位したとき、
ジタンはダガーと自分の立場の違いを知り、酷く落ち込んだ。
あの時は仲間のおかげで何とか立ち直ったが、今度はどうだろうか。ジタンは考える。








「・・・・りたく、ない・・。」








不意に聞こえた、かすかな声に、一瞬思考が止まる。
自分が出したものではない声に驚いたが、すぐにダガーの声だとわかった。
「・・え・・?」
かすかにしか聞こえなかった声を、よく聞き取ろうとする。
ダガーのほうを向くと、ダガーは今にも涙をこぼしそうな顔で、小さく呟いた。








“帰りたくない――――――・・・・”








その答えに戸惑う。
「どういうことだよ・・アレクサンドリアに帰りたくないって言うのか?」
一歩踏み出し、両手を後ろにやる。
「そうじゃない、そうじゃないの・・・・・。」
「じゃあ何で・・。」
ダガーは首をふって、否定した。ダガーの言葉の真意がわからず、表にある矛盾した言葉に、
ジタンはさらに困惑する。
「アレクサンドリアがあのままでいいとは思ってないわ・・。
 ベアトリクスに任せきりにするわけにもいかないし。」
ダガーは懐の辺りから『ガーネット』を出し、見つめる。
ベアトリクスがくれた宝石。
国のことは任せて、戦いに集中して―――。
温かいベアトリクスの言葉。あれがあるから、今ダガーはここにいられるのだ。
しかし甘えてばかりもいられない。ダガーは、一国の女王として、アレクサンドリアを守らなければいけない。
その決意はできている。
「でも・・でもね、この戦いが終わったら・・、
 もう、ジタンとこうして話すことは・・・もう・・・。」
ないかもしれない・・と、ぎゅっとガーネットを両手で握り締めて、ダガーがうつむく。
ダガーもジタンと同じ気持ちなのだ。
愛しているだけに、別れは辛い。
「クジャの企みはどうやっても防がないといけない・・、
 防ぐことができたら、この戦いは終わる。
 けれど、その後、皆とは、あなたとはどうしても別れなければいけない。
 それを考えると・・・どうしても辛くて・・。」
「ダガー・・・。」
はぁ、と物憂げに短いため息をダガーはついた。
ダガーが怖いのは、クジャとの戦いだけではなかった。
その先にある、光溢れる“希望”という名の未来も、
ダガーにとっては、愛しい人と引き裂かれるだけのものでしかないのだ。
「戦いは早く終わらせたいけれど、終わって欲しくない、という気持ちもあるの。
 勝手なことだけど・・・・。やっと気がついたから。
 やっと、あなたが大切なことに気がついたから・・・。」
泣きそうな顔で微笑む。
やっと気がついたというのに、すぐに引き離されるのは、とても辛い。
儚く、崩れそうなダガーを、ジタンは優しく包み込んだ。
・・・それしかできなかった。
「オレもだよ・・ダガー・・・。」
ダガーは静かに、ジタンの腕の中で泣きはじめた。
避けられない戦いの後にある、避けられない別れ。
会えるかもしれない。けれど、今までのように毎日顔を合わせる、などということは、
もうほとんどないだろう。



―――何とも皮肉なものだ。



普通のお伽話なら、勇者は邪悪な化け物を倒した後、
無事姫と結ばれることができるというのに。現実はそうしてくれそうにない。



何か他にシナリオはないだろうか。



ジタンは必死に探した。しかしいいものは見つからない。
ダガーをアレクサンドリアから出せれば手っ取り早いが、それを彼女は望まないだろう。
「・・!」
出す、という言葉で、ジタンは思いついた。
アレクサンドリアから彼女を出さず、かつ2人が結ばれる、素敵なシナリオ。
人によっては邪道かもしれないが、これなら自分達は幸せなはず。



「なぁ、ダガー。」
「・・?」
ダガーの肩をつかんで少し離し、彼女の顔を見る。
少し赤くなった目で、ダガーはジタンを見つめる。
「・・・オレはいつか、ダガーをまたさらいに行くよ。」
「・・だ、だめよ・・。私はアレクサンドリアから離れられないのよ・・。」
ジタンが微笑みながら言うと、ダガーは首を横に振った。
嬉しくないわけじゃないが、やはりアレクサンドリアが気にかかる。
「そうじゃない、ダガーが考えてることとは違う。
 オレは、時々ダガーを城という籠から出す。
 そしてちょっとの間だけ、アレクサンドリアの宝石と、
 夜景を見に行ったりとか、買い物したりとか・・。
 そういうことだよ。・・もちろん、アレクサンドリアもリンドブルムも、
 復興が先だろうから、すぐにはできないけど・・・。・・・・・いい?」
毎日会うことは無理だろうし、長い話はできないかもしれない。
けれど、短い時間だけでも、2人一緒にいられたら。ジタンは思った。
ダガーは涙を目に溜めて、それをごしごしと拭きながらも、こくりとうなずいた。
少しは希望が見えたようで、安心して、ジタンは微笑む。
「・・ごめんなさい、戦いが終わって欲しくないなんて言って・・。」
「いいんだよ。オレもちょっと思ったりしたもん。
 ・・そんなこといったら、フライヤあたりにはっ倒されただろうけどさ。」
ダガーは涙を拭き終わり、微笑みながら言った。
何とも美しいその姿に見惚れる。
「・・・・ぜったい、ぜったい・・・。さらいに、来てね?」
「もちろん!麗しの女王様の言いつけならば、このジタン、あなた様のもとに必ずや馳せ参じます!」
恥ずかしそうに、赤くなりながらダガーが言う。
ジタンは芝居がかった物言いをし、ダガーの側に跪き、彼女の手をとって、
手の甲(といっても手袋をしているが)に軽く口付ける。
ダガーが頬をバラ色に染めつつ、微笑んだ。
それをこれ以上ないほど、愛しげにジタンは見つめた。



――――彼女との未来を見よう。戦いに迷いはしない。
      彼女を、仲間を、そしてこの世界を守ろう。



そう心に決めて。
「勝とうな、ダガー。」
「・・えぇ!」
ジタンは立ち上がり、そう呟くと、ダガーは大きくうなずいた。
「ダガー、オレは・・・。」
思っていたことが喉まで出かかって、ジタンははっとし、やめた。
なんとなく、この言葉を言ったら、引きずってしまう気がして。
ダガーが不思議な顔をして、首をかしげる。そして理解したらしく、手を叩いた。
その後いたずらな笑みを浮かべる。その動作をジタンが不思議に思った、その時だった。





「・・ジタン、私は、あなたを愛してる。」





その瞬間に、頬にやわらかく、温かいものがあたる。
「・・・!」
自分が言おうとして、言わなかった言葉を、ダガーはさらりと言って見せた。
おまけに頬には、予想もしていなかったものがある。
思わず片手をそこに当ててしまう。嬉しいはずなのに、それより先に困惑する。
にっこりと笑い、自身も赤らみながら、ダガーは飛空挺の船室に戻る道の上を走っていった。



















看板に残された1人の男。
それは、先程までと何ら変わらない気がした。
風は相変わらず草や葉におしゃべりをさせ、男の金髪をなびかせる。
紅と蒼の月に照らされ輝く星々も、さっきと同じだ。
しかし、1つだけ違うのは。


男の顔が、真っ赤になっているということ。


心を乱され、先を越されて。悔しいような嬉しいような、そんな気持ちになった。
「・・・ばか。」
小さくそう呟いた。それは呆れにも似た怒りのようで、嬉しさを隠すためのものでもあるかもしれない。
「・・・こういうのは、普通男からやるもんだろ・・。」
ジタンはため息をついた。
頬の火照りは、サラマンダーが来るまでに、治ってくれるだろうか。
心臓の動悸が激しい。
・・ちくしょう。
絶対仕返ししてやる。
こんなくすぐったいような恥ずかしさを、同じように味わわせてやる。
ジタンは自分の心に誓った。

皆笑顔で帰ることができたなら、皆の前で言ってやろう。





――――オレもダガーを愛してる、と。





まだ日は見えないけれど、
決戦はすぐ目の前にある。




行こう 行こう




希望を見るために。









愛しい人に、この想いを告げるために――――――――。















Fin.



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * ミニあとがき * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
5000HITSキリリクの小説でした。
ネタがなかなか固まらず、苦心したものですが、最終的には満足しています。
ネタさえ固まればもうノリノリでしたから(乾笑)甘目というので、楽しかったです。
そしてどうも自分の趣味が出てしまいまして(汗)ガネジタ風味になってしまいましたね、ジタガネよりも。
・・すんませんダガーがジタンにぞっこんラヴなの大好きです(うわー)
それにしても最終決戦の前の話って多いなぁ・・ここ。
それだけ最終決戦前夜って楽なんですけど、何かひねりがないですよね。あああ。
それを避けたくて、ダガーの声がでなくなったときとか、ブラネが亡くなった直後にしようとも思ったのですが、
どうも書けなくて・・。おまけに、キリリクのものなのに時間も余分にかかって、申し訳なかったですm(__)mペコリ
もっと頑張ります。ガネジタでなくてジタガネで書けるようにもなるように努力します(汗)




目次へ